第18話 分岐路

 迷うまでもなくぼくは《音当て》を使った。

 りーん、と音が響く。

 頭の中で出来上がった地図によると、


「途中で合流している。どっちを選んでも大丈夫みたいです」


「便利なスキルだが……罠とかはわかるのか?」


「――え?」


 ニッケルトンさんの指摘に、説明を求めてシルキーを見る。


「無理」


 にべもない。


「無理だそうです」


「聞こえてるよ。こうなると、運だな」


「運、ですか?」


「リーダーの運だ。失敗しても恨まないからどっちに行くか決めてしまえ」


「そ、そんな……」


 責任重大だ。ぼくだけならまだしも他の四人の命まで背負いきれないよぉ~。


「男の子は度胸だそうですよ」


 テトラお姉さんがガッツポーズを作ったぼくを励ます。


「や、やって――みない!」


 そのとき、碧い炎が渦巻いた。


『ぎゃぎゃぎゃぎゃ! いい様だな、英雄殿!』


 この声は、ギャギャント――


「くたばれ! ゴブリン野郎!」


 ニッケルトンさんが躍りかかる。

 ……あぅ、

 ギャギャント様を形作ろうとした碧い炎をかき消してしまった。

 なっ、なんてことを……。


『生きの良い野郎だ! 喉元掻き切ったら、さぞ盛大に血を吹くだろうよ!』


「その前に、てめぇの脳天かち割ってやんよ!」


 けっ、とニッケルトンさんは唾を吐き、それを自分の足の裏で踏みにじる。


「ゴブリンごときが英雄なら! 俺は大英雄だ!」


「え、え~っと……ギャギャント様?」


 返事がない。絶対、何か役に立つヒントを嫌みたっぷりに伝え来たはずなのに。


「シルキー……どうしよ?」


「スキル獲得条件を満たしたわけじゃないから、出てきたことがもうヒントかと」


「なるほど」


 英雄辞典を取り出し、ギャギャント様のページを開く。

 残った『星屑ダスト』で《灰色妖魔の執念》の『☆』をみっつとも『★』にすればいいのだ。

 しかし……本当にこれが正解なのだろうか?

 一か八か『星屑ダスト』を温存して運に任せるという手も……いや、やめておこう。

 ぼくの悪運に、四人も巻き添えにするのは違う。ここは確実にいくべき、だ。

 思い切って『星屑ダスト』を落とし《灰色妖魔の執念》の『☆』をみっつとも『★』にした。


「パンパカパ~ン♪ 《灰色妖魔の執念》をカンストしました。フィルの【きようさ】に10ポイントのボーナスがつきます。おめでと~」


「おお!」


「話で聞いたときは『まじか?』と思ったが、まじだったんだな……」


 半笑いを浮かべ、呆れたようにニッケルトンさん。

 あはははっ、と乾いた愛想笑いで応えて、


「《影探り》だっけ? どうやって使うの?」


「目元で横ピース」


 シャキン! と目元で横ピースを決めるシルキー。

 のりの良い双子のお姉さんたちも、目元で横ピースをシャキン! と決めた。

 こうなるとやらない方がおかしいので、やけくそでやってみた。

 シャキ~ン! ……お? おおおっ!


「どうした? 何か見えるのか?」


 興味津々とばかりに聞いてくるニッケルトンさんに、ただただ、壊れたオモチャのように首を縦に振って応える。


「ここを通った魔物が見えます!」


 しかしこれで罠のあるなしなんてわかるのだろうか?

 疑問に思いながらも魔物を追いかけて、二叉の道を右に進む。


「……ん?」


 右の道に進んだ途端、魔物が不自然に壁際に寄った。

 なぜ? と不思議に思っていると、他の魔物も同様に壁に寄ってから先に進むのだ。


「道の真ん中に何かある?」


 確かめる気にはならないけど、きっとそうに違いない。

 魔物を見習ってぼくらも壁に寄ってから先に進んだ。


 しばらくするとまた二叉の道がぼくらを出迎えた。


「次はどっちだ?」


「ちょっと待ってください」


 ニッケルトンさんにせっつかながら《音当て》で周囲の状況を探る。

 左の道の先には、……うぅ、赤いマーカー――敵性存在がたくさん。

 一方で、右の道の先には、ぽつぽつとしか赤いマーカーはない。

 そのことを伝えると、ニッケルトンさんは「う~む」と唸って、


「……不味いな」


「何がですか?」


 右の道1択だと思うんだけど……何が「不味い」んだろ?


「右の道を進んでも結局は戦闘になるだろ?」


「ええ、ぽつぽつとはいるようですから……」 


「ちなみにフィルよ、お前は斥候や暗殺者のように音もなく魔物を倒せるようなスキルを持っているか?」


「いえ、ないですけど……」


「ならダメだな。右の道で戦闘をおっぱじめようものなら、その音を聞きつけて、左の道でたむろしている大群がやってくるぞ? 最悪、後ろから襲われることになる」


「あっ……」


「不味いだろ?」


「不味いです」


 う~む、と知らず知らずのうちにぼくも唸る。


「まず左の連中から片付けよう」


「え? ものすごい大群ですよ?」


「幸い、奴らは俺らに気づいていない。奇襲が可能だ。テトラ――」


「はぃ?」


 いきなり呼ばれてびっくりしたのか、テトラお姉さんはきょとんとした。


「たった一発の魔法でクリムゾンオークとレッドキャプを皆殺しにしたそうだが、その魔法はまだ使えるのか?」


「ごめんなさい、無理です。あれを使えるほどMPがまだ回復していなくて……」


「と、なると俺とフィルでかち込むしかないか……いいな? フィル」


「良くないです」


 なに普通にぼくを巻き込もうとしているんですか! 

 と、ちょっと前のぼくだったら突っ込んでいたことだろう。


「ぼくひとりで十分です」


「なに?! てめぇ、まさか死ぬ気……いや、英雄辞典か?」


 察しが良くて助かります。


「です。お姉さんの魔法には劣りますが、同じようなことができるスキルがあるんです」


「よし! 見せて貰おうじゃねーか、英雄辞典の力ってやつを!」


 上唇をぺろりと舐め、挑むように睨めつけてくるニッケルトンさん。

 変な期待感に、ぼくは苦笑い。


「ぼくの3秒後くらいに入ってきてください」

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