第7話 上へ
「さしあたってこの崖を上がるか下がるかしないとだね」
脱出を目指すなら上を目指すべきなのだろう。
う~ん……困った。真っ暗で地形が全く見えない。
飛び降りて足を挫いたくらいだからそんなに高くないと思うけど。
「……さてと。本当に、どうやって上に登ろうか?」
目の前に真っ黒い天井があるかのような光景に、はぁ~、とため息。
いきなり途方に暮れ――
『わしのスキルを使うが良い』
「パンパカパ~ン♪ フィルは『幕間の隠者ギャギャント』の開放条件を達成しました。『幕間の隠者ギャギャント』が開放されます」
「なっ、何事?!」
「スキル《灰色妖魔の執念》を獲得しました。おめでとう~♪」
「あ、ありがと……」
そのとき、碧い炎が渦巻き、何かを形作る。
「……ん?」
思わず横を見る。
『なんぢゃ? わしの顔に何かついておるか?』
「……ゴブリン?」
ギガマラテス様同様、碧い炎がとある人型を象っている。
けど、今度のは人ではない。ゴブリンだ。さっきまで敵対していたゴブリンと同じ……ひょっとしたら細部が決定的に違うのかもだけど、ぼくには同じに見えるゴブリンがいた。
『幕間の隠者、イップス・ギャギャント見参! 卑小なる者、汝の心の闇を讃えよう! 我が力の片鱗にて、卑劣を極め、非道の果てに、闇に落ちるがよい! カカッ!』
名乗るだけ名乗ってギャギャント様を象った碧い炎はかき消えた。というか、
「誰が、卑小なる者だ!」
ぼくの抗議は、しかし断崖に幾重にも木霊するだけだった。
「……今、ゴブリンっぽいおじいさんがいたんだけど?」
「大丈夫、ちゃんとゴブリン」
あっ、本当にゴブリンだったんだ。
「英雄って、ゴブリン……魔物のも含まれるの?」
「魔物じゃない。魔族。魔物は魔族にとっては差別用語。注意すべし」
「違いがわからないんだけど……」
「魔物というと魔獣も含まれる。魔族と魔獣は別物。人間と猿くらいの差がある。フィルだってお猿さんと同じに見られるのは良い気分がしないはず」
「確かに……」
「英雄辞典には魔族の英雄も含まれる。正確には、世界大乱のときに勇者陣営に加わった魔族限定で」
「なるほど……でも、さっきまで殺し合っていたんですけど?」
「ヒト同士だって殺し合う。ゴブリンだってそう。別に珍しくない」
そういうもんだろうか? 小難しくてわからないけど、まあいいや。
「英雄辞典にページが増えているはず。見るべし」
見てみた。
ギガマラテス様の次のページは白紙だったけど……おおっ! ページが増えている!
これは……イップス・ギャギャント様の人生史だ。
2パージ目に戻ると『開放英雄』の項目にもギャギャント様の名前が増えている。
指ちょんしてみた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『幕間の隠者ギャギャント』
《灰色妖魔の執念》
《?????》
《?????》
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「《灰色妖魔の執念》?」
指ちょんすると、
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
《灰色妖魔の執念》
説明:
逃れるすべはない。闇を恐れ、闇を避けよ。シミひとつでも残せば、必ずや幕間にかのものは笑い、必ずやその喉元に刃を突き立てるであろう。忌みきられた種族であるからか、かのものであるからか。闇に生きようと、その執念は忘却の闇にかき消えることはない。
効果:現在★☆☆
★1:《音当て》:広範囲の状況を探る。
★2:《跡見》 :一定範囲の足跡を探る。
★3:《影探り》:周囲の虚像を探る
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「説明がエグい!」
「幕間の隠者、イップス・ギャギャントはアッシュゴブリン族の英雄。ゴブリン12氏族の泥沼の内乱から諜報力だけで、アッシュゴブリン族を守ったのは、あまりに有名な話~」
「いや、知らないけど……あの、ちょっと気になったんだけど……」
「なん?」
「ギャギャント様の開放条件って何? ぼく、何もしてないと思うんだけど……」
「人生史のところに書いてあったはず」
……どれどれ。
「『為す術もない状況で途方に暮れる』?」
なっ、なんて意地悪な開放条件!
……まあ、ゴブリンだからなぁ……、ゴブリンだし、……普通に腹は立つけど。
「どうやって使えばいい?」
「《スキル》を意識して何かを叩くべし」
やってみた。
ショートソードでそこら辺の石ころを小突く。
りーん、と澄んだ音が響き、
「お? おおおおおっ!!
ぼくの頭の中に地図が出来上がった。
「こ、これって……このダンジョンの地図?」
「シルキーには見えないけど、多分、そう」
ダンジョンを網羅したわけではないが、周囲30メートルほどの地形ならありありとわかる。崖の上まで20メートル弱。そこから入り組んだ地形が30メートルを超えて続いている。崖下は、恐ろしいことに30メートルを超えても、まだ底に届いていないようだ。
「しかし20メートルから落ちてよく足を挫いただけですんだな……」
我ながら呆れる頑丈さ。兄ちゃん達によく鍛えられていたから、そのせいかも。
「でも、20メートルくらいならなんとかなるかも……」
こんなこともあろうかと小姉ちゃんに持たされていたのだ。
確か、魔法の何でもバックの~……あった!
「パメラガジェット10号『ジックラト』!」
と、魔法の何でもバックから取り出したのは……
うん、長さ1メートルもない、ただのはしごだ。
「それは?」
しかし、シルキーは興味津々に聞いてくる。
「うちの小姉ちゃん……パメラって言うんだけど、あっ、お姉ちゃんって言っても、年子で一歳も年は離れてないんだけどね……これは村を出るときに持たされたパメラちゃんの発明品のひとつなんだよ。パメラちゃんは錬金術士で鍛冶士で魔法使いなんだ」
「どう使う? はしごにしては短い」
「こうやって」
壁に立てかけて、端っこのボタンを押すと、
「お~」
シルキー、いい反応。自動で伸びるはしごを無邪気に目で追っているよ。
「あとは登るだけ。先に行くね」
「わかった~」
かんっ、かんっ、と足音を響かせ、一歩、また一歩と登っていく。
……変だな、シルキーの足音が聞こえてこないんだけど、
「これ、どこまで伸びる」
「え? ああ、うん……理論上はどこまでも」
なぜか、シルキーの声がすぐ後ろから聞こえてきた。
確かめたいけど、はしごのバランスを崩すと怖いので、振り返れない。
目の前の岩肌とにらめっこしながらひたすらに登る、登る、登る。
「錬金術?」
「たぶん。企業秘密だ、って秘密を教えてくれなかったけど」
「ハイテク~」
……ハイテク? どういう意味? まあいいや。
「どこまでも伸びるらしいけど、その分、強度が弱くなるらしい」
「……強度が?」
「伸びるほど折れやすくなるんだって」
「それは……ただの欠陥品では?」
「いや、そんなことは――」
そのとき、
下の方から「こきぃん!」と甲高い音が聞こえてきた。
「何の音?」
「折れた音」
何が? と問う暇はなかった。
「――ふぇ?」
落ちていた。
はしごを登る姿のまま、突風が下から上に吹きすさび、全身の血が逆さまに流れ、足下から血の気が引いていく。反対に、逆立ちしているわけでもないのに頭に血が上っていく。
「こ、こんなこともあろうかと!」
魔法の何でもバックを漁って漁って、ないないない! ……あった!
「パメラガジェット13号! 『ドラバサミ』!」
変わった名前だけど、その実態はトラバサミに鎖をつけただけの投擲武器だ。
トラバサミと違うのは、噛みつくものを自動で感知して噛みつく、という特性付き!
――投げるっ!
あとは何かに噛みついてくれれば、……ば~、……ば~、……ば~。
――噛みつかんのかい!
やばいっ! どんどんと地面が近づいてくる。
着地しても死なないとは思うけど、痛いだろうなぁ~、きっと痛い!
「軛を解き、野に放て――《アンチ・グラビティ》」
覚悟を決めた、そのとき。
ぼくを地面に叩きつけようとしていた重力が突如として消えた。
それどころか、ぼくの体はふわふわと浮き上がる。
「おっ、重し」
シルキーの声に顔を上げると、
「し、シルキー!?」
妖精の光る羽を背中から生やしたシルキーがしかめっ面でぼくを持ち上げていた。
「シルキー、飛べたの?!
「妖精ですから」
「……そりゃそうか」
ぼくの知っている妖精はすでに性別を得て、すっかりおばあちゃんになってしまったから忘れていたけど、性別を得る前の妖精には羽が生えているんだった。
「大丈夫? 上までいける?」
「大丈夫~」
とてもそうは思えない苦悶の表情でシルキーはゆるゆると上昇していく。
崖上にたどり着くまで、ぼくはいつ落ちやしないかと気が気ではなかった。
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