第2話 村人と妖精

「人? ……女の子?」


 光の屈折による見間違いではなさそうだ。巨大水晶の中には、女の子がいた。

 だぶだぶのロープを着た、長めのショートヘアの女の子が。


 顔立ちは整い、まだあどけなさを残して『綺麗』よりは『可愛い』感じ。

 年は、ぼくと同じくらいだろうか? 成人しているようには見えないけど。


「なぜ、女の子がこんなところに?」


 そのとき、ぼくの背後で爆音が鳴り響いた。


 驚いたぼくは反射的にかがむと、頭上数センチを何が通り抜け、女の子を封じ込めた巨大水晶にぶち当たった。よく見ると……いや、よく見なくても、それは翡翠色の扉だった。


「ま、まさか!」


 まさかだった。

 後ろを振り返ると、開け放たれた入り口から魔物共がわらわらと入ってくるのが見えた。


 先頭はオーガで、次にゴブリン、遅れてオークが入ってくる。

 翡翠色の扉は、オーガに蹴破られたのだ、と簡単に想像ができた。


「そ、そんなに腹が減っているのか!?」


 先頭を行くオーガは、ぼくを見て、にやっとした。

 それから、ぼくの後ろを見て、にんまりとした。


 ……?


 意味がわからず、何気なくその視線を追って唖然とした。

 オーガの視線の先には、件の女の子があった。

 度しがたいことに、ぼくを喰った後に、女の子まで喰おうというのだ!


「なんてこった……」


 途端に、申し訳ない気持ちで一杯になった。


 地位にも名誉にも恵まれず、お金さえろくにもっていないぼくみたいなのが、ないものをねだって、一角の夢を見て、一人無様に死ぬのならまだいい。ただの自業自得だ。


 けど、何の関わりもない女の子を巻き込むのは違うのではないか?


「……ろくでもない」


 何も得られないどころか、余所様まで巻き込むなんて……

 本当に、ろくでもない。

 ぼくは死に様までこのていたらくなのか? いや――


「やらせない! せめて彼女だけでも!」


 ショートソードを改めて構える。

 ろくでもない人生だったが、最後くらいは、


『英雄因子確認』


「……はぃ?」


 声が聞こえた……ような気がした。


『状況確認中……緊急事態と判断。状況判断中……』


 ぼくも魔物共も鳩が豆魔法を食ったよう顔をして巨大水晶を見上げる。

 声は、巨大水晶……いや、部屋全体から聞こえてくる。


『状況判断完了。極小確率による再現性難事案件と判断。緊急処理を実行……』


「なっ、何事?」


『当方を契約者と認定。緊急解凍開始……」


 しゅーっと勢いよく巨大水晶から白い煙が吹き出す。


『終了まで、3.2.1……』


 天井を貫くほどだった巨大水晶が見る間に小さくなっていく。


「あっ――」


 巨大水晶を失い、中に閉じ込められていた女の子が零れ落ちる。

 声を上げたときには、ぼくの体はもう動いていた。

 女の子に駆け寄り、抱き止める。


「……暖かい」


 だぶだぶのロープ越しに小柄な体に触れ、ぽかぽかの体温が伝わってくる。

 ミルクの甘いお菓子のような香りが鼻孔をくすぐる。赤ちゃんみたいな匂い。


 長いまつげ、目鼻立ちは整い、唇はぷっくり、頬はぷにぷにだ。

 ただただ愛くるしい寝顔に、見ているだけで意味もなく嬉しくなってくる。


 将来は、絶世の美女などと呼ばれ、何人もの男を破滅させるに違いない。

 直に見る彼女の髪は、晴れ渡った空のような水色。

 それだけで彼女が純粋に人でないことが知れる。

 エルフは金色や銀色で、それ以外の種族は、黒や茶系統と体毛の色が決まっているからだ。

 水色となると精霊か妖精くらい。純正種か、多分にその血が含まれた混血種か。


「うみゃ?」


 彼女の長いまつげが揺れ、まぶたがうっすらと開く。

 深い海の底のような青いが、ぼくの顔を映す。


 恥ずかしいくらいの童顔で、おまけに中性的で、かろうじて男に見える情けない顔だ。

 濃紺色の髪は、祖母が妖精であった証。ぼさぼさなのが、ちょっと恥ずかしい。


「おは~?」


 寝ぼけ眼で、彼女は開口一番にそう言った。

 何とも間延びした声だ。


「おはよう」


 挨拶を返すと、彼女は目をぱちぱちさせた。


「どちら様?」


「ぼくは、フィルメル・メイクイーン、みんなからはフィルと呼ばれている。君は?」


「シルキー」


「シルキー……何?」


「シルキー・ライブラリ」


「ライブラリさんは――」


「……シルキーでいい。あと――」


 シルキーはそう言うと、入り口の方を指差した。


「……敵?」


 見れば、警戒心むき出しでこちらを見守る魔物共。


「……忘れていた」


 シルキーを床に座らせ、ぼくは改めてショートソードを構える。


「巻き込んでしまってゴメンなさい。ぼくが囮に――」


「必要ない」


「――へ?」


 シルキーはゆっくりと立ち上がり、ふらふらと近づいてくる。


「抱っこ」


 そして、ぼくの背中に飛びつくと、首元に手を回してきた。

 まさに「抱っこ」というか「おんぶ」の態勢。でも、足は宙ぶらりんのままだ。


「あ、あのシルキーさん……」


 体力には自信があるので、重くはないが、動きやすくはない。

 囮となる都合もあるので、離れてて欲しいのだけれど……。


「大丈夫。フィルの勇気に英雄が応えてくれた」


  「――はぃ?」


 何のこっちゃ、と首を傾げた、そのとき

 忽然と、ぼくの隣に碧い炎が渦巻いた。


「な、なに?」


 慌てて距離を取り、剣を構える。

 碧い炎は渦巻きながら、何かを象っていく。何か、……いや、これは、


「人?」

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