第11話 異界人との接触
王都の上空に静止する巨大な円盤の姿は、現場を目指して疾走する馬車の窓からもよく見えた。
俺の世界で言う百メートル以上はあるだろうか。不気味な青銅色の光を纏った薄型の円盤が、石やレンガ造りの町並みの上に影を落としている。
「大広場の上空あたりですね。あえて民の目が集まる場所に現れたんでしょう」
少し手狭な四人乗りの車室から空を仰ぎ、パルフィがピンと張った糸のような口調で言う。その隣では、白いドレス風の衣装のままのシルヴィアが、膝の上に揃えた両手をきゅっと握り締めていた。
「こんな時にヒナリ様が居てくれてよかった……」
青い瞳で俺を見つめ、お姫様がぽつりと漏らした一言。いつもの熱心な求愛ぶりより、よほど本気に聞こえるその言葉に、俺がドキっとしかけたとき、
「どうかな。むしろ、円盤はヒナリの来訪に呼応して現れたのかもしれないよ」
車室に乗り合わせる最後の一人、ローリエが、俺の横で窓の外をじっと見上げながら言った。
「えっ。でも、俺が来る前から円盤は目撃されてたんじゃ?」
「その円盤とあの円盤が同じとも限らないし、敵は君の世界間転移の兆候を察知してこの世界に先回りしていたのかもしれない。まあ、あの円盤が敵ではなく平和の使者という可能性もないわけじゃないが――」
小さな指を顔の前に立てて、彼女は続ける。
「魔学者のカンとして一つ言えるのはね。巨獣兵器の侵攻と円盤の出現、そして君という英雄の来訪は、互いに無関係の出来事じゃないってことさ。ともすれば、それはこの世界が滅びに向かう予兆なのかも」
さらっと発せられた物騒な単語に、俺は身震いする。
巨獣兵器に荒らされる世界に俺が送り込まれたのは、例の女神の差し金だけど……。この世界を巡って起きていることの裏には、思ったより深い何者かの陰謀があるのかもしれない。
「ヒナリ様……」
不安そうな目でシルヴィアが俺を見つめてくる。俺は無意識の内に、ブレスレットの巻かれた右手を胸の前で握っていた。
「……敵が何だろうと、俺は俺にできる限りのことをするから」
絶対にこの世界を守る、とまで言い切る自信はないけど。
それでも、お姫様は安心したように「はいっ」と頷いた。
***
俺達の馬車が広場に到着した時には、既に早馬で駆けつけていたらしいアウラが、兵士達に市民の避難誘導や応戦準備の指示を飛ばしているところだった。
訓練場に
「お姉様、ただいま参りましたっ」
たたっとアウラの前に駆け寄っていくシルヴィア。パルフィもそれに続く。彼女達の肩越しにアウラがチラリとこちらを見てくるので、俺は軽く目礼で応じた。
兵士達が忙しなく周囲を行き来する中、ローリエは俺の傍らに残り、ショーウインドウの向こうのオモチャを見る子供のような目で、上空の円盤を凝視している。
「あの円盤、
ふいに話を振られ、俺に分かるわけないじゃんと思いながらも、俺は特撮番組の知識を記憶から引っ張り出す。
「重力を操作してるとか? ホラ、反重力とかってやつ」
「重力を操作? 君の世界にはそんな技術があるのかい」
「いや、俺の世界にはないけど……。よく作り話の中にそういうのが出てくるんだよ」
「ふむ。例の牛や君が空を飛べるのは、翼による魔力-揚力変換の延長線上として分からないでもないが……。重力を操作なんて話が出てきたら、この世界の魔学理論じゃお手上げだね」
そんなことを言いながらも、ボクっ娘博士の緑色の目は、まだ見ぬ技術を目の当たりにするワクワク感に満ちて見えた。
さっきは滅びの予兆なんて言っておいて……と俺が苦笑いしたとき、
「あっ、光が!」
兵士の声につられて見れば、青銅色の光に包まれた円盤の下部から、さらに明るい光が地上に向かって伸びてくるところだった。
周囲がざわめき見上げる中、その光の中を、一つの人影がゆっくりと音もなく降下してくる。この世界の人達と同じ欧米人のような外見に、俺が着ているのと似た貴族風の装束を纏った若い男だった。
兵士達が一斉に槍や魔法の杖を構えて警戒する。広場の周囲にごった返している野次馬の市民達も、円盤や男を指差して口々に何か言い合っていた。
「はじめまして、この世界の皆さん」
やがて十メートルほどの高さに静止したその男は、緩やかに両腕を広げ、眼下の一同に向かって声を響かせてきた。
「私は『ミェーチ』。こことは異なる世界から参りました。我々は争いを望みません。我々の望みは、帰る世界を失った我々の同胞を、この世界の片隅に住まわせてくれることです」
傍らでローリエが「我々?」と呟く。あの円盤の中に仲間が控えているんだろうか。
「無論、無償でとは申しません。我々からの対価として、この国を脅かす巨獣兵器への対抗手段を提供しましょう」
その言葉を聞いて、野次馬達のざわめきが一際大きくなる。
兵士達にも緊張が走る中、アウラが一同の最前に悠然と歩み出て、上空の男をまっすぐ見上げて言った。
「
すると、ミェーチと名乗った男はニコリと笑って。
「第一王女殿下じきじきのお出ましとは光栄です。第二王女のシルヴィア様もお揃いとは嬉しいですね」
「……!」
うやうやしさを装ったその一言で、周囲の空気が一段と張り詰めた。
「アイツ、なんで二人のことを……!」
「姫達の名前なんて国中の皆が知ってるさ。だけど、只者じゃないことに違いはないね」
俺とローリエが小声でやりとりを交わした、ちょうどその時、男は上空から一同を見回し、俺達にも目を向けてきた。
こちらを見透かしてくるような青い瞳。見かけ上はこの世界の人達と変わらないはずなのに、どこか作り物のような空気を本能で感じる。皆もそう思っているのか、それとも龍の力を持った俺だから分かるのか……。
「どうぞ、円盤の中へ。お付きの皆様もどうぞ」
男は貼り付けたような笑みとともに言ったが、アウラは「いいえ」と即答した。
「あいにくだけど、十分に素性も知れない相手の懐に飛び込むほど、私達は純真無垢ではないわ」
知り合ったばかりの俺の寝床に忍び込んできた妹ちゃんにも言ってやってよ、なんて冗談を差し挟める余地はもちろんなかった。
「町外れに王国防衛隊の詰所があるから、そこへ同行願えるかしら」
「なるほど、警戒はごもっともです。では、仰せのままに」
男は素直に頷いて、光の中を静かに降下し、石畳の地面に降り立った。
兵士達が素早く彼の周囲を取り囲み、アウラ達から遠ざける。俺も同行を申し出ないと、と思ったとき、意外にも第一王女は赤い瞳を俺に向け、そっと手招きしてきた。
ローリエと一緒に駆け寄ってみると、アウラは俺に向かって小声で告げてくる。
「この有事に際して、あなたがこの世界に居合わせたのも何かの導きだわ。不本意だけれど、いざという時は頼むわよ」
「は、はい」
どこかまだ歯切れの悪い、それでも本心から絞り出したような彼女の言葉。
それきり俺から顔を背けてしまった姉の隣で、シルヴィアが「まあっ」と嬉しそうに胸の前で手を合わせている。
「お姉様もようやくヒナリ様の価値を認めてくださったのね」
「誤解しないで。私達の力で
そんな彼女達に連れられて出発の準備をする中、ローリエがそっと囁いてきた。
「頼んだよ、ヒナリ。さっきボクが言ったことを」
「……」
アウラ姫には彼女より強い者の支えが必要――か。
金銀両取りという女神のふざけた言葉も一緒に思い出し、俺は黙って頷いた。
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