4. 力を求めて(盲虎巨獣モードラス→飛鹿巨獣ヒログラス、白駒巨人ハックドール 登場)

第15話 その気遣いは正直嬉しいわ

「いやー、やってくれますね、飛成ひなりさん。まさに八面はちめん六臂ろっぴ、予想以上の大活躍じゃないですか」


 今日も今日とて夢空間に現れた例の女神は、俺の顔を見るなりご機嫌に声を弾ませた。


「あぁ……今日は大変だったよ。これまでの戦いで一番疲れたっていうか」


 流体金属の巨人、そして異形の異界人との立て続けの戦闘を思い返して俺が言うと、女神は「またまたぁ」ともはや見慣れたニマニマ笑いを向けてくる。


「わかってるくせに。私が言ってるのは女の子達との関係のことですよー。出会ったばかりのロリっ子ちゃんともあっという間に打ち解けちゃって、ニクいですねー、このこのー」

「ロリっ子って。せめてボクっ娘にしたげてくれよ」


 何となくそんなことを言われそうな気はしてたけど……。と、俺がわざとらしく作ってみせた呆れ顔を、自称天国テレビのクルーはさらっとスルーして。


「お姫様達は言うに及ばず、騎士娘ちゃんも飛成さんに心配されてコロっと心許しかけちゃってますよ。どうするんです?」

「いや、どうするって言われても……」


 パルフィに関しても、今日一日で多くの一面を見られたのは確かだけど。でも、シルヴィアの手前、あの子は間違っても俺とどうこうなりたいなんて思ったりしないだろうに。


「とまあ、飛成さんの全駒ぜんごま計画も順調に進みつつあるところで」

「俺がハーレムを夢見てるみたいな話にしないでくれる?」

「ここで重大発表っ! このたび、異世界ヒーロードラマ『龍王巨人ヒリュウジン』、無事に放送会議を通りました!」


 突然にテンション高く声を上げ、女神は俺の顔の前にピースサインを突き出してきた。


「あ、うん……よかったね」

「飛成さんの勇姿が天上界のちびっ子達に観られるんですよ!? もっと喜んでくれなきゃっ」

「天上界のちびっ子って何……?」


 エンジェルだかキューピッドだかがテレビに群がる、謎にシュールな光景しか思い浮かばないけど。

 苦笑する俺をよそに、女神は空中のスクリーンに龍の巨人の戦闘シーンを映して、楽しそうに告げる。


「いよいよ来週から放送開始です。いやー、それにしても、このタイミングで侵略者が来てくれたのは熱かったですねっ」

「こっちとしては全然喜ぶことじゃないんだけど」

「第一話・ヒギュードン編、第二話・ケゲール編を経て、第三話でさっそく満を持しての侵略異界人との戦い。私が言うのもナンですけど、めっちゃバランスいい構成ですよ」


 画面には、流体金属の巨人を撃破し、続いて甲殻類を思わせる異界人と空中で激しい攻防を繰り広げる、俺の――龍王巨人ヒリュウジンの姿。

 まあ、確かに、俺の世界の巨大ヒーロー物の代名詞といえるスペーシアンだって、怪獣との初戦を描いた第一話に続いて、第二話で早くも悪の宇宙人を相手にしていたけど……。


「毎回、巨獣兵器と戦ってばっかりじゃ飽きられちゃいますからね。たまにはアクセントを付けないと」


 まるで意図して異界人を出したかのような言い回しに、俺は目を細めた。


「アンタ、まさか奴らが攻めてくるの知ってたのかよ」

「いーえ? 言ったでしょ、天国テレビだからって未来予知はできないって。ただ、色んな世界の尖兵がチョイチョイ偵察に来てるのは分かってたので、そろそろどこかが行動に出るかなーとは思ってましたけど」


 他人事のように……いや実際、天上界からすればよそ事ではあるんだろうけど、あまりに悪びれもせずさらっと言い放つので、腹立たしいとかを通り越して乾いた笑いが出た。


「気楽でいいよな、アンタは。こっちは、っていうか、この世界の皆は命がけで戦ってんのに」

「しょうがないじゃないですか、次元が違うんですから。人間だって将棋の駒が取られるたびにリアルに泣いたり悲しんだりしないでしょ?」

「イヤなたとえだなぁ……」


 次元が違うといえば、瞬間移動したり、空間を捻じ曲げたりが俺にも出来ることを先に教えてくれなかったのも、なんだか意地が悪い。敵とローリエの発言でギリギリ気付けたからよかったけど、そのヒントがなかったら、あのまま敵にいいようにやられてたんじゃ。


「てか、俺にあんな戦い方が出来るって、最初から教えといてくれたらいいのに」

「んー、でも、何がどこまで出来るかなんて私も知らないですしー」

「ええ……」


 自分で巨人を誕生させておきながらなんで知らないんだよ、と突っ込みたくなるけど、多分それも「次元が違うから」で流されるんだろうな……。


「あと、高次元空間が何たらってどういう意味? ローリエといい敵といい、言ってることが頭良すぎて付いてけないんだけど」

「うーん、そうですねー、三次元世界の人に四次元以上の概念を説明するのは難しいんですけど……あぁ、そうだ、将棋の駒が成るとき、裏返しにするじゃないですか」


 女神が言った瞬間、俺達の間には将棋盤が浮かんでいて、彼女は飛車の駒をその指につまみ上げていた。


「この盤みたいな平面の上に二次元の世界があったとして。その世界の人達には、この飛車が龍に成るのがどう見えると思います?」

「どう、って?」


 ぱしっと軽やかな手付きで駒を裏返し、天上界の住人は続ける。


「三次元から盤上を見下ろしてる飛成さんには、『持ち上げて裏返した』ってわかりますけど。二次元の人は、上下とか裏表って概念自体がないから、突然飛車が龍に変わったとしか思えないですよね。それをもっと高い次元でやってるだけですよ」

「……わかるような、わかんないような」


 尋ねておいてなんだけど、それ以上考えると頭がショートしそうだったので、早々に話題を変えることにした。


「あの敵の同類が、去り際にさ……」

「おっと、ストップ。いつまでも『あの敵』じゃアレですから」


 わざとのように俺の話の腰を折って、女神は得意げに人差し指を立てる。


「例によって中将棋ちゅうしょうぎの駒から取って、番組での呼称は横行おうぎょう異界人ミェーチ、とでもしましょーか。流体金属兵器は、銅将どうしょう巨兵グマノイドー、てなとこで」

「ああ、うん、それは好きにしてくれたらいいけど」


 そういえば、「ミェーチ」って結局、俺と戦ったあの一人の個人名じゃなくて、奴らの種族名だったんだろうか。

 この世界からは手を引くとしよう――と言って引き上げていった敵の言葉が、俺の中にずっと気掛かりとして残っている。


「この世界からは撤退しても、奴ら、また別の世界を侵略しに行くんじゃ……。やっぱり、あの場で全滅させといた方がよかった?」


 聞きたかった本題を尋ねると、女神は「うーん」と首をかしげてから、あっけらかんとした声で答えた。


「まあ、そこは飛成さんが気にしなくても大丈夫ですよ。それぞれの世界には、それぞれの守り手がいます」

「……そうなんだ」


 そういえば、天国テレビでも異世界モノがマンネリ気味とか最初に言ってた気がするし、この女神のお仲間があちこちの世界で似たような番組を作ってるんだろうか。

 世界の命運を娯楽のネタにされちゃたまらないよな、なんて前は思ったけど。それがなければ侵略者のなすがままにされていた世界もあったと思えば、彼女達も案外、神様としての役目を果たしてるのかも……?


「まあ、そう簡単に侵略者の思い通りにはならないものですよ。それでも次から次へとワルモノが蔓延はびこってくるから、イタチごっこですけどねー」

「……それ、アンタ達が介入して取り締まってやる訳にはいかないの?」

「大昔はしてたみたいですけどね。今は、あんまり世界間の争いに介入しすぎると天国マスコミに叩かれますから」

「天国マスコミ」


 アンタもマスコミ側じゃないのか、というのは突っ込んでも無駄なところだろうか。


「業界の自主規制なんかも色々ありますし、一つの世界に一人の人間を送り込むくらいが精一杯なんですよ」

「業界って何の……」


 マジに捉えても捉えなくても同じか、と悟って、俺は真面目に考えるのをやめた。

 そこで、緩急を心得ているかのように、女神が「でもね」と急にシリアスな表情で言ってくる。


「一度どこかの侵略者に目をつけられた世界は、その後も穴場として狙われ続けますからね」

「えっ……」


 俺が思わず息を呑むと、女神は指先をくるくると回して。


「だから、飛成さんにはもっともっと活躍して、侵略異界人の間でも有名になってもらわないと。核兵器の抑止力と同じですよ。攻め込むには高く付くと知れ渡るだけで、あの世界は守られます」

「……責任重大じゃん」


 右手のブレスレットに目を落とし、改めて俺が使命の重さを噛み締めたとき、女神はぱんっと胸の前で手を叩いて三たび空気を一変させた。


「ところで、現実の飛成さん、今夜も大変なことになってますよ」

「えっ、また夜這い!?」

「だったらよかったんですけどねー。まあ、人気者は敵も多いってことで」


 その言葉を最後に、俺は白いもやをくぐって――。



***



 ――寝床で目を覚ますと、すぐ眼前に白刃はくじんが迫っていた。


「えっ!? 何!?」


 咄嗟に飛び起きて刃風を避けた直後、枕にざくりと短剣が突き立つ。

 枕の中身の羽毛がぶわっと舞い散る中、窓からの月明かりが侵入者の横顔を照らす。騎士装束の若い男だった。城内で見かけたような顔だ。

 俺がベッドから飛び降りて体勢を立て直したところで、男も間髪入れず短剣を構え直し、鋭い双眸そうぼうで俺を睨んでくる。


「姫様達をたぶらかす異界人め、生かしておけん!」

「えぇえ、なんで!」


 壁を背に身構えたとき、寝室の扉が音を立てて開け放たれ、瞬時に閃いた魔法の火花が男の手から短剣を弾き飛ばしていた。


「っ!」


 俺と男が同時に顔を向けた先には、衛兵二人を左右に従え、杖をまっすぐ構えたアウラの姿。


「やはり狼藉ろうぜきを企んでいたのね。追ってきてよかったわ」


 金髪の姫から氷のような視線を向けられ、男は狼狽うろたえた様子で叫んだ。


「なぜ、こんな余所者を城内に置いておくのです! 敵国の手先かもしれないというのに!」

「その者は私が認めた客人よ。申し開きは法廷で聞くわ。連行しなさい」


 アウラにぴしゃりと言われて言葉を失いながらも、男は最後まで俺に怨嗟えんさのこもった視線を向けたまま、衛兵達に引っ立てられていった。

 二人きりになった室内を、杖の先にともらせた光で微かに照らして、アウラは俺に向き直ってくる。


「この部屋に護衛を付けなかったのは我々の落ち度だわ。申し訳なかったわね」

「いや……。むしろ助かったっていうか……」


 まだ心臓の動悸が収まりきらない中、俺は彼女に礼を述べるかわりに、ふと浮かんだ疑問を口にしていた。


「アウラ……さん、なんでこんな夜中に」


 彼女だって、今日は色々あって疲れ切っているはずなのに。


「眠れなくて剣を振るっていたのよ」


 姫君の赤い瞳は、焦燥に満ちた色をしていた。


「あなたが見た通り……私達の力は、異界からの敵に遠く及ばない。それでも私は、この国を守って戦わなければならないのよ」


 一言一言を絞り出すようなアウラの声は、悲壮な決意の奥にどこか切なさをも感じさせるものだった。

 彼女を案じるシルヴィアやローリエの言葉を思い出しながら、俺はその目を見返して言う。


「……もうちょっと、肩の力を抜いていいんじゃないかな。いざって時は、また俺が助けるからさ」


 自然とタメ口になっていた。それを咎める素振りもなく、彼女は数秒ほど俺を見つめていたかと思うと、ふっと僅かに口元をほころばせて。


「あなたが永遠にこの世界にとどまる保証もないでしょう。……それでも、その気遣いは正直嬉しいわ。ありがとう」


 えっ、と俺が目を見張った直後、彼女は照れ隠しのようにきびすを返し、「おやすみなさい」と言葉を残して足早に部屋を後にした。

 その華奢な背中を見送っていると、なぜかまた心臓の鼓動が速くなるような気がした。

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