自由気ままな魔女

飯塚ヒロアキ

第1話

 一人の若い冒険者がとある小さな村にやってきた。


 装備はどれも薄汚れていて、それなりに使い込まれているように見えた。


 青い髪の毛に、茶色の瞳、色白の肌を見て、すぐに北方人だろうと村人は察した。


 また、北方人がこんな村に?と疑問するも誰も声をかけようとは思わなかった。


 視線をあからさまにそらし関わりたくない、というオーラを出しながら村人は足早に去っていく。


 青年は村の中を歩きながらしきりにキョロキョロとしていた。まるで誰かを探しているようだった。

 

 そんなとき、優しそうな顔をした老婆が歩み寄ってきて、青年に声をかけた。


「誰か、探しているのかい?」


 その質問に青年は驚いたような顔をした。


「よくわかったね。おばあさん」


 その反応に、老婆は微笑みを浮かべる。青年も優しい笑みを向けた後、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


 そこには一人の黒髪女性の似顔絵が描かれている。


 とても美しくて、どこか妖艶な雰囲気に溢れていた。


 そして何より特徴的なのが、瞳だ。黒い瞳で描かれているのだ。


 その特徴に、老婆は目を細めた。


 青年と老婆の視線が交差する。


 老婆は何かを思い出そうと腕を組んで、首を傾げるが該当する人物がいないようだ。


「……んいや、このロス村では見たことがないなぁ」

「そうか……」


 若い冒険者は再び肩を落とすと、残念そうな表情を浮かべて踵を返す。


「あーっ!ちょっと待ってくれ!!」


 その声に反応して振り向くと、先ほどの老人が慌ただしく走って来た。


「もしかして、魔女メイリーンのことかい?」

「知っているのか!?」

「ああ、知ってるも何も、3日前くらいに、この村の宿に泊まっていたねぇ。いやーかなりのべっぴんさんが来たーって村が騒いでいたわよ」

「……本当か? 彼女はどこへ行ったんだ?」

「さあねぇ、詳しくは知らないけど、東の方へ向かうって言ってたのう」

「東……か」

「あんちゃんも旅をしているなら気をつけなよ。ここ最近、東の森から魔物がよく出て来るらしいからねぇ」

「分かった。ありがとう!」


 礼を言うと若い冒険者は足早にその場を去った。


 その後ろ姿に向かって大声で言う。


「気を付けていくんだよぉ~!」


 それに答えるかのように若い冒険者は右手を上げて軽く振る。そして再び歩き始めた。


(……東の森か)


 若い冒険者の心の中で不安が渦巻いていた。




 ♦♦♦♦♦





 石畳みの舗装された街道を歩くこと数時間。


 見渡す限り続く草原地帯を抜け、森に差し掛かった辺りで空を見上げる。


 太陽の位置を確認してから歩調を緩めて、森の中へと入った。


 鬱蒼とした木々の間を通り抜けると、目の前には自然ではありえない光景が広がっていた。


 木々は何かになぎ倒され、地面は大きくえぐれている。


 木の一部は炭化していて、明らかに人為的な破壊跡だ。


 何かと戦ったのか、地面がえぐり取られ、大きな足跡が残っていた。


「これは酷いな……」


 しばらく歩くとトロルが倒れていた。


 腹部には炎で焼かれたような痕があり、すでに事切れている。


 近くには巨大な棍棒が落ちていてた。


 さっきの暴れていた犯人はこのトロルだと分かる。


 若い冒険者はトロルの死体に近づくと、人差し指が切り取られていることに気がついた。


 それから、膨らんでいるポケットの中を探る。


 すると薬草と珍しい木の実が入った小袋を見つけ出した。


 トロルが持っていることは珍しく、すぐに探しているメイリーンの物だと思った。


「やっぱり、ここに来ていたんだ」


 彼女の私物を盗んだのだろう。


 その激昂に触れて、このありさまだ。


 ただ、怒った本人は回収するのを忘れているとはなんとも抜けている。


 まったく、と呆れてため息を吐く。


 メイリーンの小袋を回収したあと、さらに森の奥へと進むことにした。


 今度はワイバーンが地面に横たわり、翼の一部が折れていた。


 下草はきれいに燃えてなくなっていて、焦げ臭い匂いがまだ残っている。


 これも彼女の仕業だろう。


「あいつ、どれだけ暴れまわったんだよ……」


 苦笑いしながらワイバーンの近くまで行くと、ふとあることに気づいた。


 ワイバーンの近くに落ちていた黒い物体が目に留まる。


 近寄って拾い上げてみるとそれは短剣だった。


 柄の部分から刀身に至るまで真っ黒な短剣は禍々しい雰囲気を放っている。


(―――これってもしかして……)


 すると茂みの中から音が聞こえてきた。


 彼は警戒して腰に下げていた剣に手を伸ばす。


 出てきたのは真っ黒な服に身を包み、茶色のブーツを履いた女性だった。


 女性は若い冒険者に気づくと、凛とした顔が一気に太陽のように晴れて、嬉しそうに駆け寄る。


「おお! そこにいるのは我が友レイモンドではないか!!」


 相変わらず、顔に似合わず、テンションが高いことに呆れながらもレイモンドは小さく手を振って応える。


 彼女の名はメイリーン。


 レイモンドと同じ年で、幼馴染でもある。彼女は魔女だ。


 魔法と錬金術に長けており、その腕も王国が認めるほどに優れている。


 無駄のない筋肉にすらっと長い足。


 短パンを履いているせいか、いつも露出が多く、肌には艶があり色白だった。


 強調された胸が目を惹き付ける。


 見つめないよう気をつけながら尋ねた。


「メイリーン……お前こんなところで、何をしているんだ……?」

「うむ。ちょっとした野暮用があってな……。それよりも我が友こそどうしてここに?」


 自分がわざわざメイリーンを追いかけて来たのに、それに気が付いていないことに説明するのも面倒だと思いつつ答える。


「お前が心配で、ここまで来たんだよ」

「なにっ!? 私のことを心配してくれておるのか?なんという嬉しい言葉じゃ」


 大袈裟に喜ぶ彼女に頭を抱えてしまう。


「そりゃ、当たり前だろ。俺はお前と契約しているんだぞ」

「契約?」


 小首を傾げたあと、思い出したように声を漏らす。


「あぁー護衛の話か」


 どうやら忘れていたらしい。


 魔女が持つ私物はどれも高価な物で、それを狙う盗賊は後を絶たない。


 特に彼女は美人だから狙われやすい。


 幼馴染のレイモンドは冒険者兼傭兵稼業もしているため、安値で雇われているのだ。


 というより、彼女は他の誰かを雇うほどお金がない。


 レイモンドの護衛報酬も数か月間滞納しているため、払ってもらはなければ、これまでの努力が全て水の泡になる。


 しかし、彼女を責めようとは思わなかった。なぜだか、彼女といることが心地よいからだ。


 それはきっと彼女が裏表なく接してくれるからだろう。


 だからこそ彼女のためにできる限りのことをしたいと思うようになった。


 そして、今回も何も言わずに飛び出した彼女に腹を立てて追いかけてきたのだが、彼女を見た瞬間、全ての怒りが収まり、安堵のため息が出てしまった。


「おぉ、そうだそうだ。見よわが友よ! このワイバーンを」


 メイリーンは得意気に言う。


 黒焦げになったワイバーンに一瞥したあと、再び、彼女へと視線を戻した。


 ワイバーンはかなり危険な魔物で、冒険者が数人集まって討伐するレベルだ。


 それを一人で倒してしまうのだから、『炎の使い手』と謳われているだけある。


「まったく、相変わらず無茶をする奴だな」

「いやいや、それほどでも……あるぞ!」


 褒めていないのに調子に乗る彼女に呆れる。


「褒めていないからな」

「まあ、そんな些細なことはどうでもよい」

「いや、全然些細じゃないんだけど……」


 思わずツッコミを入れてしまう。本当にマイペースな魔女である。


「ほら、落とし物だぞ」


 そう言って、レイモンドは回収した漆黒の短剣をメイリーンに手渡す。


 彼女はそれを受け取ると、眉を八の字にして、上目遣いしてきた。


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