第12話 侵略者の本性

 ミェーチと名乗った円盤の主は、おとなしく王国防衛隊の馬車に乗せられ、郊外に位置する詰所へと通された。

 高い外壁に囲まれた敷地の一角、普段は部隊の休憩所として使われているという木造の建物。大勢の兵士達が物々しく取り囲む中、男は長テーブルを挟んで、アウラとシルヴィアの両姫君と向き合っている。

 俺はパルフィやローリエと共に、姫達の席の後方に立ち、男の様子を観察していた。

 今のところ、彼が敵意を見せる素振りはなかったが、その口元に浮かぶ穏やかな笑みは、友好的というよりむしろ慇懃無礼な印象を抱かせる。皆もそう思っているからこそ、警戒の空気を緩めないのだろう。


「熱烈歓迎……という訳ではなさそうですね」


 笑顔を貼り付けたまま、男は口火を切った。対するアウラも柔らかな声で答える。


「あなたが我が国にとって有害な存在でないとわかれば、賓客ひんきゃくとして歓待するわよ」


 すると、男は不自然なほど透き通った青い目を俺のほうに向け、意外な返しを口にした。


「そちらの異界人さんのようにですか?」

「っ……!」


 室内の兵士達の空気が、一瞬ざわっと波打った。

 俺自身も心臓を鷲掴みにされたような衝撃に凍りつく。この外見からは、せいぜいこの国の人達と違う人種、ということしか分からないだろうに……。


「な、なんで……」

「一目瞭然ですよ。あなただけ循環魔素の量子振動数が違いますから」


 何でもないことのように男は言って、ビジネスマンの気取ったプレゼンのように、手首をくいっとひるがえして手のひらを上に向ける。その瞬間、その指にはめられた指輪から、青銅色の光のスクリーンが男の手の上に浮かび上がった。

 そこには、何かの映像で見た遺伝子の螺旋モデルのようなビジョンがいくつも映し出されている。室内の全員と対応しているんだろうか、一つだけ微妙に違った発光のパターンを示しているのが俺のぶんということらしい。

 誰もが呆気にとられて言葉を発せない中、かろうじてローリエが小さく俺の袖を引いてきた。


「あれが君の言っていたカガクとかいうやつかい」

「いや、あんなのは俺の世界にも……」


 再び手のひらを伏せてスクリーンを打ち消し、得意げな笑みを浮かべている男に、俺は思わず問いかける。


「じゃあ、あんたも天国テレビの女神か何かに言われて?」

「テンゴクテレビ? 何ですか、それは」


 本気で心当たりがないという様子で、男はわざとらしく首を傾げた。

 それから、改めてアウラ達に目を向け、彼は語る。


「我々の世界は、度重なる戦乱と環境破壊によって既に滅びかけています。その中でも平和を愛する私達の一派は、最後の手段として世界間航行技術の開発に漕ぎ着け、異世界への脱出を試みたのです」

「それで、この世界に偶然辿り着いたっていうの?」


 アウラに問い返され、彼は「ええ」と首肯した。


「バース・トラベルで辿り着いた先がこの世界だったのは僥倖ぎょうこうでした。在りし日の我々の世界を思わせる、美しい空と豊かな自然が残るこの世界。どうかここを我々の第二の故郷とさせてください。そちらの彼を住まわせているのなら、どうか我々にも慈悲を」


 どこまでもわざとらしい仕草で、男は軽く両腕を広げてみせ、再び俺にも視線を振ってくる。なんだか勝手にダシに使われたようで、むっとなる気持ちは否めなかった。


「ヒナリ様は――」


 と、シルヴィアが何か言いかけたのを手で制して、アウラは落ち着きを保った声色で言う。


「巨獣兵器への対抗手段というのは?」

「ご覧に入れましょう」


 にこやかな作り笑いとともに、男は窓の外をすっと手で示す。見れば、大広場の上空に静止していたはずの円盤が、音もなく飛来し、この詰所の敷地に影を落とすところだった。


「! いつの間に……!」


 室内の兵士達が一斉にざわめき立って男を警戒する中、アウラが静かに立ち上がって外を仰ぐ。続いて立ち上がるシルヴィアと、彼女達を守るように男との間に歩み出るパルフィ。俺もローリエと並んで巨大な円盤の姿を見上げた。

 その底面から青銅色の光が地上に伸びる。先程この男が降りてきた時より遥かに広がった光の中を、ゆっくりと流れ落ちてくるのは、銅を溶かしたような色をした液状の何かだった。


「流体金属に魔力信号を組み込んだ遠隔操縦型汎用兵器『グマノイドー』です。エレメント結合の組成を組み替えることで、いかなる形にでも変異できます」


 男の言葉に呼応するように、銅色の光沢を放つ液体がその場に積み上がって、巨大な人型のシルエットを形作っていく。建物を遥かに見下ろす姿でそびえ立ったのは、甲冑を纏った騎士のような形をした、物言わぬ巨人だった。


「あれは……!?」


 突然の光景に誰もが息を呑む中、アウラが意見を求めるようにローリエに視線を向けてくる。食い入るように窓の外を見上げていた魔学博士は、ハッと正気に戻ったように第一王女に振り返った。


「ゴーレムの延長……と言うにはあまりに高度な構造物だ。ボク達の魔学技術では、あれほどの巨体をエレメント崩壊させず自立させることすら難しい。まして、兵器と言うからには戦えるんだろう?」


 彼女の言葉の後半は男に向けられていた。男が微笑を浮かべて「もちろん」と答えた直後、流体金属の巨人はその場で巨大なきびすを返し、俺達の建物に背を向ける形になって、空に向かって両腕を高く突き出す。

 次の瞬間、バリバリという轟音が耳をつんざいたかと思うと、巨人の両手の先に青白い稲妻が集まり、閃光とともに一条の雷撃が天上の雲を撃ち抜いていた。きゃっ、と声を上げてシルヴィアが傍らのパルフィに抱きつく。


「バカな! あれほどのいかずちエレメントに変換できる魔力量をどこから!?」


 俺達の誰より魔学に詳しいはずのボクっ娘が、窓に両手を貼り付かせて声を上げた。


「円盤本体のアルケミック・リアクターで生み出した魔力を光波に変換して照射伝送しているだけですが、あなた方には説明しても理解が及ばないでしょう。しかし、我々の技術の前には巨獣兵器など取るに足らないということは、これでご理解頂けたかと」

「……」


 無言で唇を噛むローリエの表情は、未知の技術への興味を通り越して、悔しさとも畏怖ともつかない何かに青ざめているように見えた。

 俺は思わず、彼女の小柄な肩に手を添えようとして……シルヴィアの視線に気付いて思いとどまった。銀髪の姫は、騎士娘の細い腕の向こうから、すがるような目をじっと俺に向けている。

 これほどの技術を持つ異界人が敵に回ったら……。俺はあの巨人を倒せるだろうか、と思ったとき、アウラがやや強張った声で男に問うた。


「あなたの仲間は、何人くらい居るの」

「円盤内に圧縮冷凍で眠っている同胞が、およそ三億人ほど」

「三億……!?」


 またしても室内の空気がざわっと張り詰める。この世界の人口を知らない俺にも、それがあまりにも多すぎる数字であることは皆の反応から察せられた。


「……残念だけれど、我が国の国土には、それほどの異邦人を住まわせる余裕はないわ」


 アウラが言うと、その言葉を待っていたとばかりに男は続けた。


「何も、この国だけとは言いません。隣国と戦争中なのでしょう。巨獣兵器に対する防衛だけでなく、領地の積極的拡大をも我々が請け負うとしたらどうですか」

「どう、って……」

「我々の円盤ひとつで、大陸全土の軍事力を無力化するのに三日と掛かりません。降伏させた国々の統治権はあなた方に委ねましょう。我が同胞達の平和的安住を約束してくれればね。共存共栄ということでいかがですか」


 あまりの提案に絶句するアウラをよそに、シルヴィアが黄色い声を張りあげた。


「そんな、とんでもない話です! 他国への侵略なんて、わたくし達が望むはずありません!」

「落ち着きなさい、シルヴィー」


 妹をそっと視線でなだめて、アウラは小さく呼吸を整え、異界人に向き直る。

 

「とはいえ、私も彼女と同意見だわ。異界人と手を組んで他国を屈服させた上での繁栄なんて、民が望むはずもない。私達の父上である国王陛下もそう仰るでしょう」

「国民に信を問わないのですか? 市民や兵士の多くは、他国の脅威に脅かされなくなるなら何でもいいと思っているかもしれませんよ」


 男の問いに、第一王女は怪訝けげんそうな目をして首を捻るだけだった。発言の意味は理解できるが、なぜそんなことをする必要があるのか分からない――とでも言いたげな顔だ。


「私の言葉は国家の言葉よ。どうやら条件は折り合わないようね」

「ええ……残念です。


 その言葉を最後に、男の顔からは胡散臭い作り笑いがかき消えた。

 青い瞳を比喩でなくギラリと光らせ、例の指輪をした手のひらをアウラに向けてくる男。刹那、アウラは胸元から杖を取り出して男に向けかけたが、


「――ッ!」


 瞬きより早く、男の手から音もなくほとばしった青銅色の光が、円柱形の光のスクリーンと化して彼女の全身をぴったりと取り囲んでいた。


「お姉様っ!」


 一秒と置かずシルヴィアが杖を構え、パルフィが剣を抜いて駆け出し、二人の後ろからローリエが緑色の光の鎖を男めがけて放つが――

 ローリエの捕縛魔法は男に届く前に虚空にかき消え、続けてパルフィの剣閃もくうを切った。男の姿がその場から消えたことを脳が認識したその時には、男は部屋の反対側に立ち、涼しい目を俺達に向けていた。


「そんな原始的な武器や魔法技術では、私に指一本触れられませんねえ」


 姫を守って躍り出るパルフィや兵士達をすり抜けて、再び放たれた青銅色の光が今度はシルヴィアの体を捉える。姉と並んで光の円柱に閉じ込められ、姫君は声にならない叫びを上げた。

 アウラの口元が「シルヴィー!」と動く。彼女が内側から放った雷撃の魔法は、光のスクリーンに吸収され、外には届かなかった。


「二人を放せっ!」


 ローリエが杖を両手で構え、緑色の炎を男めがけて放った。燃え盛る竜巻と化して一直線に敵へと殺到するその炎は、しかし、やはり男の直前で渦に飲まれたように消えてしまう。


「無駄ですよ。空間歪曲の技術も持たないあなた方が、私の行動に干渉することは不可能です」


 男は勿体ぶる様子もなく、指輪をした手のひらを軽く顔の前でひるがえした。すると、アウラとシルヴィアを閉じ込めた光の円柱が、彼女達もろともに俺達の前から消え失せる。


「っ!? 二人をどうした!?」


 俺が叫ぶと、男は表情を変えないまま答えた。


「円盤に転送しただけですよ。そう簡単に殺しはしませんのでご安心を。彼女達には交渉材料になってもらわねばならないのだから」

「はじめから、姫様達の身柄を狙っていたのですね……!」


 剣先をカタカタと震わせ、パルフィが張り詰めた表情で言う。男は「姫様」とその言葉を繰り返し、そして続けた。


「生まれによる身分差を統治の基盤とする……未開世界に特有の社会形態だ。ただ一人の人間の命が、時として数万人の命よりも大事にされる世界では、その要さえ押さえてしまえば交渉を進めやすい」


 そして、俺達の眼前で男の姿が変わっていく。この世界の人間そっくりに擬態した姿から、にぶく光る青銅色の外殻を纏った、水棲の甲殻類か何かを連想させる異形の怪人の姿に。

 誰もが戦慄に息を呑む中、男は、どこから出しているかも分からない声を俺達に向かって響かせた。


「改めて諸君に告ぐ。王女達の命が惜しければ、国土を明け渡し我々に隷属することだ。もっとも、諸君が素直に従わずとも、この世界が辿る運命は変わらないがね」

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