第10話 円盤、来襲

「……それってさ」


 綺麗な緑色をしたボクっ娘博士の瞳が、もう少しこの話に付き合ってくれと言っているようで。

 俺は、ようやく先程の冗談から落ち着きを取り戻しつつあるシルヴィア達に軽く目を配ってから、ローリエに向かって少し上体を乗り出し尋ねた。


「なんで子供の体になったかって、聞いてもいいやつ?」

「なった、という表現は正確じゃないね。この体は十歳から成長していないんだ」


 幼い口元に浮かぶ穏やかな笑み。どうしてそんなことに、と問う前に、彼女は言葉を続けていた。


「七年前、魔学の永遠のテーマである『不老不死』に取り組もうとして、孤児院から拾ってきた養女を実験台にした、イカレた魔学者がいた。もちろん、人間が不死になどなれるはずがない。だが、成長途上にある肉体の加齢を強制的に止めれば、少なくとも老化の定めからは解き放たれるんじゃないかとね」


 淡々と語られるその言葉に、俺はごくりと息を呑む。


「不老化実験は一定の成功を見たものの、倫理を逸脱した研究を糾弾され、くだんの魔学者には国外追放の処分が下された。その実験台の子供というのがボクだ。王宮の者は皆知っている話さ。知能の覚醒まで止められなかったのは不幸中の幸いだったよ」


 重たい過去をから元気で吹き飛ばすように、彼女は俺に向かってぱちりと片目を閉じてみせた。

 何と言っていいのかわからず、「それは……」と俺は口ごもる。シルヴィア達もいたたまれないという顔をして沈黙を保っているだけだった。

 何秒かの逡巡を経て、俺が「大変だったね」という無難な言葉を喉の奥から引っ張り出すと、ローリエはそれを待っていたかのように、


「それを言うなら君のほうが辛いんじゃないのかい、ヒナリ」


 と、俺の目をじっと見て問い返してきた。


「え?」

「世界間転移が魔学的にどういう現象かは、ボクも十分に理解してはいないけど……どうあれ君は、突然知らない世界に飛ばされ、人ならざる巨人への変身能力までも得てしまった。心細くはないのかい? 元の世界に帰りたくはないのか?」


 そう言われて初めて、今までそんなことを考える余裕もなかった自分に気付かされた。

 とはいえ、あのまま生きていても、ブラック企業で使い潰されて人生んでた感じだし。正直、元の人生に未練があるかと言われると……。


「ダメですよ、帰るなんて」


 横からシルヴィアがぽつりと口を挟んでくる。ハラハラした顔のお姫様の隣で、パルフィもどこか緊張した目で彼女と俺を交互に見ていた。

 ふっと口元を緩ませて、俺は答える。


「まあ、俺の場合は、元々一回死んでるわけだし」


 結局、そう思って割り切るしかない気がした。

 幸い、夢の中にうるさい女神が毎度出てくるから、誰にも境遇を語れなくて孤独ってこともないし。それに……。


「こっちの世界では、この子達に引っ張り回されてばかりで、心細くなるヒマなんか今のとこなさそうだよ」


 シルヴィア達に視線を巡らせて俺が言うと、二人の顔に、ほっと弛緩したような表情が戻った。

 ローリエは満足そうにくくっと笑って、チェアの上で小さな足を組み替え言う。


「ならば君は感謝しなければならないね、彼女達に。……ボクが、居場所をくれたアウラ姫に感謝しているように」

「……」


 俺が静かに頷いた、ちょうどその時、扉の外からリィンというベルのような音が響いた。

 ん、とローリエが喉を鳴らして、扉にすいっと杖を向けると、幾何学模様が緑色に光って扉がひとりでに開かれる。


「失礼します。シルヴィア殿下はこちらですか」


 ここの研究員らしき臙脂えんじのローブ姿の男性に付き添われ、顔を見せたのは、騎士装束の若い男性だった。焦りを隠しきれない表情からは、いかにも一大事という空気が伝わってくる。

 ごめんなさいね、と俺達に一言断って、シルヴィアは騎士娘を伴って部屋を後にした。去り際の軽い会釈を見て、そういうところの振舞いはさすがにお姫様らしいな……と思っていると、二人きりになった室内でローリエがくいっと俺の袖を引いてくる。


「それで、ヒナリ。君は誰を選ぶんだい?」

「へっ?」

「シルヴィー姫はあれで意外と勉強家なところもあるし、一緒にいて楽しい相手だと思うよ。パルフィちゃんも、ひとたび心に決めれば一途に君を支えてくれるだろう」

「いっ、いやいや! そんな話、俺は全然……!」


 慌てて手を振る俺に追い打ちをかけるように、ボクっ娘はクスリと微笑んで続けた。


「よければボクもその候補の末席に加えてもらえないか。君を生涯退屈させない自信はある」

「はっ!? い、いや、そりゃまあ、退屈はしないだろうけど……!」


 思わず胸を押さえ、声を引きつらせる俺を見て、彼女は心底楽しそうにくっくっと笑っている。


「だから冗談だよ、冗談。この身に掛けられた不老化術式を解除できない限り、どのみちボクには望めない幸せさ」

「は、はぁ……。心臓に悪いからやめてよ、そういうの」

「君があまりに面白い反応を見せてくれるからさ。……まあ、それはそれとして」


 組んでいた足をすっと下ろして、ローリエは声色を落ち着かせて言った。


「神ならざる君に、あまり多くをお願いするのは酷かもしれないけど……。余裕があったら、アウラ姫のことも気にかけてあげてくれないか」

「アウラ……さんを?」


 金髪の姫君のピリついた顔を思い浮かべて、俺は小さく首をかしげる。

 つい今朝も冷ややかな目でキツいことを言われたばかりなんだけど……。女神といい、シルヴィアといい、この子といい、どうして彼女と俺が悪くない関係かのように言うんだろう。


「ボクと同い年という若さで……あぁ、今のは笑うところだけどね。彼女はこの国の旗印たらんと懸命に頑張っているよ。だけど、強大な外敵から国と民を守り続ける使命は、彼女の双肩には支えきれないほど重い。姫には救いが必要だ。彼女より強い存在による救いが」


 彼女の口調は、ここにきて最も真剣だった。


「かつては兄君の王子殿下が彼女を支えてくれていたが、巨獣兵器との戦いで消息不明となったのは聞いているだろう。国王陛下も国境の最前線から戻れそうにない。この国で今、姫より強いのは君だけだ、ヒナリ」

「……」


 肯定も否定もできず、俺は黙って彼女の目を見返していることしかできなかった。

 正直、今すぐハイとは頷けない重みがある。アウラ自身が俺に気を許しそうには見えないというのもあるけど、仮に彼女の態度がシルヴィア並みだったとしても……。

 出会ったばかりの俺が、お兄さんの代わりに支えてあげようだなんて、とても軽々しく言えることじゃない。


「まあ、ゆっくりとでも考えておいてくれたら有り難いよ。どの道、姫自身が君の前で素直になれるのは、まだ少し先のことだろうしね」

「いや……。その『少し先』が来るまでには君が大人になってるんじゃないかな……」


 俺と彼女が軽く笑いあったとき、外からリィンリィンとせわしないベルの音。

 ローリエが杖を向けて扉を開けるやいなや、シルヴィアが先程のお姫様らしさを忘れたような慌てた顔で駆け込んできた。


「ヒナリ様っ、大変です、一緒にいらしてくださいっ!」

「な、何、どうしたの」


 反射的に立ち上がった俺に、彼女は張り詰めた声で告げる。


「王都上空に……異界人の飛行円盤が……!」


 魔法の世界には不釣り合いなその言葉。

 ボクも行こう、と声を上げたローリエと競うようにして、俺は研究室を飛び出した。

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