巻き戻し「REW」

「柚希、お見舞いに来たんだ……」


 怖がらせないように優しく語りかける。しかし逆効果だった、柚希はおびえた表情で僕を見つめた。


「私はあなたのことなんか知らない!!」


 記憶喪失!? そんな言葉が頭に浮かんだ。彼女の入院と何か関係があるのか?


「――僕が分からないの」


 言葉を失ってしまう。柚希と過ごした今までの思い出が蘇ってくる。放課後の赤いベンチ、かくれんぼをしたお稲荷さんの神社。柚希は隠れるのが下手で、鬼にされて泣きべそをかいていたっけ。その何倍も二人で笑いあった日々だった。だけど目の前の彼女は別人のように怯えた表情を浮かべている。いたたまれなくなって僕は目を逸らしてしまった。ベット脇の棚には着替えや本が置かれている。その棚のある物に視線が釘付けになった。柚希と交わしたあの約束を思い出す。



 *******



『宣人くん、交換日記しない?』


 電話越しに言われて僕は驚いてしまった。小学校の連絡網で柚希に電話した。女の子に電話を掛けるだけでも緊張するが、初恋の相手に電話をする。小学生の僕にはハードルが高かった。


『はい、二宮です……』


 良かった!! 最初から柚希が電話に出た。母親が出たら僕はもっと動揺していただろう。


『もしもし宣人だけど、学校の連絡で……』


 その後、気持ちを悟られぬよう用件だけを告げる。電話の彼女はいつもと違い、大人びた声に聞こえた。


『ねえ宣人くん、お願いがあるの!!』


 柚希のお願いは僕ともっと話したい、でも直接は恥ずかしい。女子の間で交換日記が流行っているそうで、日記なら僕と照れずにやり取りが出来ると言う。


『そんな面倒くさいこと、やれるかよ!!』


『一生のお願い!! 聞いてくれなきゃ嫌』


 女の子らしい提案に心の中では満更まんざらでもなかったが、喜びを悟られぬようにしぶしぶ了承するていにした。


『分かったよ、僕たち以外に気付かれないことが条件だ』


『ありがとう宣人くん!! 柚希すっごく楽しみ、実は可愛いノートも用意してあるんだ』


『お前、僕が断ったらそのノートどうするつもりだったんだよ』


『宣人くんは断らないよ、柚希おまじないを掛けたから、この交換日記のノートにも!!』


 あの日、用意してくれたノートが棚に置かれていた。表紙には丸っこい字で書かれたタイトル。


【宣人くんと柚希の交換日記】


 彼女は全てを忘れていないのかもしれない、そう信じたい。もう一度、柚希に声を掛けようとしたその瞬間だった。


「……宣人くん?」


 背後から突然声を掛けられた、一体誰だ!?


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