2. 異世界の姫たち(鯨鯢巨獣ケゲール 登場)
第3話 わたくしの婿となってください
白い
「
振り向くと、例のギリシャ・ローマ風衣装を纏った自称テレビクルーの女神が、ニマニマと変な笑みを浮かべている。
俺は元のスーツ姿に戻っていたが、右手首にはしっかり宝玉のブレスレットが付けられたままだった。
「……俺、どうなったの」
「言った通りですよ。瀕死のドラゴンと一体化して、その命を受け継ぐ龍の巨人になりました。龍の力と人の知性を併せ持つ、救いのヒーローですよ」
彼女の指差す大スクリーンには、炎の翼で夜空を舞い、巨牛の怪物と渡り合う真紅の巨人の姿。
細身ながら
あれが……俺の変身した姿なのか。
「名前はどうします? スペーシアンをもじってドラゴニアンとでも名乗っておきますか?」
「いや、それはちょっと」
ファンタジー世界に英語めいた横文字を持ち込むのは違うんじゃないか、と思ったとき、地上から俺を見上げてくる銀髪ちゃんの姿が脳裏をよぎった。
「あの世界の女の子が、俺のこと『リュウジン様』とか呼んでたんだけど」
「ふむ? 漢字に訳せば龍の人か、龍の神か……。まあ、目覚めたら色々聞いてみてくださいよ。どうもあの子、飛成さんに一目惚れしちゃったみたいですから」
「はぁ!?」
声を裏返らせる俺を見て、女神はくすくす笑っている。
いや、あの子は確かに熱い視線を俺に向けてはいたけど、それは多分、「リュウジン様」と呼ぶ巨人への信仰みたいなものであって……。中身が俺みたいな冴えない社畜だと知ったら、普通に幻滅されるやつじゃ……。
改めてスクリーンを見れば、ちょうどその巨人が右手から龍の炎を撃ち出して敵を撃破するところだった。
ヒーロー物を思わせる大爆発をバックに着地する真紅の勇姿。我ながら身震いするほどのカッコよさ。でも、正体がこれじゃなぁ……。
「ていうか、俺、自由にあの巨人になったり人間に戻ったりできるの?」
「さあ、できると思いますけど、『自由に』かどうかは?」
「さあ、って。女神なのに分かんないのかよ」
「人間だって他の生物の生態を完全に解き明かしてなんかいないじゃないですか。とりあえず、あの世界でのあなたは今、元の姿に戻って王宮のベッドで眠ってるみたいですよ」
「王宮……」
さらっと重要なネタバレを教えてくれた気がする。元の大きさに戻って倒れた俺を、あの銀髪ちゃんが兵士達に命じて王宮に運び込んでくれたのだとしたら……。
身分が高そうな気はしていたけど、やっぱりあの子、あの世界のお姫様か何かなのか。
「あ、そうだ。飛成さんが倒した敵のほうは、
ぴっと人差し指を立てて、女神は得意げな顔で言った。
「何、その安直な名前」
「特撮の怪獣っぽくていいでしょ? それじゃ、引き続き頑張ってください。変身後の名前も早いとこ決めてくださいねー」
「あぁ、うん……」
そのやりとりを最後に、俺の意識は夢の世界を離れ、まどろみの霧を通って覚醒へと向かっていった。
***
次に目を覚ますと、目の前には知らない天井、そして少女の心配そうな顔があった。例の銀髪ちゃんだ。
俺は寝台に寝かされていたらしい。傍らの椅子からこちらを覗き込んでいた彼女は、俺が
「よかった、お目覚めになられましたのね!」
白地に銀の刺繍の上品な衣装を纏った彼女が、ぱんっと胸の前で手を合わせて喜びを表現する。周囲に立ち込める薬品のような匂いに混じって、何かの花を思わせる甘い香りが鼻孔をくすぐった。
等身大で彼女と向き合うのは初めてだけど、改めて見ると恐ろしく可愛い。俺の世界だと西洋風ということになるんだろうか、整った顔立ちに青く
「わたくしは、この国の第二王女、シルヴィア=シャトランジュと申します。どうかお気軽にシルヴィーとお呼びください」
「あ、俺は……」
自分も名乗ろうと上体を起こしたとき、彼女の後ろに控えていた別の人影が、そっと歩み出てきて言った。
「姫様、そのくらいに」
騎士風の動きやすそうな服装に身を包み、腰に短い剣を吊った、同じく十代半ばほどに見える少女だ。昨夜、兵士達に混ざってお姫様を守っていた子だとすぐにピンときた。
シルヴィアと名乗ったお姫様とは対象的に、後ろで一つに結んだ茶髪が軽快な印象を抱かせる。それでいてボーイッシュな雰囲気には寄らず、女子らしい凛々しさを湛えているように見えた。
「この者の素性はまだ確認できておりません。姫様が直々にお言葉を交わされるような相手では……」
「もう、あなたはカタくってよ。素性はわからなくても、味方なのは間違いないでしょう。あの戦いの中、わたくし達を守ってくださったのですから」
騎士娘の
熱くなる顔面を手で
「あの、今更だけど、俺があの巨人になってたことって……」
声をひそめて問いかけると、彼女はふふっと笑みを見せた。
「だいじょうぶ。そのことは、あの場に居合わせた兵達とわたくし、そしてこのパルフィだけの秘密です」
パルフィと呼ばれた騎士娘は、どこか俺を警戒するような目を向けながらも、姫様の言葉に合わせて律儀に頷いた。
改めて彼女達の肩越しに見渡すと、俺がいるのはどこかの医務室らしき部屋のようだった。窓からは明るい陽光が差し込んでいる。そういえば、女神が「王宮」と言ってたか……。
扉の内側には警備の兵士らしき男性が二人立っているが、こちらの会話に口を挟む素振りもなく、槍を持って直立不動の姿勢を保っている。シルヴィアが声をひそめないところを見ると、彼らも昨夜の戦いを目撃していた兵士達だろうか。
「……あの、俺、
ひとまず礼儀と思って名乗ると、シルヴィアは「ヒナリ様……」と不慣れそうな発音で繰り返してきた。名前を知れて嬉しい、とそのキラキラした目に書いてある。
「いや、様は余計っていうか……」
「いいえ、あなたは伝説のリュウジン様ですもの。敬意を持って接するのは当然です」
「そのリュウジン様って、何?」
俺が聞くと、彼女は騎士娘と揃ってキョトンとした顔を一瞬見せてから言った。
「この大陸の伝説にあります。異界より悪魔の軍勢
「異界の英雄……」
そんな話が伝説として残ってるってことは、俺以前にもそういう存在がいたってことなのか……?
「しかし、わたくし達も実際に異界の方を目にするのは初めてです。ヒナリ様、あなたは龍なのですか、人なのですか」
引き続き真剣な面持ちで見つめられ、俺は思わず片手で胸を押さえた。
俺自身、俺がどうなったのかまだよく分かってないのに……。
「強いて言うなら、両方……?」
自信の持てないままに答えたとき、シルヴィアの水晶の瞳がきらりと輝いて見えた。
「ならば安心しました。こういうことは、善は急げと申します」
僅かに身を乗り出した彼女の白い両手が、俺の右手を包み込んでくる。
「へっ!?」
どくんと心臓が跳ねるのを感じたときには、甘い匂いとともに彼女の顔が眼前にあった。
「あなたが人でもあるのなら、わたくしの婿となってください」
「えぇ!?」
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