第7話 お添い寝しようとしただけです

「さっすが飛成ひなりさん、スミに置けないですねえ。妹ちゃんに続けてお姉さんのハートにもさっそく王手だなんてー」

「はい?」


 例によって白いもやに包まれた夢空間。天国テレビのクルーを名乗る変な女神は、今夜もニマニマとした笑みを浮かべて、将棋の駒をからちするような手付きで俺に指先を向けてくるのだった。

 あの戦いの後、アウラやシルヴィア達と事後処理を終えて王宮に戻った俺は、なし崩し的に城内に一室を与えられることになり……。入浴やら晩餐やらの諸々を経て、落ち着かないままに就寝して今に至る、というわけだったが。

 それはいいとして、女神の言ってることがどうもおかしい。シルヴィアはともかく、あのアウラのハートに王手なんて、いつ誰が?


「んん、王手なんてもんじゃないですね。アレはほとんど『めろ』ですよ。あと一手で必至ひっしですね」

「いや、将棋用語でたとえてくるのはいいんだけど、アンタ本当に見てたの?」

「もちろん見てましたよ、飛成さんとアウラ姫の、一瞬で心を通じ合わせた連携プレー。テレビ的にオイシイのは、このあとのアウラさんの表情ですねー」


 女神がすっと指差す先には、またしても巨大なスクリーンが浮かび、巨人と化した俺と巨獣との戦いの様子が映し出されていた。

 海上に展開する光の半球――アウラが張った障壁魔法のドームの中で、龍の巨人の繰り出す三日月状の光の刃が敵の巨体を寸断する。同時に障壁が消え去り、爆発を背に振り向く巨人。上空の小型竜ドラゴネットの鞍上からそれを見下ろす金髪の姫の顔は、歓喜でも安堵でもなく、悔しさを噛みしめるような苦い表情に染まっていた。


「ホラ、ここ、この表情ですよ。美少女が悔しそうな顔してるのって絶妙にそそりません?」

「アンタの性癖は知らないけど……。いや、実際、この後もずっとツンツンしてたし。絶対嫌われてる、っていうか疎まれてるよ、俺」


 敵の撃破後、シルヴィアの掛けてくれた不可視魔法のカーテンの中で、俺が人間の姿に戻ったときも。王宮に帰還し、今後の俺の処遇についてシルヴィアやパルフィ達と話していたときも。

 アウラは出撃前と同じかそれ以上のピリピリした空気を崩さず、綺麗な赤い目を鋭く細めて俺を睨んでいるばかりだった。

 その態度はまさに妹のシルヴィアと正反対、将棋で言うなら穴熊あなぐまに囲って王手のかからない形。それなのに、この女神は一体何を言ってるんだ。


「ちっちっ、飛成さんは女心がわからない人ですねー」

「そこは否定しないけど、それにしたって」

「あのタイプの子はね、嫉妬や悔しさのベクトルが、何かの切っ掛けでコロっと信愛に変わったりするものですよ。そうなったらどうします? まさに金銀りょうり、両手に花ですよ」

「いや、両取りってのは普通、片方の駒しか取れないものだから……」

「じゃ、どっちにするんです?」


 ニヤニヤと楽しそうな女神の顔。俺と姫達の関係を完全に遊びにしてやがる。

 人ひとりの人生を、いや世界一つの命運をテレビの題材にしようなんてヤツに、マトモな感覚を期待するほうが無理があるか……?


「どっちって言うか……」


 姉妹二人の顔を交互に思い浮かべる。ドラゴネットの鞍上で密着したときの、シルヴィアの体の感触と甘い匂いが思い出されて顔が熱くなった。

 そもそも俺に好意を持っているのは彼女だけだと思うけど、あの子はあの子で危なっかしいというか……。そして、もし俺が手を出そうものなら、文字通りアウラの雷が落ちかねないし……。


「まあまあ、ゆっくり悩めばいいですよ。まだお若いんですから。アウラさんもシルヴィーちゃんも、飛成さんもね」

「はぁ」


 アンタは一体何歳なんだよ、という疑問はとりあえず胸の奥にしまっておいた。

 そこで、女神はピンと指を立て、「ところでっ」と急に話題をジャンプさせる。


「今回倒した敵の名前ですけど。鯨鯢けいげい巨獣ケゲール、てなとこでどうです?」

「別にそれは何でもいいけど……。ケイゲイって何?」

「クジラのことですよ。昔の中将棋ちゅうしょうぎの駒にそういうのがあるんです」

「なんでそんなマニアックなとこから……」


 中将棋って、今の将棋よりずっと駒が多いやつだっけ。獅子ししとか鳳凰ほうおうとか派手な名前の駒が色々あったような……。


「飛成さんが飛車だの龍だのにこだわってたから、じゃあ敵もそんな感じで揃えようかなって」

「別に俺がこだわってたワケじゃないけどね?」


 とはいえ、敵の名前はともかく、王家の姉妹が将棋の金と銀を連想させる外見なのは、ちょっと出来すぎた偶然って気もする。テレビの番組にするなら分かりやすくていいのかもしれないけど……。


「騎士娘ちゃんは香車ってところですか。こうなると桂馬も欲しいところですねー」

「その前にかくが居ないじゃん」

「それはまあ、後々の展開をお楽しみにってことで」

「いや、何、後の展開って。これから起きることを知ってるんだったら今教えてくれよ」

「いえいえ、天国テレビだからって未来予知はできませんよ。ただ、今日のシルヴィーちゃんの話をよーく思い出してみれば、ある程度予想できることはあるかなーと」


 妙に含みのある言い方。俺が首を捻ったところで、女神はその思考を遮るかのように「そうそう!」と声を上げてきた。


「それより大事なことがあったんでした!」

「なに?」

「飛成さんの変身後の名前をそろそろ決めなきゃ。それが番組のタイトルになるんですから」

「リュウジン様っていうのがあの世界での呼び名じゃないの?」


 だから、それをもじって変身の掛け声も「龍陣」と付けたんだけど。


「それは現地名っていうか、俗称みたいなものでしょ? もっとこう、ヒーローっぽい固有の名前があったほうがいいですよ」

「まあ、言いたいことはわかるけど……」

「あっ、閃きました!」


 ぽんっと拳で自分の手のひらを叩いて、女神は声を弾ませる。


「そのリュウジンに、飛成さんのを付けて、龍王りゅうおう巨人きょじんヒリュウジンってのはどうです?」

「あー……」


 天国テレビとやらにしては悪くないセンスじゃん、と思ってしまったのは否めない。自分の名前が入るのはくすぐったいけど、まあ、そこは飛車の飛だと思えば……。


「まあ、いいんじゃないの」

「やったぁ! じゃあこのタイトルで放送会議に掛けますねっ」

「放送会議……」


 テレビ局の上役も変な神様ばっかりなんだろうか、と気になる俺だった。


「めでたく名前も決まったところで、飛成さん。あなたの寝床、いま大変なことになってますよ」


 ついでのように言ってくる女神の顔には、またも変な含み笑いが浮かんでいる。


「へっ? 大変なことって何!?」

「目覚めてからのー、おたのしみー」


 そのまま放り出されるかのようにもやの向こうに引き寄せられ、俺の意識はたちまち覚醒へと向かい――



***



 ――目を開けると、微かに差し込む月明かりの中、すぐ目の前にシルヴィアの顔があった。


「うおっ!? なんで!?」


 自分が上等なベッドに寝ていたことを瞬時に思い出し、がばっと飛び起きると、シルヴィアは「ひゃっ」と声を上げて身を震わせた。

 シルクのネグリジェか何かを纏った無防備な姿。心臓が口から飛び出しそうになるのを必死に押さえる俺の前で、彼女は彼女でびっくりしたような顔で胸に手を当てている。


「もう、ヒナリ様、びっくりさせないでください」

「こっちのセリフだよ!? 何この状況、何やってんの君!」


 俺が叫んだ直後、バンッと音を立てて部屋の扉が開き、昼と同じ騎士装束に身を包んだパルフィが燭台しょくだいを手に飛び込んでくる。慌てて着込んだのか、ボタンを止めずに中途半端に着崩したような姿だった。


「姫様っ!? やはりここに居ましたね!」

「きゃっ、何よ、パルフィ」

「何よ、じゃありませんよ! 一国の姫君ともあろうお方が、いくらなんでも夜這よばいなんて!」


 つかつかとベッドに歩み寄ってくる騎士娘の姿に、ひとまずホッと胸を撫で下ろす俺がいた。


「よばっ……!? わたくし、そんなことしてません! ちょっとお添い寝しようとしただけですっ」

「それを夜這いと言うんです! この方がその気になったらどうするんですかっ」

「ならないって!」


 反射的に声を上げる俺をよそに、当のお姫様は「その気とは……?」とキョトンとした顔になってから、絞り出すような声で言った。


「だって、ヒナリ様を誰にも渡したくないですもの。だから既成事実を作って宮中の皆にも認めさせようと……」

「既成事実って、この子、意味わかって言ってんの?」


 シルヴィアの肩越しに尋ねると、パルフィは「さあ?」と呆れ顔で肩をすくめた。

 まだバクバクと跳ねる胸を手で押さえつつ、俺は深く息を吐いて呼吸を整える。龍の命を宿したブレスレットの宝玉も、こんな時には力を貸してくれない……。


「あのさ、シルヴィー。心配しなくても、俺みたいな余所者にいきなり迫ってくるのなんて君くらいだって」


 彼女の青い目を見て俺は言った。なんでいきなりそんなに惚れてられてるのか、俺自身にもさっぱり分からないけど……。


「そうとも言えませんよ。お姉様だって……」

「お姉さんが何?」

「このままいけば、お姉様もヒナリ様を婿にと所望されるかもしれません。そうなったら、わたくし……」


 思いもよらないシルヴィアの言葉に、俺はひっくり返りそうになった。


「いやいやいや、そんなワケないじゃん! なに、君もあの女神と同類なの!?」

「あの女神、とは?」

「いや、こっちの話……!」

「?」


 ぱちぱちと目をしばたかせるシルヴィアを、パルフィが「そのくらいで」と言って引っ張っていく。


「姫様がお騒がせしました。では、良き眠りを」

「あぁ、うん……。君も大変だね……」


 二人が部屋を後にしてからも、結局俺は朝まで一睡もできなかった。



***


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