第2話 修行の朝と大学の毎日 一

「おい、起きろ」


 新垣は唐突な華格院の声で半分、目が覚めた。


「眠いんですが......今何時ですか......?」


 新垣はその一言で意識が覚醒する。上体を起こし、窓から空を見るが、まだ大分と暗い空色をしている。


「早朝の三時だ。昨日言っただろう。に行くと。さっさと着替えて、歯を磨いてこい」

「は、はい」


 そう言われて新垣は怠い体を引きずるようにして、洗面所に向かい、洗顔等を一通り済ませていく。

 そして、歯を磨いている時に、新垣はこう言われた。


「言い忘れていたが、百鬼夜號を止めたら、結婚してやる」


 新垣は口に含んでいた液体を全て鏡に噴出した。だが、華格院は気に留める様子もなく、無邪気にこう言う。


「終わったかー?早く座れー」


 同棲している彼女のように華格院は言うが、昨日の夜に出会ったばかりの二人である。

 そして、着替えた新垣は席に座った。


「なんだ、トーストと目玉焼きは嫌いか?」

「い......頂きます......」


 新垣は皿に乗っている目玉焼きを一口で食べる。それを噛んだ瞬間、濃厚な黄身が口全体に広がる。絶妙な塩加減のそれは、一人暮らしの新垣にとっては久しぶりに食べる物だった。


「え、何これ!うま!」

「人間界に来るのは一応3回目だからな」

「そうなんですか?」


 料理の旨さにも驚いたが、意外にも人間界に来たのは三回目らしい。一回目と二回目の時に修行でもしたのだろうか。

 そんな事を考えながらも、新垣は華格院の作った朝食を食べ終えた。


「ご馳走様でした。美味しかったです」

「シャワーを貸せ。10分で済ませる。あと、洗い物は自分でやれ」

「タオルは適当なやつ使ってくださいねー」


 新垣が洗い物を済ませ、スマホを見ている時に、華格院が風呂場から出てきた。が、華格院は裸だった。


「あ、上がりました......?って、えー!?は、裸ー!?」

「服がないのを忘れていた。貸せ」

「良いですけど!裸て!男子大学生には刺激が強いですよ!タオル巻くとかあったでしょ!」


 新垣はそう抗議するが、そんな事を気にせず華格院は渡されたシャツとジーンズを着る。すると、奇跡的にもサイズはぴったりと合っていた。


「すごいな。ピッタシだ。よし行くぞ。手を貸せ」


 言われるままに新垣は手を差し出す。

 その瞬間、二人は山奥のひらけた場所にに移動していた。


「どこですかここ!?」

「見ての通り山奥のひらけた場所だ」


 今からここで何をするというのかと新垣が思っていたその時、華格院が口を開いた。


「今から、お前の体の中に妖術を叩き込む。身体で感じろ」


 そう言った瞬間、既に華格院の手は新垣の胸を突いていた。

 えづく暇もなく、拳と蹴りを全身に叩き込む。だが、物理的なダメージはまったくない。


「ぐわっ!あ、あれ?痛くない?」

「妖術だからな。何か身体に変化は?」

「言われてみれば、なんか元気な感じがします。」

「だろうな。私が叩き込んだのは妖術ではなく、だ。妖術は妖力を乗せた体術であり、古代大和民族の人間は誰でも使う事が出来た筈の力だ」


 すると、華格院の身体の周りが白に光り出した。


「光ってますけど、大丈夫なんですか?」

「妖力を解放した。この状態で、お前をさっきみたいに殴る。今度は一発だけだ。集中しろ」


 華格院はそう言い、拳に妖力を込めた。


「来いやー!」


 新垣の身体に脳天まで突き抜けるような衝撃が走った。

 そして、後ろに五メートルほど吹っ飛んだ。


「流石に無理か」

「どういうことですか!?あれだけ吹っ飛ぶなんて聞いてませんよ!?」

「本来妖力は人間に最初から宿っている力だ。さっき、妖術は妖力を乗せた体術だと言ったが、妖力とは古代大和、渡来人全てに宿っていた力だ。現代大和人の奥底にも妖力は宿っているが、皆使い方を知らない。お前は一度妖力を体に受けたから、その内出来る様になるだろう」

「へー。そんな力があるんですねー。てか、妖力があるってことは、華格院さんは元は古来大和か、渡来人てことですか?」

「さあな。いずれ話してやる」


 華格院は悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。


「取り敢えず、私がやったみたいに感覚でいいからやってみろ」


 華格院は手を前に出し、挑発的に手をくいっとさせた。

 新垣がその手目掛けて、渾身の殴りを入れるが、乾いた音がこだましただけだった。


「こんな感じですか?」


 華格院は険しい表情をしている。


「全然出来ていない。まあ、練習あるのみという感じだな」

「そうですか......」

「そろそろ帰るぞ。手を貸せ」


 またその瞬間新垣のアパートに戻っていた。


「あれ、もう7時!?大学行かなきゃ!」


 集中している時の時間の進みは早いのだと、改めて新垣は知った。

 新垣は慌ててリュックサックを準備し、玄関から出ようとする。


「ちょっと待て」

「はい?」

「今の所持金は何円だ?」

「70万ちょいぐらいですけど」

「銀行に連れて行け。」


 困惑した表情を浮かべながら、新垣は華格院を銀行に連れて行った。



「30万引き出せ」


 そう言われ、不審に言われながらも、30万円を引き出す。すると、華格院はそれを取り、「行ってらっしゃい」と一言言うと、どこかへ走り去って行った。

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