一時停止「pause」
「――宣人くん、来てくれたのね」
振り向くと柚希の母親が立っていた。母親とも家族ぐるみの付き合いだ。見知った顔を見て緊張の糸が解ける。
「柚希は眠ってしまったようね。来てくれたのにごめんなさい……」
先程までおびえていたはずの彼女は、いつの間にか眠っていた。ベッドの脇に柚希の母親とともに寄り添う。
「柚希はどうしたんですか? まるで
思わず質問を投げかけてしまう。
「柚希と話したのね、お見舞いに来たということは近所のうわさを聞いた?」
「はい、わからない言葉も多かったですけど。二宮のお
「そうか、知らないのね。あの辺りに伝わる
「風習? 柚希に何の関係があるんですか」
「夏のお祭りで、女の子が
「……はい、今年は柚希でした」
「それが今回の原因かもしれないの」
話はにわかには信じられない物だった。柚希とかくれんぼをした神社、夏の匂いが砂利の音で蘇る。待ち合わせをした石段にある一対のお稲荷さんの像。そのキツネ像を
「噂みたいに
「柚希が治る方法はないんですか!?」
「寝ている時間も増えてきたし、担当医も手の
「お年寄りはこんなことも言ってました。
「宣人くん、自分の目で確かめて、きっと柚希もそう願ってるはずだから」
母親から手渡されたのは、あの交換日記だった。僕は何げなく
「これは……!?」
あんなに僕との交換日記を楽しみにしていた柚希。その期待を僕は数日で裏切ってしまったんた。面倒くさいという理由で。本音は交換日記を続けたら、僕は絶対に自分の気持ちを書いてしまうはずだ。
『柚希のことが大好きだ!!』って。
それが怖くて日記から逃げ出した。なのに彼女は僕のために日記を続けていたんだ。
僕が書くはずの左側の
最後の余白に書かれた文字。
――私、もう一度あの曲が聴きたかった。
彼女の想いに涙で日記の文字が読めなくなる。深い後悔がインクの染みのように僕の胸に広がった。
「お母さん、頼みがあります。これから毎日、柚希をお見舞いさせてください……」
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