第2話 龍人、覚醒
炎のような熱さに包まれて、俺は意識を取り戻した。
わかるのは自分が仰向けに倒れていることだけ。目を開け、と思った瞬間、眼前に飛び込んできたのは、今まさに俺の顔面に振り下ろされようとしている巨大な何かだった。
(うおっ!?)
咄嗟に右腕を上げ、降りかかる何かをブロックする。ずしりと重たい衝撃が走ったが、不思議と腕に痛みは感じなかった。
周囲は闇夜だ。それなのに、振り下ろされた何かの正体が今はよく見える。それは巨大な
(これって、何がどうなって――)
混乱するいとまもなく、巨大な獣が俺を踏みつけようと立て続けに前足を振り下ろしてくる。
何が何だかわからないが、黙って踏み潰されるわけにもいかない。俺は突き出した右腕に左腕を添えて力を込め、敵の前足を一気に振り払った。
ブオォッ、と猛牛のような唸り声を上げて、その一動作で巨獣の
(何これ、どうなってんの!?)
果てしなく押し寄せる困惑の中、俺は地面に手をついて上体を起こしてみる。ぐおん、と大きな揺れを感じて、視界が遥か高くに持ち上がった。
闇の中で四つ足の巨獣が体勢を立て直そうとしている。このままではマズい――立ち上がろうと足に力を込めると、普段より遥かに容易く体が持ち上がった。
ろくにスポーツ経験もない俺に、こんな筋力があるはずが……。
(――来るっ!)
木々を薙ぎ倒し、土煙を巻き上げて、巨大な獣が闘牛を思わせる勢いでこちらに向かってくる。
どうすれば、と思って自分の手元に視線を落とし、俺は愕然とした。目に映るのは確かに五本の指を備えた人間の腕、なのに、その表面は真紅のウロコのような装甲に覆われ、月明かりの中で光沢を放っている。
(何だ、これ……!?)
ハッと目を上げると、巨獣の影がもうそこまで迫っていた。――あの
咄嗟に横に跳んで避けた、だけのつもりが、俺の足は想定より遥かに鋭く大地を蹴り、この体を身長の何倍もの高さまで跳ね上げさせていた。
足裏に走る着地の衝撃と同時に、巻き上がった土砂が視界を覆う。その土煙の向こう、勢い余って山に突っ込み、土砂崩れに飲まれて怒りの咆哮を上げる敵の姿が見えた。
そこで今さら気付いた。俺が今立っているのは、怪獣映画のセットのように縮小された光景の中――
いや、違う。これはどう見ても、俺のほうが大きくなっている……!?
(そうだ、さっきのあの女神が……!)
女神だかテレビクルーだか知らないが、あの金髪の女に聞かされた言葉が脳裏をよぎった。
あれが夢ではなく本当にあったことなら……。俺は、あの死にかけていたドラゴンと一体化させられて……?
「リュウジン様っ!」
ふいに後方の足元から微かな声が届いた。あの女神とも違う女の声。
見れば、俺の立つ場所から少し離れた山中で、十数人ほどの兵士らしき人影に囲まれ、一人の少女がまっすぐ俺を見上げている。米粒のようなその姿が、今の俺の視覚にははっきりと判別できた。
兵士達は西洋のファンタジーに出てくるような
一同に守られて立つ少女は、十代半ばくらいだろうか、月明かりを映したような銀の長髪と、透き通った青い眼が印象的だった。高級そうな白地の衣装に、銀色に輝く薄い鎧。背面に
俺が見下ろしていることに気付いたのか、彼女は胸の前で手を組み、真剣な表情で俺に向かって呼びかけてきた。
「この世界をお守りください、リュウジン様……!」
普通の聴覚なら聴こえるはずのない距離。直感で日本語ではないとわかる彼女の言葉を、なぜか俺は完全に理解していた。
この世界のドラゴンと一体化したから、言葉も通じるようになったのか……?
(――っと、考えてる場合じゃない!)
再び体勢を立て直した敵の巨獣が、赤い眼を血走らせて突撃してくる。
俺が避けたら、その先にはあの人達が……!
(くっ……!)
咄嗟に両腕を突き出し、俺は巨体の突進を全身で受け止めた。
覚悟していた重さと圧力に加えて、敵の
思わず後ろに目をやれば、悲痛な面持ちで俺を見上げ続ける少女と、彼女に退避を促す男達の姿。
(やられるワケには……!)
押し戻される俺の両足がじりじりと地面を削っていく。巨獣の圧力に
龍の命の脈動のように、宝玉が真紅の光を放っている。
(これか……!?)
導かれるように右拳に力を込めると、宝玉からごうっと光の炎が噴き出した。
燃え盛る赤い光が龍の爪の形を取る。右腕を振りかぶり、俺は勢いのまま巨獣の片目に斬撃を叩き込んだ。
唸り声とともに赤い鮮血が
(っ……!?)
思わず距離を取った俺の眼前で、いかにも鈍重そうに見えた敵の巨体が、ばさりと背中の翼をはためかせて宙に舞った。
前足の蹴りが眼前に迫る。寸前で回避し振り仰げば、敵はブオォッと野太い咆哮を上げ、闇夜の空へ旋回して舞い上がるところだった。
(おいおい……! 牛が飛んだらダメだろ……!)
敵を見上げ、跳躍しようと身構えた瞬間、足元から銀髪の少女の声。
「リュウジン様! 今こそお見せください、
(
彼女の言葉を脳内で繰り返した直後、かっと熱い炎が背中から噴き出すのを感じた。
光の炎が形作る龍の翼。その
刹那、
(そうか――ドラゴンだもんな!)
自分が飛べるとわかった瞬間、無限の勇気が湧いてくるような気がした。
空中で軌道を変えて向かってくる巨牛の突進を、さらに高空へと舞い上がって
右手首から再び炎の爪を出現させ、月明かりをバックに俺は急旋回する。追いすがってくる敵の頭部に狙いを定め、すれ違いざまに振り抜く爪の一撃が敵の
苦しげな咆哮を遥か後ろに聴きながら、俺は弾き飛ばした角の残骸を宙空でキャッチし、振り向きざまに敵めがけて
その先端は寸分の狂いなく敵の眉間に突き刺さり、噴き出す鮮血が巨牛の頭部を赤く染める。
(
天に向かって右手を突き上げると、翼に燃え盛る炎が次第にブレスレットの宝玉へと集束していくのがわかった。
龍の咆哮に似た風鳴りが天地を揺らす。最後の力を振り絞って突撃してくる巨獣に向かって、俺は右手を振りかぶり――
(――焼き尽くせッ!!)
思い切り突き出したその拳から、龍の頭部をかたどった炎が撃ち出され、敵の巨体を瞬時に包み込んだ。
灼熱の嵐が夜空一杯に吹き荒れ、着地した俺の背後で巨大な爆音が轟く。
敵の最期を悟ったとき、ふらりと糸が切れたように自分の体が倒れ込むのを感じた。
(限界、か……)
「リュウジン様……っ!」
少女の声を微かに捉えたのを最後に、俺の意識は再び途絶えた。
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