第13話 対決の時

 兵士達の撃ち出す捕縛魔法を虚空の渦へと受け流し、勝ち誇るように両腕を広げる異形の異界人。蟹か何かを思わせる頭部から、僅かに突き出した丸い目が不気味に青白く光っている。

 俺やローリエ、パルフィ達をぎろりと見回し、ミェーチと名乗る異界人は、空気を直接震わせるような声で言った。


「諸君の文明レベルでは私に傷一つ付けられない。この世界で脅威だったのは守護巨獣のドラゴンくらいだよ。もっとも、巨獣兵器と刺し違えて消滅する程度では、それも買い被りだったようだが」


 その一言でピンと来た。このタイミングでコイツがこの世界に姿を現した訳が。


「移住の申し出なんか、ただの建前で……最初から、ドラゴンが消えたのを見計らって侵略に来たんだろ!」

「察しが良いな、さすがは転移仲間だ。もっとも、我々の世界が滅びかけていること自体は事実だがね。だから開拓せねばならないのだ。可能な限り快適な移住先を、可能な限り速やかに」


 何が平和を愛する一派だ、と俺は先程のヤツの言葉を思い出して拳を握り締める。

 特撮番組でも、そんな動機で地球に攻めてくる悪の宇宙人がよくいるけど……。自分達の世界が滅びそうだからって、他の世界を力で侵略しようだなんて、そんな勝手が許されるはずがない。

 そんな俺の怒りと対照的に、異界人ミェーチはどこまでも冷ややかな口調で続けた。


「同じ人型の知的生物でも、この世界の人間は我々と比べて遥かに脆弱で原始的だ。だから移住先として目をつけていたのだよ」

「まさか、巨獣兵器もお前達が!?」

「いや、あれはどこか別の異界人の尖兵だろう。我々の前に誰かがバース・ホールを開いてくれていたからね」


 その言葉は嘘には聞こえなかった。つまり、他の侵略者が狙っていた世界を横取りしに来たわけか……!


「だが、先客が居ようと問題ない。あの程度の巨獣兵器なら、我々の技術で容易くぎょすることが可能だ。唯一手を焼きそうだったドラゴンが先に片付いてくれたのは有難い。侵略は効率的に――それが我々のモットーでね」


 罪悪感のかけらも感じさせないその台詞に、俺の隣でローリエもぐっと唇を噛みしめる。パルフィも剣を握ったまま、戦慄を隠せない表情で敵に視線を釘付けにされていた。

 一方、現地の人間にはもはや興味はないとばかりに、敵はもっぱら俺に向かって話を続けてくる。


「異界人同士のよしみだ。我々の侵略に手を出さないなら、君の命まで取りはしない。君があの王女達に惚れ込んでいたのなら、これから辛い光景を目の当たりにすることにはなるだろうがね」

「お前っ……!」


 俺が思わず右腕のブレスレットに力を込めるのと時を同じくして、傍らでパルフィが剣を震わせ、あぁっと叫んで敵に駆け出そうとする。俺は咄嗟にその腕を引き掴んだ。


「止めないでください、姫様達を助けないと!」

「君が行ってもやられるだけだ! 無駄死にであの子達が喜ぶのか!?」


 今にも俺の手を振り払いそうだった騎士娘が、くっ、と悔しそうに顔をうつむける。


「そう、さすがに君は賢明だ。身の程を知らない未開人と違ってね」


 愉悦に満ちた敵の言葉。俺がパルフィの肩越しにヤツを睨みつけたとき、彼女の戦意を引き継ぐように、ローリエが静かに敵を見据えて言った。


「勝ち誇るにはまだ早いんじゃないかな。あなたは知らない。この世界が、今も龍の巨人の庇護下にあることを」

「せめてもの強がりか。だが、現実は残酷だよ」


 青銅色の外殻に覆われた片手を敵がすっとひるがえすと、先程と同じ光のスクリーンがその前に展開した。この国の全域を現しているらしい地形図が三次元の映像で浮かび上がり、青白い光の波がその上を舐めるように行き来している。


「ドラゴンが変異したらしき巨人のエネルギー反応は、我々の魔力レーダーでも捕捉していた。牛型の巨獣兵器と刺し違え、巨人の反応は一度途絶えたはずだ。どこかに潜伏していたのか、クジラ型巨獣兵器との戦いで再度出現したようだが、その時を最後に一切の反応がない」


 スクリーンに浮かぶ地形図が広範囲に拡大され、大陸と周囲の海が映し出された。その上を青い光が変わらず行き来するが、何かの反応を示すような表示は現れない。


「この世界の魔法技術で、あれほどの巨体を何の痕跡もなく隠し通せるはずがない。大陸全土と周囲の海洋全てをスキャンしてもレーダーに掛からない以上、ドラゴンも巨人も既に消滅したということなのさ」


 ミェーチが言い切ったその時、建物の外にそびえ立つ流体金属の巨人が独りでに動き、先程と同じように巨大な両腕を空に向かって突き出した。ハッとして窓の外に目をやれば、空の彼方から、何かが群れをなしてこの場所を目掛けて飛んでくるのが見える。あっちは王宮の方角のはず――。


「あれは!」


 室内の兵士達も我先にと外を見上げる。援軍が来たぞ、と喜ぶ者もいたが、俺やローリエはそうではなかった。


「やめろ、命を無駄にするなっ!」


 杖を外に向け、ローリエが拡声魔法の声を空に向かって響かせる。その声が届いているのかいないのか、小型竜ドラゴネットを駆る騎士や兵士達は、それぞれに捕縛魔法や雷撃魔法を繰り出しながら果敢に敵に迫ってくるが。

 次の一瞬で、巨人の手のひらから放たれた青白い稲妻が、上空の味方のほとんどを一撃で撃ち落としていた。


「あぁっ……!」


 窓に両手を貼り付かせてローリエが嘆息する。

 上空では、僅かに残った味方が巧みに小竜を旋回させ、敵の巨人を多方面から挟み撃ちにしようとするが――


「! 危ない!」


 ぐおんと腕を振り、全方位に撃ち出された敵の雷撃の余波が、この建物をも無造作に直撃した。

 無意識に近い勢いで、俺は右腕を頭上に向かって突き出していた。ブレスレットの宝玉がかっと熱い閃光を放ち、瞬時に展開した巨大な光のバリアが室内の全員を包み込む。

 光の半球に阻まれて瓦礫がバラバラと周りに落ちる中、いつの間にか悠然と浮遊していたミェーチが、バリアの外から俺達を見下ろして「おや」と意外そうな声を出した。


「障壁魔法が使えるとは。君は科学側の世界の出身と思っていたが」


 その一言を発したきり、敵はそれ以上の興味もなさそうに空中できびすを返し、流体金属の巨人の肩あたりまで浮かび上がった。

 残った数騎の小竜を巨人が撃ち落とすのを見届け、異界人は俺達に最後の一瞥いちべつをくれる。


「こちらは力ずくで行こう。諸君も力ずくで止めてみたまえ。守護のドラゴンを失ったこの世界では、無理だと思うがね」


 そして、ずしんという地響きを立てて、敵の巨人が王宮の方角へ向かって歩み始める。

 光のバリアを解除し、真紅に輝くブレスレットの宝玉に目を落としたとき、パルフィが横から「ヒナリ様」と震える声で俺を呼んできた。


「お願いします。もう、あなたしか姫様達を救えない」


 涙をこぼすまいと耐えながら、畏怖と僅かな希望の入り混じった目で俺を見てくる少女の表情。俺はその肩に手を添え、しっかりと頷きを返した。


「任せろ。俺が絶対、二人を助け出す」


 決意を込めて敵の背中を見上げたとき、耳ざとくその言葉を聞きつけて、ミェーチが巨人の肩の上から「ほう?」と振り返ってきた。


「君に何ができる? 我々に対抗しうる武力をその身に携えているとでも言うのか?」


 パルフィとローリエ、そして兵士達の前に歩み出て、俺は邪悪な侵略者を睨み上げる。


「調べが足りないな、異界人。この世界のドラゴンは滅びてない。俺の中にいる!」


 ブレスレットを勢いよく天に突き出すと、宝玉が俺の意志を受けて一際赤く輝いた。

 熱き血潮が光の炎と化して溢れ出し、たちまち俺の全身を包み込む。


「何っ!? エネルギー量が跳ね上がっていく……これは一体……!」


 敵が驚愕に丸い目を見張る。すかさず巨人が振り向いて撃ち出してくる雷撃を、ブレスの宝玉から展開する光のバリアが上空へと受け流した。


龍陣りゅうじん!」


 叫びと共に解き放たれる巨龍のオーラが天地を真紅に染め、俺の体は一瞬にして龍の巨人へと成り変わる。

 瓦礫と化した建物と、味方の人波を遥かに見下ろし――


「まさか、高次元空間に巨人の体を隠していたのか!? 我々にも持ち得ない技術が、こんな未開世界にあるはずが……!」


 戦慄おののく敵の言葉を聴覚の片隅に聴きながら、背中に炎の翼を現出させ、俺は鋭く地を蹴って空に舞った。

 龍の力を宿した光の翼が羽ばたき、この巨体を刹那の内に雲の上まで押し上げる。敵の巨人がすかさず反応し、雷撃を撃ち出してきたが、上空で反転した俺の腕の一振りが、バリアを展開するまでもなくその稲妻を弾き返した。


「なっ……!」


 驚く敵の姿を眼下に捉え、俺は燃え盛る炎の翼を体の前面に回り込ませる。次の瞬間、敵の巨人が再び放ってくる青白い稲妻を、俺の翼が真正面から受け止めた。

 ローリエや敵の魔学講義を少しばかり聞かされたことで、魔法というものの仕組みが俺にも僅かながら掴めてきた。魔力を変換して様々な攻撃に変えているのなら、逆に敵の魔法攻撃を吸収してエネルギーにすることもできるはず……!


「あれは――敵の雷撃をエレメント変換して己の力にしている!?」


 超強化された聴力が捉える魔学博士の呟きが、その思いつきが正しいことを証明していた。

 翼一杯にパリパリとぜる火花が、この巨体にさらなる力を与えるのがわかる。俺は翼を広げて右腕を振りかぶり、地上の巨人に狙いを定めて、一気に拳を突き出した。

 龍の頭部を模した巨大な炎が空を駆け、地上の敵へと炸裂する。瞬時に人の形を失って融解した流体金属の巨体が、一秒と置かず、今度は蛇か何かの形に変わって上空に首を伸ばそうとしてくるが。


(燃え尽きろ……!)


 右腕に更に力を込め、俺は火炎を放ち続ける。煌々こうこうと輝く宝玉から発せられる真紅の炎が、龍の咆哮のような唸りを上げて敵を飲み込み、その巨大な質量を跡形もなく蒸発させた。

 いち早く炎の波から逃れていたミェーチが、地上に舞い降る僅かな灰を見やり、「素晴らしい……!」と絞り出すような声を発する。


「ならば、こちらも全力をもってお相手しよう」


 彼が告げるやいなや、円盤から伸びた青銅色の光がその全身を包み、異形の異界人は見る見る内に俺と並ぶ巨体へと変貌を遂げていた。


「円盤から送られた魔力を質量に変換したのか……!?」


 ローリエの声を意識の片隅に捉えながら、俺は拳を握り直して闘志をたぎらせる。

 細かい理屈は何でもいい。全力でコイツを倒し、この世界を守るだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る