3. 侵略者を倒せ(銅将巨兵グマノイドー、横行異界人ミェーチ 登場)

第8話 ボクっ娘魔学博士

 眠れないまま迎えた朝。窓から差し込む朝日の明るさに目を細めていると、ふいに扉をノックする音が聴こえた。


「ヒナリ様、お目覚めですか」


 騎士娘のパルフィの声だ。シルヴィアの呼び方につられたのか、それとも少しは心を開いてくれたのか、いつの間にか彼女も「ヒナリ様」呼びになっている。「様」は要らないのになあ、と思いながら、俺は「すぐ行くよ」と返事してベッドから降りた。

 俺一人には不釣り合いなほど大きな部屋。備え付けの洗面台ひとつ取っても随分と高級そうな作りだけど、社畜時代の習慣で、ついつい早さ優先でバシャバシャと顔を洗ってしまう自分の雑さが恨めしい。

 それにしても、俺の世界の工業製品の精度には及ばないとはいえ、窓ガラスや鏡もあるし、魔力で水が湧く洗面台やシャワーもある……。昨夜の入浴の時点で思ってはいたけど、科学技術のかわりに魔法が文明を支える世界ってこんな感じなのか、という妙な感慨があった。

 慣れないこの世界の服に身を包んで部屋から出ると、そこにはパルフィだけでなく、白いドレス風の衣装を纏ったシルヴィアの姿もあった。


「おはようございます、ヒナリ様。よくお眠りになれまして?」

「……それはギャグで言ってるの?」


 君のせいであれから眠れなかったんじゃん、という思いを込めて口元を引きつらせると、彼女はお得意のキョトンとした顔で首をかしげ、それから思い出したように俺の全身に視線を巡らせてくる。


「さすが、わたくしのヒナリ様。宮廷服もよくお似合いですよ」

「そうかな……」


 俺としては、こんな貴族みたいな格好、服に着られてる感じで全然しっくり来ないんだけど……。それと、「わたくしの」という枕詞には毎回律儀にツッコミを入れたほうがいいんだろうか。

 なんて思っていると、パルフィが俺に同情したような目を向け、ぼそっと言ってきた。


「姫様は少し天然なところがありますので、あまり気にされないほうがよいかと」

「あら、なによパルフィ、わたくしはいつだってマジメだわ?」

「これですよ」


 呆れた顔の騎士娘と目が合って、俺も思わず口元が緩んだ。

 彼女達について王宮の廊下を歩きながら、俺はふと尋ねてみる。


「ていうか、君はいつ寝てるの」

「姫様がお眠りになられてから少し仮眠を取りました。まあ、慣れてますので」


 それが自慢なのか自嘲なのかは知らないけど、この子も大変だな……と思う。このお姫様に付き合ってたら、いつか過労で倒れるんじゃないだろうか。


「……俺が言うのもナンだけど、ちゃんと寝ないと体壊すよ」


 すると、パルフィは不思議そうな顔で俺を見て、二度ほど目をしばたかせた。


「心配してくれるのですか? 変わった人ですね」


 どこか戸惑うような表情。喜びたくても喜び方を知らない、とでも言いたげな……。

 もしかしてこれがこの子のなんだろうか、と思いかけたところへ、シルヴィアがすいっと彼女を押しのけて。


「まあ、ズルいです。わたくしのことも心配してください」

「してるよ、色んな意味で」


 俺が苦笑して返すと、騎士娘と対照的に、お姫様は「わぁ」と無邪気に喜んでいた。



 昨夜も通された豪華な食堂に降りると、だだっ広いテーブルの上座では、既に朝食を終えたらしいアウラが優雅に紅茶か何かを飲んでいるところだった。

 お付きの人達がこちらにもうやうやしくお辞儀をしてくる中、金髪の第一王女は音もなくカップをソーサーに置いて、「おはよう」と一言挨拶してくる。


「戦い疲れてぐっすり眠っていた……という訳でもなさそうね」


 俺の顔がよっぽど寝不足に見えたのか、イヤミか心配かよく分からない言葉が飛んできた。俺は「おはようございます」と挨拶を返しつつ、苦笑いで誤魔化しておく。

 お宅の妹さんに一度起こされてから眠れなかったんだ、とは言えないよな……。と思いながら何となしにシルヴィアのほうを見ると、昨夜のお行儀悪い素行を今さら思い出したのか、一人で口元を押さえて頬を赤らめていた。

 いやいや、ここでそんな表情されると、お姉さんにあらぬ誤解を――。


「くれぐれも――」


 すっと席を立ち、アウラが赤い瞳を俺に向けてくる。


「私の目の届かないところで悪さをしないことね。あなたなんて、私の命令一つでいつでも国外追放にできるのだから」

「誓って何もしてませんよ!?」


 相変わらず、彼女の前だとビクついて声が上ずってしまう。

 誰だよ、お姉さんのほうも俺に惚れかけてるとかテキトーなこと言ってたのは。そんな空気微塵もないじゃん……。


「後のことは任せたわ、シルヴィー。私は訓練場にもるから」

「はい、お姉様」


 シルヴィアやパルフィ達に目配せし、数人のお付きとともにアウラは食堂を後にした。

 金髪をなびかせたその背中が廊下の向こうに消えるのを見届けてから、俺は傍らのシルヴィアに小声で言う。


「ホラ、心配いらないって。お姉さん、明らかに俺のこと嫌ってるじゃん」

「そんなことありませんよ。お姉様だって本心ではヒナリ様とお近付きになりたいはず……。お立場上、素直になれないだけです」


 妹ちゃんの確信めいた断言。この点に関しては、なぜかパルフィもツッコミ側に回ってくれない。


「ですけど、わたくしにとっては安心です。お姉様が手を出せずにいる内に、わたくしが夜毎よごとヒナリ様の寝室に通いつめれば……」


 自分の世界に入りきったような顔でとんでもないことを言うシルヴィア。昨夜の無防備な格好を思い出して一瞬ドキリとしてから、いやいや、と俺は間髪入れず手を振った。


「だから、君は君で距離感がおかしいんだって! お姫様がそういうのってダメなんじゃないの!?」

「王女なればこそ、国のために身を捧げるのは当たり前のことです」

「……いや、それはそうかもしれないけど、身を捧げる相手は慎重に選ぼうよって話!」


 例によって助け舟を求めるようにパルフィに視線を向けると、彼女もやっぱり疲れているのか、何度か見た「やれやれ」モードで肩をすくめるだけだった。

 どこまでも茶化しづらい表情で、シルヴィアは続ける。


「わたくしには、お姉様のような戦闘魔法の才能も、前線で兵を率いる器量もありませんから……。王家の娘として出来るのは、強き殿方と結ばれて子を産むことだけなのです」

「こっ……」


 この子、どこまで意味をわかって言ってるんだか。

 せめてコウノトリやキャベツ畑レベルの思考であってくれと、心臓を押さえながら思う俺だった。



***



 それから、柔らかなパンやら温かな卵料理やら新鮮な果物やら、元社畜の身には余るほどのちゃんとした朝食を詰め込まされた後、俺は再びシルヴィアとパルフィに連れられて王宮の建物を出た。向かう先は、同じ敷地内にある魔学研究所らしい。


「実際、ヒナリ様の正体をどこまで明かしてよいかは、慎重に考えなければならない問題です」


 綺麗に手入れされた緑の庭園を歩きながら、シルヴィアは少し真面目な口調になって言う。……いや、彼女自身は常に真面目なつもりらしいけど。


「どこまで明かしていいか……か」


 俺の世界の特撮番組だと、巨大ヒーローに変身する主人公は、同じ防衛隊の仲間にさえギリギリまで正体を隠していることが多いけど……。

 実際、龍の巨人の存在は隠しようがないとしても、その正体が俺という一人の人間で、しかも異世界から来た余所者だという事実は、あまり表沙汰にしないほうがいいのは俺にもわかる。だから、昨日のクジラの巨獣との戦いでも、事情を知っている数人の兵士しか見ていない変身時はいいとして、大勢の人の目が巨人に集中している戦闘後は、シルヴィアの掛けてくれた不可視魔法の中でコッソリ人間の姿に戻ったのだった。

 それでも、そんなことを何度も続けていたら、そのたび巨人の正体に勘付く人はいて、ウワサはあっという間に国中に広まるかもしれない。そうなれば、いずれは、この国と交戦状態にあるという敵国の耳にも……。


「それを考える上で、やはり、わたくし達はヒナリ様の――リュウジン様の力について、あまりに何も知りません。だから……魔学まがく博士はくしであるの知恵を借りるようにと、お姉様が」


 さすが魔法の世界、魔学博士と来たか。……いや、それより気になるのは、その「彼女」とやらのことを口にしたときの、シルヴィアの声のトーンの低さだった。


「……シルヴィー?」

「姫様は、これからお会い頂く方が少しばかり苦手なんですよ。それをご承知で案内役を命じられるなんて、アウラ様もお人が悪い」


 パルフィの注釈に俺が「そうなんだ」と呟くと、さすがに決まりが悪いと思ったのか、シルヴィアは「いえ……」と小さく首を横に振った。


「お姉様のご学友ですし、苦手ということはありませんけど……。でも、あの方、ちょっとコワイんですもの」


 と、彼女が控えめな調子で口にした、まさにそのとき。


「誰がコワイって?」


 から高い声が響いたかと思うと、バサバサと翼のはためきのような音に続いて、何かの影が俺達のすぐ目の前に降ってきた。


「っ!?」


 俺が咄嗟に前に出ようとした時には、既にパルフィが音もなく俺達を庇う位置に躍り出て、剣の柄に手を掛けていた。さすがは騎士娘――と目を見張った直後、「おいおい」とどこか幼い声を発して、その何者かが立ち上がる。

 臙脂えんじ色のローブを纏い、両腕に人工の翼のようなものを装着したその人影は、子供のように小柄……というか、小学生くらいの女児の背丈に他ならなかった。


「ボクだよ、ボク。ご機嫌よう、シルヴィー姫とパルフィちゃん」


 にこりと笑いかける顔も子供そのもの。俺の世界ならミディアムボブと言うんだろうか、ブラウンの髪がふわりと顔の輪郭を取り巻いている。

 ちらりと俺を見上げてくる一瞥いちべつだけが、子供離れした鋭さを放っていた。


「ふむ、君が異界人、ヒガシト=ヒナリか。ボクは魔学博士のローリエ=シュヴァル。よろしく頼むよ」


 挨拶を返すのも忘れ、俺はぱちぱちと瞬きを繰り返していた。

 このボクっ娘が魔学博士? こんな小さい子が……?


「おっと。君は今思ったね、『こんな小さい子が魔学博士?』と。先に釘を刺しておくと、ボクがこの世で最も嫌うのは子供扱いされることだ。ある事情でこんな体をしているが、これでもアウラ姫と同じ十七歳なんだよ」


 すらすらと並べられる彼女の言葉に、俺は「はあ」と生返事を返すことしかできなかった。さりげなくアウラの年齢もわかってしまったけど……十七歳なら十分子供じゃん、とは言わないでおく。


「……あの、その羽は?」


 かわりに思いついたままを口にすると、ローリエと名乗った彼女は、「あぁ」と、飽きたオモチャに向けるような目をして。


「ただの失敗作だよ。例の牛型の巨獣兵器の報告を見て、牛が飛べるなら人も飛べるかと思って試してみたけど……やはり既存の魔力回路では、空気中のエレメントのみから飛行に足る揚力ようりょくは得られないみたいだ。ヤツらがいかにこの世のことわりを超えた存在か、これだけでも分かるというものだね」


 そういえば、アウラも似たようなことを言ってたっけ。魔学の摂理に反するとか何とか……。

 そこで、子供の姿をした魔学博士は、緑色の目をきらりと輝かせて言った。


「だから君の話を聴きたいのさ、ヒガシト=ヒナリ。巨獣兵器について、そして君自身の化身たる龍の巨人について、君はどこまで知ってるんだい」

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