ラブ・唐揚げ

このしろ

第1話

 2月13日。

 バレンタインデー前日。ポストに送られてきたのは、二度揚げされた唐揚げだった。


 俺が成瀬美琴さんに告白したのは12月24日のクリスマスイヴ。胸焼けしそうなほどに、街はカップルが蔓延り、イルミネーションの光で建物が照らされている中、俺もそんな雑踏の中を成瀬さんと一緒に歩くカップルの人組だった。

「今日の晩御飯、なに食べる?」

 俺より頭一個小さいところから上目遣いで、成瀬さんが聞いてくる。

「え、また食べるの? さっきラーメン食べたばっかりだけど......」

「いいのいいの。クリスマスイヴは食べる日って決まってるから」

「そうなの?」

 よくわからないが、俺の彼女が言うんだから、クリスマスイヴはきっと世間的に見ても食べる日なのだろう。

 タピオカが一時期流行していた年でさえ、俺は成瀬さんから教えてもらうまで、タピオカという存在すら知らなかった。

 だからクリスマスイヴが食べる日なのだと聞いても、何も疑わなかった。

「じゃあ、何食べたい? 成瀬さんの好きな場所に行こうよ」

「うーん、じゃあ、ここは?」

 そう言って成瀬さんはスマホの画面を見せてきた。

 そこに載っていたのは見たこともないフライドチキン屋だった。

「昔ね、家族と一緒にここに来たんだけど、美味しくて未だに忘れられないんだ」

 まるで夢を語るような、成瀬さんの幸せそうな表情にこちらまでうっとりしてしまう。俺までニマニマしていると、側からみたらバカップルに見えるのかもしれないが、今はそんなことどうでもよかった。

 告白が成功した今、俺の命は彼女を幸せにするためにあるのだと確信していた。

「じゃあ、そこに行こうか。あと、帰りはケーキとかも買ってく?」

「いや、ケーキはいいや」

「そ、そう......? でもクリスマスだし、せっかくだから......」

「うーん、そういうのじゃなくてね。私、唐揚げが好きなの」

 唐突な発言に、俺は彼女の華奢な体格を見て、とても油物が好きな子には見えなかった。

 エコファー姿に包まれた成瀬さんは、引っ込むところは引っ込み、出ているところはメリハリ良く出ている印象だ。とてもじゃないが、よく食べるといった印象には見えない。

「そうなんだ、じゃあ、唐揚げ買って帰るか」

「そうだね」

 唐揚げを買って帰る。

 特に飾らない、そこら辺のカップルのような行動に、クスッと笑ってしまった。


 成瀬さんと付き合い始めて1ヶ月が経った。

 通っている大学は同じだが、所属している学部が俺と成瀬さんでは違うため、付き合うのは基本的に土日と祝日に限られていた。


 2月13日。

 明日にはバレンタインデーだというのに、俺は一人寮に引きこもっていた。

 何も大学をサボっている訳ではない。しっかりと年間に必要な単位は取ったし、あとは進級するだけなのだが、今はそれどころではなかった。

 2ヶ月前。あれほどあった成瀬愛は、今や自分の中で恐怖に変わっていた。

「コワイコワイコワイコワイ、唐揚げコワイ唐揚げコワイ......」

 布団にうずくまり、呪文のように呟く。

「おい、開けろ!」

 玄関から隣の人が苦情を言いにくる。

「いるのはわかっているんだぞ! この唐揚げ野郎め! さっさと出てこい!」

 俺は外出することができなかった。

 成瀬さんと付き合っていたあの頃が懐かしい......。

 外からの罵声が止まり、腰を折りながら恐る恐る自分の部屋のポストへと向かう。

 漂う強烈な油の匂い。

 開けなくてもわかる。

「唐揚げだ......」

 二度揚げされたことにより、ポストからは出てはならないような、油油したオーラが漂っている。

 俺はただひたすら、唐揚げに恐怖心を抱いた。

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