第17話 再会の重騎士

「うぉ~い、フィル。軽く見回ってきたが魔物共はいなかったぜ」


 あっ、ニッケルトンさんが戻ってきた。


「お疲れ様です」


 壁を背にして、よっこいしょ、とニッケルトンさんは腰を落とす。


「おうよ。んで、どうなってる?」


「どう、とは?」


「テトルに、テトラ、あの青いのは知らね~が……妖精か?」


 青いの? シルキーのことかな?


「ええ、シルキーは妖精です」


「まじで妖精か! しかし妖精がなんだってダンジョンに? いや、それよりも、なぜ、テトルとテトラがここに? ガリウスの糞と一緒にいるはずじゃね~の?」


「それが――」


 テトラお姉さんのことはわからないけど、かくかくしかじか、とテトルお姉さんの事情を話した。ついでに追放された後のぼくの顛末とシルキー、そして英雄辞典のことも。


 話を聞き終えると、ニッケルトンさんは片手で顔を覆いながら天井を仰ぎ、くそっ、と地面を殴りつけた。


「なんてこった! 足腰立たなくなるまでぶん殴っておくべきだった!」


「多分、テトラお姉さんも同じような事情かと」


「だろうな……ああ、くそ失敗した! パーティを離れるべきじゃなかった! まさかガリウスの糞が、そこまで脳味噌が糞まみれだったとは考えもしなかった!」


「すみません、ぼくを助けに行ったばっかりに……」


「テトルにでも聞いたのか? いや、そうじゃねぇ……お前を助けに行ったことに何一つ後悔はねぇよ。ただな、お前を助けに戻ったはいいが、崖を渡る手段がねぇ、方々探しても見つからなかったから、俺はすぐにパーティに戻ったんだ。テトルとテトラが残っていたからな。そしたら、あいつら、俺を置いて先に行きやがった! 重騎士の俺をだぞ!?」


 重騎士はパーティの盾、魔法使いが安心して魔法を使えるのも、斥候が緻密に敵の情報を探れるのも、多くの魔物の注意を重騎士が引き、攻撃を防いでくれるからだ。


 さもなければ、魔物は野放図にパーティを襲い、甚大な被害を被っていたことだろう。


「慌てて後を追ったが、ついてねぇときはとことんついてねぇ。途中で、魔物の大群と出くわして逃げに逃げた。もうガリウスを追いかけるどころじゃねぇって話よ。なんとか巻いたが良いが、今度は道がわからん。そのときだ。どっからかデカい音が聞こえてきた」


 ……あ~、多分、ぼくかな?


「テトラが魔法をぶっ放して暴れているのかと思ってな、音を頼りに進んでいたら角からブッチャーが飛び出してきたから、ガリウスへの怒りを込めて跳ね飛ばしてやったのよ!」


「な、なるほど……」


「まあそんなわけだ」


 話し終えると、ニッケルトンさんはポーチからスキットルを取り出した。


「テトラは大丈夫そうか?」


「ええ、なんとかなりそうです」


「そうか、お互い生きてて何よりだ!」


 スキットルをぼくに向かって掲げて、中のお酒をぐいっと一飲み。それから、ぷはぁ~、と熱い息を吐き散らす。

 ぼくも何か飲もうかな……水か、ポーションしかないけど。


「しばらく休憩って感じか?」


「え? ええ、そうなります。テトラお姉さんの回復待ちかと」


 あっ、そうだ! 今のうちに魔物の死体を漁っておこう。

 ぼく、外に出たらこれを売ったお金で良い武器を買うんだ~♪

 魔物の討伐記録ででる報償と合わせると、うへへへ、これはなかなかですな~♪。

 良い部屋に泊まって御馳走を食べて,三日三晩豪遊してもバチはあたるまい。


 ちなみに魔物を討伐いた記録は、どういった仕組みなのか、冒険者カードに自動で記録されるから、昔のように耳なり目なりの討伐証明のための部位を持ち帰る必要はないのだ。


「フィルよ、それ……いや、いい、どっちみち冒険者カードでバレるか」


「何の話ですか?」


 ゴブリンから短剣をもぎ取り、意味深なニッケルトンさんに問いかける。


「いや、いい……いきなり英雄様になるのも大変そうだ、って話よ」


「……?」


 やっぱり意味のわからないニッケルトンのお言葉だった。



「ご心配をおかけしました」


ぺこっ、と頭を垂れるテトラお姉さん。


ローブは修繕され、お腹の傷は見えないけど、テトルお姉さんが言うには、傷跡を目立たなくさせるためにあと何度か治療が必要だけど一応、傷口は塞がったらしい。


失った血も回復ポーションのがぶ飲みで動けるくらいには回復したっぽい。


「テトラお姉さんはどうしてひとりで魔物と戦っていたんですか?」


何気なく聞いてみた。

黒魔法使いが勇猛を奮い、ひとりで魔物の大群に挑んだ……わけではあるまい?


「テトルちゃんを探しに行きたいとガリウスさんにお願いしたのです。そしたら、ガリウスさんから二つ返事で快諾を得ることができたので、来た道を戻ったのですが、途中で運悪く魔物の群に出会してしまったのです。あとはまあ、ご存じの通りです」


……それって。

自然とニッケルトンさんと目が合う。

ニッケルトンさんは呆れたように肩を竦めて、


「捨て駒にされたな、そりゃ」


「そうなんですか?」


信じられない、というように声を震わせるテトラお姉さん。


「斥候のグルワーズがいて魔物の大群の接近に気がつかないわけがない。魔物の大群の足を止めるために、わざとお前を行かせたんだ。魔物の大群が来る方にな」


「そんな……酷い、です」


「今度、ガリウスに会うようなことが合ったら特大の魔法でも喰らわせることだ。ちょっとは憂さが晴れるだろうよ」


「そうします。……絶対に!」


「よし! 話は終わりだ」


どしっ、となぜかニッケルトンさんに背中を叩かれた。……痛っ!


「この五人全員でダンジョンからの脱出を目指すぞ! 頼んだぜ、リーダー!」


もう一発、どかっ、とニッケルトンさんの平手がぼくの背中を強かに打つ。……痛い!! 


 ――ん?


「リーダー?」


ニッケルトンさんはぼくを見てニヤニヤ笑った。

お姉さんも、テトラお姉さんもニヤニヤしている。


「経験豊富なニッケルトンさんがやるべきでは?」


「重騎士にリーダーは無理だ。目の前で手一杯だからな」


「んじゃ、お姉さんのどちらかが――」


「「却下」」


双子の声が見事に被る。


「回復魔法で忙しいの」


「攻撃魔法で手一杯です」


「んじゃ、シルキー――」


「任された~」


「――はやめておこう」


絶対、指示とかワンテンポ遅れそうだ。


「失敬な」


ぶぅ~、と頬を膨らませるシルキー。

膨らんだシルキー頬を人差し指で、ぶすっと潰して。


「ぼくのサポートをお願い」


「任された~」


「決まりだな」


ニッケルトンさんがきざっぽく笑う。

双子のお姉さんたちはにっこり。

ぼくは重責にお腹が痛くなりそうだ。


「早速、仕事だぜ、リーダー」


レッドキャップの死骸から拝借した短斧で道の奥を指し示すニッケルトンさん。

そこには……、

二股の道がぼくらを待ち構えていた。


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