第14話 真の全力
巨大化を果たした異形の異界人と対峙すること約一秒。虫の
「驚かされたよ、龍の巨人が君の位相転換した姿だったとはね!」
叫ぶように言いながら空を駆け、敵が光の手裏剣のような攻撃を放ってくる。片手の先にバリアを広げ、弾き返したと思った瞬間、敵の攻撃は空間を裂いて俺の背面を直撃していた。
(何っ……!?)
この体の装甲には大したダメージにはならないが、バランスを崩されて俺は空中でつんのめる。そこへ、二発目、三発目の光の手裏剣が、音を超えた速さで襲ってくる。
光の翼を前面に回り込ませてそれを防いだ――はずが、手裏剣はその場でワープしたように防御をすり抜け、俺の胸部を下から突き上げていた。
(くっ!)
勢いのまま中空で反転して体勢を立て直し、俺は右腕の宝玉から炎の爪を出現させる。だが、迫る手裏剣を迎撃するつもりで振り抜いた爪は虚しく
龍のウロコを思わせる装甲に微かな火花が散る。俺の目の前に瞬間移動のごとく現れた敵が、はっはっと不気味な哄笑を響かせた。
「その程度か? こんな初歩的な空間歪曲にも対応できないとは、買い被りだったかな」
やられっぱなしでは居られない。俺は炎の爪を三日月状の光の刃に変え、眼前の敵めがけて撃ち出す――が。
「なるほど、宝の持ち腐れとはこのことだ」
室内でパルフィの剣閃をかわした時と同様、敵は瞬時にその場から消え失せて俺の刃を避け、いつの間にか俺の後ろに回り込んでいた。
すかさず視線を振る俺の前で、敵の姿が残像のように何重にも分身して俺を取り囲む。青白く光る蟹のような目が、全方位から不気味な視線を浴びせてくる。
(――それなら!)
再び現出させた灼熱の爪を何倍にも伸ばし、体を回転させて全周に振り抜く。だが、時既に遅く、さらに上空へと瞬間移動した敵が、分身して俺を囲んだまま一斉に光の手裏剣を飛ばしてきた。
(っ……!)
回避すれば地上に被害が出る。俺は両腕と翼を広げ、全身でそれを受け止めるしかなかった。
真紅の装甲に衝撃が
「ヒナリっ!」
遥か下の地上から、ローリエの拡声魔法の声が俺の聴覚を叩いた。
「恐らくだが――君はまだ、巨人の力の全容を使いこなしていない! 君自身の感覚の
(俺自身の、感覚の枷……!)
その言葉にハッと閃いて、俺は高空の敵を見据える。
分身を解いて一体に戻り、誇らしげに俺を見下ろしてくる敵。ヤツの目の前に!――と俺が思い描いた瞬間、俺の体は翼の羽ばたきによらず、瞬時に空間を跳躍したように敵の目前に肉薄していた。
「なっ!?」
驚く
さらに宝玉に力を込め、俺は間髪入れず光の刃を放った。敵が瞬間移動で回避する、その座標を「瞬間」より速く察して、光の刃を回り込ませる。
空間を捻じ曲げて敵の移動先に割り込んだ刃が、寸分の狂いなくその外殻に一条の傷を刻みつけた。
「ぐっ……馬鹿なっ!」
コンマ数秒と置かず、敵が光の手裏剣で反撃してくる。俺が両腕を突き出すと、バリアのかわりに生じた空間の渦が手裏剣を飲み込み、逆に敵めがけて殺到させていた。
己の攻撃を己で浴び、敵の外殻に火花が散る。
(行ける――!)
この空を飛べることに気付いた時と同じ高揚感が、全身を巡っていた。
そうだ、俺が天上界から授かったのは、眼前の敵さえも舌を巻いた、文字通り次元を超えた力。
だったら――ヤツに出来る程度のことは、俺にだって出来るはず!
「こんなことが――」
驚愕に震える敵の言葉を聴覚に捉えつつ、右手の宝玉から龍の炎を放つ。敵が即座に分身して回避しようとした瞬間、俺の炎も同じ数に増え、灼熱の尾を引く流星と化して全ての分身に直撃した。
(もっとだ……!)
深傷を負って一体に戻った敵に狙いを定め、分身させた光の刃を全方位から叩き込む。瞬間移動で逃げる敵を追って回り込む無数の刃が、青銅色の外殻をズタズタにし、白く濁った鮮血を噴き出させた。
「おのれ……おのれェェ!」
苦し紛れとばかりに、敵は地上に向かって光の手裏剣をいくつも撃ち出した。俺は瞬時にその下に回り込み、炎の爪で全ての攻撃を斬り払う。
地上の人々のどよめきを背に、俺は再び敵の眼前に迫り、右腕から炎の鎖を飛ばしてその巨体をがんじがらめにした。
それを振り払おうと
「なぜだ……君はこの世界の何なのだ!? それほどの力を誇りながら、なぜこんな未開世界の肩を持つ!?」
邪悪な侵略者を睨み返し、俺は空気を震わせた。
《守りたいもの達と、ここで出会ったからだ!》
右腕を天に突き出し、翼に燃え盛る炎を一手に集める。宝玉を中心にかつてなく膨れ上がった真紅の猛火が、龍の咆哮を思わせる風鳴りを連れて唸りを上げる。
(食らえっ――!)
上体を振りかぶって右腕を振り出すと、解き放たれた龍の炎が雄々しく敵を飲み込み、天を染める灼熱の嵐となって吹き荒れた。
断末魔の叫びと共に、異界人の巨体が爆発四散する。
爆炎を背にして振り向くと、地上から人々の歓声がわあっと沸き起こった。
だが、まだだ。敵の円盤からアウラとシルヴィアを救い出さないと。
「ヒナリ様……!」
まだ緊張に満ちた目で、パルフィがじっと俺を見上げている。隣ではローリエも小さく頷いてきた。
二人に頷きを返し、俺は空中の円盤を振り仰ぐ。今までこの上空に静止していた円盤は、俺が敵を撃破したのを見て取ったように、王都と逆の方角へ向かってゆっくりと動き始めていた。
このままアウラ達を連れ去らせるわけにはいかない。俺は翼を羽ばたかせ、急いで円盤を追った。
(確か、こういう時は……!)
特撮番組の巨大ヒーローなら、壁の向こうを透視したり、人間サイズになって宇宙人の円盤に潜入したりもできたはず……。
円盤に追いついてすぐ横を飛びながら、俺はその船体に目を凝らす。すると、青銅色の外壁を透過して、広々とした内部構造の深奥、円柱形の光の壁に囚われているアウラとシルヴィアの姿がはっきりと見えた。
(よし……!)
ぐっと右手の宝玉に力を込め、炎の爪で円盤の外壁を破壊する。同時に、全身が閃光に包まれたかと思うと、俺の意志に応じて俺の体は人間大に縮小されていた。
壁に空けた大穴から円盤の内部に飛び込み、透視能力を頼りに二人の囚われている場所を目指して駆ける。
円盤内に何かの警告音が鳴り響き、例の流体金属を人間大にしたような銅色の人形が、何十体と群れをなして襲ってくるが――。
(邪魔だっ、どけっ!)
光の刃で敵を一掃して、青白い光が縦横無尽に走る通路を駆け抜け、俺は遂に二人のいる空間へと飛び込む。
光の円柱の中、それぞれに閉じ込められたアウラとシルヴィアが、揃ってハッと目を上げた。
「ヒナリ様! なぜその姿のまま人の大きさに!?」
光のスクリーン越しにシルヴィアが驚きの声を上げる。人間の姿でいる時には光に遮られて聴こえなかったはずのその声も、この姿の俺の聴覚にはハッキリと届いた。
アウラも目を見張り、何か言いたげに口を開きかけている。
俺は二人の前に駆け寄り、炎の爪の一振りで続けざまに円柱を破壊した。案の定、シルヴィアが真っ先に「ヒナリ様っ」と声を上げて、俺に抱きつこうとしてくる。
俺が一歩身を引いてかわすと、彼女はその場につんのめって、「もうっ」と俺を睨み上げてきた。
こほんと小さく咳払いして、アウラが横から口を挟む。
「礼が先でしょう、シルヴィー」
「はいっ。ヒナリ様、わたくし達を救い出して下さってありがとうございます。このご恩は生涯かけてお返ししますねっ」
そこまでには及ばないけど……と突っ込みたい俺をよそに、シルヴィアはどこか嬉しそうな目を姉に向けた。
「ほら、お姉様も」
「……ええ」
気恥ずかしさを隠せない表情で、第一王女は俺を見据えてくる。その唇が
俺が咄嗟に二人を庇う形で振り向くと、空間の入口には、先程倒した敵と同じ種族らしき異形の異界人が、銅色の人形を数体従えて立ち、青白い目を驚愕に見開いていた。
「信じられん。流体金属兵器はおろか、我ら『ミェーチ』の戦闘形態をも圧倒するとは。貴様は一体……!?」
空気を直接震わせるその声に、俺も一歩歩み出て答える。
《龍王巨人ヒリュウジン。天上界が遣わした正義の使者だ》
例の女神に名付けられた名前を名乗ると、背後でアウラ達がハッと息を呑む気配も伝わってきた。
《侵略を諦めて自分達の世界に帰れ。さもないと、三億人のお仲間、まとめて焼き尽くしてもいいんだぞ》
龍人の目で鋭く敵を見据え、思いついたままの脅し文句を伝えると、敵は数秒置いて、苦々しい口調で言った。
「なるほど、ここは我々の負けのようだ。この世界からは手を引くとしよう」
降参を示すように敵が両手を上げると、空間の床に音もなく円形の穴が開いた。何層もの内部構造を貫いて、青銅色の光が地上に向かって伸びている。
「天上界の使いか……そんなものに守られた世界もあるのだな。覚えておこう」
きびすを返して去っていく敵の背中を見送り、俺は姉妹に手を差し出す。「はいっ」と機嫌よく片腕に飛び込んでくるシルヴィアと、おずおずとそれに応じたアウラの体をそれぞれ抱えて、俺は地上に伸びる光の中を飛び降りた。
緩やかに降下して地上に降り立ち、姫達の体を離して、俺は変身を解いて人間の姿に戻る。人々の目が少し気になったが、変身を見られてしまった以上は今更だと思った。
空を振り仰ぐと、円盤は一際
渦が閉じ、空が元に戻るのと時を同じくして、兵士達の合間を縫ってパルフィが駆けてくる。
「姫様、ご無事ですかっ!」
俺の前で見せなかった涙を散らして、騎士娘はシルヴィアと抱き合って再会を喜んでいた。
二人に温かな目を向けつつ、そばにやって来たローリエが俺を見上げて言う。
「敵が言っていたね、君はこの世界の何なのかと。ボクにはその答えがわかる」
えっ、と緑色の目を見返したとき、彼女は振り向いて、騎士達に囲まれているアウラに呼びかけた。
「ねえ、アウラ姫。姫もそうだろう」
「……なに、あなたいつも言ってるじゃない。神とか救世主なんて言葉は、軽々しく口にするものじゃないって」
俺がぱちりと目を
自身の胸の前に手を当て、気恥ずかしさを気品で隠すような口調で、金髪の姫は言う。
「……ありがとう。この国と私達の命を救ってくれたこと、
王太子代行として……か。
あくまで立場が言わせたもの、という体裁を保ったその言葉が、今の彼女の全力なのかもしれない。
「どういたしまして」
いつか彼女自身の等身大の言葉として聞ける日も来るんだろうか、と思いつつ、俺は微かに笑って答えた。
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