第2話

「……我が友よ。一つお願いがあるのだが……」


 人差し指と人差し指をツンツンさせながら恥ずかしそうに言ってきた。


 それには嫌な予感しかしない。


 彼女は昔からワガママを言うとき、必ずといっていいほどお願いしてくる。


 しかも、それが突拍子もないことが多いので、いつも振り回される。


 今回は一体どんなことだろうか。


「なんだ? 言っておくけど俺も暇じゃないからな」

「暇じゃないのにわしを探しにきたのか?」


 そこは真顔で言ってくる。


 ぐぅの音も出なかった。


 それに勝ち誇ったように笑みを見せた。


 とことんウザいと思いながらも仕方なく話を聞くことにする。


「……分かったよ。それで頼みって何だよ?」

「実は、だな。ワイバーンの腸が欲しいのじゃがな。その、なんだ、あれだ、あれ、採取用の短剣を無くしてしまったのじゃ」

「はぁ?」

「だから、なくしてしまったのだよ」

「……採取用って、その短剣を使えば良いじゃないか」


 呆れたように言うと、メイリーンは目を見開く。


「ば、バカを言え! このレアアイテムをこんなことの為に使えるわけがないではないか???」

「レアアイテムならそこらに落とすなよ!!」


 レイモンドは声を張り上げてツッコむ。


「レイモンドぉ~お願い~レイモンドの短剣でも良いから~」


 メイリーンが甘えた声で擦り寄ってくる。


「はぁ……わかったよ。俺が腸を取ればいいんだろ?」


 するとメイリーンの顔がパッと明るくなる。


 やっぱり断ればよかったかと思ったが後の祭りだ。


 レイモンドはため息をつくと、ワイバーンの死体に近づいていく。


 短剣を引き抜く前に、一度メイリーンのほうを振り返る。


 そこには、目を輝かしながら興味深々にこちらを見ている魔女の姿があった。


 彼はまた小さく溜息をついた。


「子供か」


 メイリーンに聞こえないように呟く。


 レイモンドはワイバーンの解体を始めようと短剣の刃先を腹部に突き付けた瞬間、手を止めた。


「もしかして、最初っから俺にさせるつもりだったんじゃないだろうな?」

「へっ?? さ、さあ、どうだかのう~」


 彼女は視線を外す。吹けもしないのに口笛を吹いていた。図星だったようだ。


「……ったく、しょうがない奴だな。俺が追いかけて来ることも織り込み済みなのもお気に入らねぇ……」


 レイモンドは文句を言いつつも手際よくワイバーンを解体していく。


 額に滲み出た汗を手の甲で拭い取り、後方で見ていた彼女に問う。


「それにしても随分と大きいワイバーンだな。何に使うつもりだ? まさか食べるわけじゃないだろうな?」

「美食家が旨いと言っておるそうだが、わしはもちろん違うよ」


 彼女は笑顔で言う。


「錬金術で使おうと思ってな」


 レイモンドは深いため息をつくと、仕方なく彼女の手伝いを始めた。




♦♦♦♦♦




 空には夕日が昇り始め、二人の影が伸びる。


 レイモンドは荷物を背負いながら、隣にいる魔女メイリーンを見る。彼女は手ぶらだった。


(荷物持ちまでさせやがって……)


「いやー助かったよ」

「そう思うなら少しは反省しろよ」

「ん? 何をじゃ?」

「分かってないのか……」


 また大きなため息が出る。


「お前のせいで冒険者ギルドからの依頼をキャンセルしたんだぞ」

「ああ、あれのことか」

 

 冒険者ギルドから、ヨレル街付近で出没したゴブリンの集団の討伐依頼があった。しかし、メイリーンが森に入った途端、彼女が大暴れし始めたせいで、レイモンドはゴブリンの討伐よりも彼女の回収を優先して、冒険者ギルドへ報告せずに森の中へと戻ったのだ。


「『ああ、あれか』じゃないだろ。一体、誰のせいだと思っているんだよ」

「いや、だってあんな依頼受ける必要なんてなかっただろう」

「あのなぁ……」


 レイモンドは呆れてものも言えなかった。


「もういいや。とりあえず、違約金は払ったからな」

「うむ。すまんな」

「後で返してくれ」

「任せてくれ」


 自信満々に言うメイリーンにレイモンドは不安になった。


「本当に大丈夫なのか?」

「問題ない。ちゃんと返すよ」

「……まあ、期待しないで待っておくよ」


 レイモンドは歩き出す。するとメイリーンも彼の横に並んで歩く。


「ところで我が友よ。これからどうするんだ?」

「帰るに決まっているだろ」

「それは困る」

「なに?」

「もう少しだけ付き合ってほしいところがあるのじゃ」

「まだ何か用があるのか?」


それにメイリーンはニヤリと笑みを浮かべた。




♦♦♦♦♦




 二人の姿は近くにあった村の酒場にあった。店内には酒を飲んだり食事をしている客で賑わっている。


「お待たせしました」


 奥から、店員が片手に酒の入った木製のジョッキを持ってやってきた。


「うむ」


 メイリーンは店員の持ってきたグラスを持ち上げると、目の前にいるレイモンドに乾杯した。


「では……乾杯といこうではないか!」

「なんの乾杯だよ?」


 それに白い歯を見せた。


「お主の未来に! そして我自身の輝かしい未来のために!!」

「はぁ……なんだよその乾杯は……」


 メイリーンのテンションについていけないレイモンドだったが、とりあえず自分の持っていたグラスを彼女の持っているものへと当てる。


 カチンッという音が鳴った。彼女は酒を一気に飲み干し、グラスを力強く机の上に置いた。


「ぷはあ!! 我はこの一杯のために生きているっ!!」

「お前はオッサンかよ……」

「オッサンではない! お姉さんと呼びなさい!」

「いや同い年じゃねえか。てか、飲み過ぎるなよ」

「いいじゃないかぁ~今日くらいは」


 お前は毎日飲んでるだろ、と心の中でツッコミを入れる。


 横切った店員を呼び止めて、追加の酒を注文をした。すぐに店員が酒の入ったグラスを運んできた。


「はい、お待ちどうさん」

「どうも~」


 すぐさま、二杯目の酒を飲み干すメイリーン。


その勢いの良さに、思わずレイモンドは苦笑いするしかなかった。


そんな姿を見ていたとき、唐突に質問してきた。


「なぁ、我が友よ」

「な、なんだよ? 」

「なぜ、我が傍にいつもいるのだ?」


その問いにレイモンドは視線をそらした。


護衛役になったのは彼女が幼馴染だから、という理由だけはなかった。


金がいつ手に入るかもわかからない護衛対象者にいつまでも護衛し続けることは単なるバカか、下心丸出しの変態野郎だけだろう。


それを見越した質問ではなさそうだ。


ただ単に気になったから質問してきたのだろう。


言いづらそうな雰囲気を出したが、意を決したように手に持っていたジョッキを置き、真剣な顔をして答えた。


「お前が俺の命を救ったからだ」


小さな声だった。まわりの客の声にかき消されそうになるほど小さな声だ。


しかし、メイリーンはそれをはっきりと聞き取っていた。


「ん? そうだったかな?」


小首を傾げた。覚えていない様子だ。


「たく。忘れんなよ。キメラに襲われていた時、俺を助けてくれただろ?」

「あ~あれね」

「あの時の俺は生きる希望を失っていて、死ぬ覚悟をしていたんだぜ?」

「ふーん」


 メイリーンは興味がなさげだった。


彼女の視線は、テーブルに置かれている空っぽになっているジョッキに向けられている。


それに気がついたレイモンドは店員を呼び、酒を頼んだ。


「おぉ、さすがは我が友! わかってるぅ~!」


嬉しそうな表情をするメイリーン。


運ばれてきた酒を美味しそうに飲む。


「……俺はお前に救われた。だから恩返しがしたいんだ」

「ふむ。なるほどな」


 頼んでいた食事がようやく運ばれてきた。


それにメイリーンは手をつける。


おいしそうに食べ始めた。


口の中に食べ物が残っている状態で喋り始める。


「だから我が友はいろいろしれくれる、ということか」


 納得した顔をした。


「まぁ、そういうことだ。俺を守ってくれたように、今度は俺がお前を守ってやりたい……なんてな」


 照れたような笑みを浮かべながら言うレイモンドを見て、メイリーンはニヤリと笑う。


「フッ……駆け出し冒険者が『炎の使い手』と異名を持つ我を守る? 面白い冗談を言うではないか」

「ははっ、だよな」


二人は笑い合った。


だが、その後すぐに真顔になった。


「でも、嬉しいぞ」


 その言葉に心臓がびっくりする。

 

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