第15話 華の過去

 平安の世にしてはその日の夜は珍しく暑かった。池に向かって歩く女が一人。

 今は丑三つ時。こんな時間に水浴びでもしようというのか。


「この世界で生きる意味などあるのか?一度は一緒になる事を誓った愛する者を殺され、宮中からは追放される。働き口など見つかるはずもなかったのだ。私に残された道などこれしかない」


 そう呟きながら女は池に入っていく。だが、女は直ぐに池から出た。


「池で死ぬなど、到底出来る事ではなかった。ならば、この体を投げるしか。そうすれば確実に死ねるであろう」


 そうして、水に塗れた体を引きずりながら崖を探し彷徨う。そうしているうちに、魑魅魍魎にの群れに出くわした。


「いっそ魑魅魍魎にでも殺されてみようか......」


 そうも思いながら女は歩き続ける。何も言わずに通り過ぎようとしたが、群れの統領と思われる妖に喋り掛けられた。

 その妖は、小汚いしわくちゃの顔で優しく女に喋りかけた。


「おぬし......、死のうとしておるじゃろ......?」

「それが何か?」

「死ぬぐらいならワシ等の仲間に成らんか?」

「妖に?」

「お主はまだ死んでおらぬ。完全な魂に成ってしまえば、魑魅魍魎となるがその前であれば、実体を保ったまま妖に成れるぞ?」

「お前のような妖になれるのか?」

「そうじゃ。そうすればあの女にも復讐できるぞ?どうじゃ。ならんか。妖に」


 女は生唾を飲み込んだ。


「しろ。私を妖に。」

「よく言った」


 その瞬間小汚いしわくちゃが、突然美形の男に変化した。そして、女の顎を掴み上を向かせる。


「名は?お主の名は?」

華院かいん

「ほう?両親か先祖は宋系の人間か?大和系の名前ではないだろう。まあ、そんな事はどうでもいい。少し苦しいかもしれないが......」


 そう言って美形の男は腕を華院の口内に突っ込む。そして、その腕からは灰を液体にしたような色の物が、滴っている。


「これに耐え、次に気が付いた時には現世とは違う世界にいるはずだ。俺はそこで待っている。来い。俺たちの世界に」

「ぐぁッ......」


 女は気を失いその場に倒れこんだ。その体からは黒い煙が出ている。

 美形の男は闇に消えた。



 ***



「一人の女を妖にしてきたから、稽古とかその他もろもろ宜しく。俺は暫く蝦夷の方に行ってくる。近々大きな争いがあるはずだからな」

「解せぬ......。何故貴様は我に仕事を押し付けるのだ......?」

「別にー?俺も分かんねーし。てか、お前絶対やってくれるだろ?」

「ぐぬぬ......。それを言われればそうかもしれぬが......」

「じゃ、そゆことで宜しく」

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夜ノ華 登魚鮭介 @doralogan

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