第5話 むかしむかし

「一応、チュートリアルはこれでおしまい」


「ちゅ~とりある?」


「もっとスキルを覚えたい場合は、英雄に認められる必要がある。英雄……というか、彼らの人格をコピペして作ったエセ英霊に、だけど」


……コピペ? 


「質問は?」


「コピペ……いや、エセ英霊って、さっきのギガマラテス様?」


「そ」


「歴史はあんまり詳しくないんだけど……ギガマラテス様って?」


「南蛮帝国の初代帝王、40人の寵姫との七日七晩にも及ぶ大乱交の果ての腹上死はあま

りに有名な話。ちなみにお子さんだけで一国家を作れたらしい」


「いや、知らないけど……」


大乱交……凄い! 男の夢だ! ぼくも偉くなったらハーレム作るんだぁ!


「うぃ、うぃ」


シルキーは真っ赤になったであろうぼくの耳たぶを銜え、甘噛みしてくる。

……くすぐったい!


「と、ところで!」


「ん~?」


「し、シルキーはどうしてあんなところに?」


「隠れていた」


「誰から?」


「魔王軍」


「魔王軍? ……え? 魔王軍って……魔王エイブラムスの?」


「それ以外に魔王が?」


魔王を僭称する魔族はたくさんいるけど、歴史に名を残すほどの大物となると、一番新しいで100年以上前に世界大乱を起こした大魔王エイブラムスくらい。

今時の子供だって絵本で知っている。


『悪いことをすると大魔王エイブラムスがやってくるぞ~!』


という脅し文句は、全世界共通の子供を躾けるときの常套句だ。


「英雄辞典をイロハに届けるつもりだったのに――」


「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って……イロハ? 大勇者イロハのこと?」


「他にイロハが?」


「いや……」


実は、割といる。お婆さん世代の三人にひとりは「イロハ」だ。

当時の親世代が大勇者イロハにあやかり、その名をこぞって我が子につけたためだ。


「話の腰を折ってごめんなさい。それで?」


「うぃ、魔王軍に追われて、このダンジョンに逃げ込んだ。それで、あの部屋に隠れて、シルキーはシルキーを封印した。英雄辞典を奪われないために」


「なるほど、……あっ、あれ?」


さ~っとぼくは自分の中で血の気が引いていくのを他人事のように聞いた。


「なん?」


「よ、よかったのかな?」


「ん?」 


「英雄辞典だよ、ぼくなんかが契約しちゃって……」


「あ~」


考え込むシルキー。長い長い熟考が、


「別に、いい」


「――軽っ!」


「しちゃったし」


――そんな簡単に!


「だから、これはフィルのもの。重いから……じゃなくて契約者がもつ決まり」


英雄辞典を手渡された。……というか、押しつけられた?

その重さに、んぐっ、と生唾を飲み込む。

英雄辞典。

古今東西の英雄の《スキル》を編纂した魔導書。

これがあれば……ひょっとしたら、ぼくは――、

偉くなれる? 有名になれる? お金持ちにも?

ただの村人では為し得なかったことが、全部、できる?

そのとき、ぼくは、――どうなる?


「フィルは何になりたい?」


「ぼく?」


「英雄? 王様? 賢者?」


「ぼくは――」


英雄と呼ばれたいか? その重責にぼくが堪えられるとは思わない。

王様と呼ばれたいか? 国や民をぼくがどうこうできるはずがない。

賢者と呼ばれたいか? ぼくの智慧が何の役に立つというのか。


「地主でいい」


「なんてミニマム……」


「み、みにまむ?」


……ば、馬鹿にせれた?!


「とにかく肌身離さずもっているべし」


「魔法の何でもバックがあるだけど……」


これに入れていい? と愛用の肩下げ鞄を持ち上げる。


村を出るとき、中兄ちゃんに餞別として貰ったもので収容能力は見た目の倍で、重さを軽減させる効果もあるという、まさに魔法の代物だ。これに入れれば邪魔にならないはず。

それに、戦闘とかで汚したり壊したりせずにすむしね。

 

「それに入れるとリンクが切れそう。腰にぶら下げるの推奨」


……トホホ、ダメかい。

魔法の何でもバックから紐を取り出し、英雄辞典を腰にがっちり固定するように結わえる。


「ぼくには過ぎたものだよ」


「なら、イロハに渡して、お駄賃でも貰うといい」


「ああ、そのことなんだけど……世界大乱は100年前に終わっているんだよ」


「なんと~」


「だから、イロハもエイブラムスももう過去の人」


「世界大乱はどうなったん?」


「イロハとエイブラムスが『祝福の塔』に挑み、創造神に『魔族とヒトが互いに憎み合い、殺し合う宿命を変えて欲しい』って願い出て、受理されたらしい。それで、世界大乱は決着をつけずに終わった、って。教会学校でそう習った」


「ふ~ん……」


あれ? なんか不機嫌?


「なにか不満?」


「良いところを見損ねた」


「ははっ、ぼくには100年前のことなんて想像もつかないよ。……なにか?」


視線を感じて顔を横に向けると、ぼくをじ~っと見つめてくるシルキーの顔があった。

このまま無防備なほっぺにちゅ~できそうな距離。……やらないけどさ。


「フィルは人間?」


「そうだよ。……どうして?」


「お仲間かと思った」


「お仲間?」


「妖精では?」


「4分の1は、まあお仲間かな?」


「なる~」


くんくんっと鼻を寄せてくる。ちょっとくすぐったい。


「知った匂いがすると思った」


「知った匂い?」


「ところでフィルはこんなところで何を?」


――うぐっ!

また、どうして聞いて欲しくないことを聞いてくるかな……。


「ダンジョンでのソロプレイは非推奨。お仲間は?」


「長い話になるんだけど……」


「うぃ」

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