第6話 追放
ぼくはもともと五人組のパーティに雑用係として雇われていた。
パーティのリーダーで重戦士のガリウス。
双子の白魔法使いのテトルお姉さんと黒魔法使いのテトラお姉さん。
大盾でみんなを守る重騎士のニッケルトンさん。
開けられない鍵はない、と豪語する斥候のグルワーズ。
そして雑用係の村人であるぼく。
「このダンジョンに潜るまでは、それなりに上手くやっていたと思う」
ガリウスは意地悪で、グルワーズは根性がねじ曲がっていたけど、
双子のお姉さんは優しかったし、ニッケルトンさんは何かと面倒を見てくれた。
決して居心地の悪いパーティではなかったのだ。
「このダンジョンは数十年ぶりに出現したダンジョンだったから、お宝を求めて多くの冒険者が挑戦していた。ぼくらのパーティもそのひとりだった」
何の気負いもなかった。多少の困難はあれ、いつものようにダンジョンを攻略して、数日後には酒場で美味しい料理が食べられるものだと思ってた。そのときは。
「ケチがついたのはこのダンジョンに潜って3日目のことだ」
ダンジョンに潜って3日目、なかなかの実入りで、そろそろ地上に戻って精算でもしようかという段になって、ぼくらは罠にはまってダンジョンの最奥に飛ばされた。
「周りにぼくらのパーティの他に多くの冒険者がいた。それで、気づいたんだ。ぼくらはまんまとダンジョンに罠にはまってしまったんだ、ってね」
初めは『力を合わせて脱出しよう』って流れだった。
冒険者は困難に遭うほどに燃えるものだから、その流れはむしろ自然だった。
並大抵の困難じゃなかった。
地図にない場所を進み、行く先々で多くの冒険者の死体を目の当たりにした。
絶望が形を持ったかのような魔物に出会ったのも一度や二度ではない。
不謹慎だけど……これが、本当の冒険だと思った
では、今までのぼくらの冒険は何だったのか?
ただのキャンプだ。
幾百の冒険者に踏み荒らされた場所を進み、対策の決まり切った魔物を退治して、いっちょ前に冒険をした気になっていただけなのだ。
何日かが過ぎ、日増しに余裕はなくなっていた。
遠征の準備なんてしていなかったから水と食料はその日を凌ぐだけで精一杯。
休める場所も、そんな場所がどこにあるとも知らなかったから、みんな酷く疲弊していた。
「そして、あの事件が起きた」
「……うぃ?」
「知ってる? 人の心ってね、行き過ぎた困難に遭うと人の形を保てなくなるんだよ?」
魔物の大群に追われ、ぼくらは誰が掛けたのかもわからない桟橋まで追いやられた。
安全確認という名目でガリウスとグルワーズが先に渡った。続いて双子のお姉さんたち。
ぼくとニッケルトンさんは殿だった。
『ニッケルトン、渡れ!』
ガリウスが桟橋の向こうから叫んだ。
『フィル、先に行け!』
ニッケルトンさんはそう言ってくれるけど、ぼくは固辞した。
桟橋を渡った先で魔物の大群に出会したら、誰がパーティを守るのか。
『行ってください、ぼくなら大丈夫です』
幸いにして桟橋の道幅では、強制的にぼくと一対一の構図になる。
時間を稼ぐくらいならぼくにもできる、という自負もあった。
そのとき、双子のお姉さんの悲鳴が木霊した。
振り返る間もなく、
『てめぇ、何してやがる!』
ニッケルトンさんの怒鳴り声。
でたらめにショートソードを振って、魔物を追い払い――、
それから、一瞬だけ後ろを振り返って愕然とした。
「なん?」
シルキーがずずいと寄ってくる。近い近い!
「グルワーズだ」
シルキーを押しのけ、回想再開。
見れば、グルワーズの陰険野郎が桟橋のローブをナイフで切ろうとしていた。
あんまりなことに頭の中が空っぽになった。
常日頃から、こいつには背中を任せまい、と思っていたけど、
まさかこの緊急事態に予想通り動くとは夢にも思わなかった。
『やめろっ! またフィルが――』
ニッケルトンさんのグーパンがグルワーズを吹っ飛ばす。
けど、もうグルワーズのナイフが桟橋のローブを半ばまで切り裂いた後だった。
次の瞬間、ぶちぶちぶちんっ、と絶望的な音を木霊した。
桟橋のロープが自重に耐えきれずに裂けて、千切れる音だ。
ニッケルトンさんと双子のお姉さんが何かを叫んでいた。
多分、千切れる前に渡れ! とか、急げっ! とか言っていたんだと思う。
でも、ぼくの耳には届いていなかった。
ただ、ぼくは愕然としていた。
ぼくを振り返ったガリウスが笑っていたのだ。
それで、察した。
「――ぼくは追放されたんだ、って」
ゴブリンの群に、オーク、オーガの群が加わり、逃げ場をなくしたぼくを追い込む。
そのときは運良くアレクセイさんのパーティに助けられたけど……。
アレクセイさんのパーティも魔物の大群に襲われて全滅してしまった。
「みんないい人だったのに……」
大剣使いのアレクセイさん、盾戦士のガルビンさん、斥候のアリアナさん、弓使いのシーファさん、黒魔法使いのゲボルグさん……。
「ひとり逃げて逃げて、断崖絶壁に追いやられて、あとは――今に到る、って感じ」
「ほぇ~、大変だった。でも、運が良い」
「だねぇ……」
ヤケクソで飛び降りたら足場があって、飛び込んだ部屋にはシルキーがいた。
なんでかわからないけど英雄辞典の契約者に選ばれて、なんとか魔物を退けた。
不幸中の幸い……幸いが過ぎるように思うけど、とにかく運が良かったのは間違いない。
「これからどする?」
シルキーが寝ぼけ眼で聞いてくる。それは、笑っちゃうくらいの愚問だよ。
「ダンジョンから脱出する。シルキーはどうする?」
「もちろん、一緒に行く」
「だよね。悪いけど、それまで英雄辞典を使わせてね?」
「ぜんぜん、悪くない」
「んじゃ、しばらくよろしくね」
握手のために手を差し出すけど、シルキーは不思議そうに首を傾げた。
「しばらく?」
「勇者のための英雄辞典なんだろ? ぼくには荷が重すぎるよ」
「そお?」
今度は反対側に首を傾げるシルキー。
そんな変なことを言っているつもりはないんだけど……なぜ?
「もしもダンジョンから無事に脱出できたら……聖王国に行こう」
「何がある?」
「勇者の子孫が治めているんだ。彼らこそ英雄辞典に相応しい」
「ふ~ん……」
シルキーの白い手がぼくの手を取る。
「まあ、いい。よろしく~」
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