笑顔のつくりかた。

「……真美、最後に教えてくれないか? これまでの答え合わせを僕はどうしても知りたいんだ」


『『もうって呼び方はしないんだね』』


「ああ、幼い真美の魂はもとどおりに眠っちまったからな、だからお前の口調しゃべりかたも普通に戻せよ。何だかおっかない神様と話しているみたいで僕も調子が狂うからさ」


 大人の彼女に抱き抱えられ、穏やかな寝顔を見せるもうひとりの真美。幼い魂の戻る場所を消失一歩前の土壇場で僕は見つけ出すことに成功したんだ。その場所の名は……。言うまでもないな、二宮真美にのみやまみ、本来あるべき身体の近くに幼い真美を寄り添わせることだったから。


 入れ物たるひとつの身体にはふたつの魂は存在出来ない……。その不変のルールを変えるのは土着神たるお狐様の力を持ってしても不可能なのは紛れもない事実だ。けれども最適解は裏技のように存在していたんだ。常識にがんじがらめにされた大人の頭ではとても思いつかないだろう、さながら子供にしか解けない知恵の輪のおもちゃみたいに。そうだ、たったひとつの冴えたやり方に僕だけ気がついた。それを成功させるには目の前にいる彼女の協力が絶対に必要だ。


『何にでも結論を出そうとするのはお兄ちゃんの悪い癖だよ。負けん気の強いところは昔から全然変わっていないね、ううん違うかな、そんな駄目な部分も全部ひっくるめて私の好きになった男の子の名前はね、大滝陽一おおたきよういちくん、あなたなんだから……』


 まっすぐにこちらを見据える瞳と同じ、ストレートな彼女の告白に僕は心臓を鷲掴みにされた。ハートを射抜かれるとはまさにこのことだろう……。


 だけど今の僕にはまだやらなければならない大事なことが残されているから、愛の告白はおあずけにしておこう。


「……真美、やっとこの場所に戻ってきたよ。君を永遠に失ったあの時間軸からはるばると時を越えて」


『……陽一お兄ちゃん』


「だけど僕ひとりの力じゃない。協力アシストがあったから不可能が可能になったんだ!! そう、売れないカメラマンの僕に黙ってついて来てくれた、報酬は笑っちゃうほど安上がりで、お前は桃太郎の昔話で鬼退治にきびだんごだけでお供する動物かっ!? そんなツッコミを入れたくなるくらい単純な性格の女の子でさ……」


 大人の真美が膝枕をしているもうひとりの真美の寝顔。頬を撫でる細い指先。その光景は最初から双子の姉妹のような錯覚を覚えるほどだった……。


『ちょっと妬けちゃうな、幼い真美ちゃん、陽一お兄ちゃんにそこまで想われるなんて。ふふっ、おかしいよね私たち。元々はひとつの身体の中にいる存在だったのに……』


 うりふたつではなく、同じ彼女がに存在していた。なぜ大人の真美が柿の木のあるこの場所を選んだのか? その意味は悲しい理由わけを内包していた。大人の真美の魂とその入れ物たる身体。そうだ、真美が行方不明になった一周目の結末では、お狐様の霊力によって柿の木に封じ込められ神隠し状態になっていたんだ。まるで鬼役に存在を忘れ去られてしまったかくれんぼみたいに……。


 一人っきりの寂しいかくれんぼか……。


 ふたりの真美の顔を交互に見比べて物思いにふける。次の瞬間、視界の隅に捉えた幼い真美の寝顔に僕の視線は釘付けにされた。


「ま、真美っ!? いま確かに唇の端を動かしたよな!!」


『魂の消失、そのカウントダウンを止める為に幼い真美ちゃんの意識はお狐様の協力で完全に失わせているはずなのに動くなんてありえない、どうして!?』 


 大人の真美の表情にも驚きの色が射した。


『……太平堂の白いたい焼き、それにチョコプッキー、も、もう食べられないよぉ』


 むにゃむにゃと口の端を動かして咀嚼するような幼い真美のしぐさ。まさか、こんな状況で!? 聖地巡礼に向かう道すがらトレーシーの後部座席で寝ぼけていたときと同じく大好物を食べる夢を見ているのか?


『真美ちゃん、あなたって人は……。自分という存在がこの世から完全に消えてしまったかもしれないのに。それなのに陽一お兄ちゃんとの約束を叶える夢をみているなんて、本当に馬鹿なのはどっちなの!!』


「……真美、君は泣いているのか!?」


『な、泣いてなんかいないよ!! お馬鹿なもうひとりの真美を笑っているだけ……。でも本当に馬鹿なのは自分を見失うほど落ち込んでいたどこかの誰かさんだ!! 幼い彼女がせっかく提案してくれた良かった探しも放棄してみずから進んで闇に踏み込んでいって底なし沼にはまって……。本当に笑えるのは自分自身だ』


 大人の真美が流した涙が頬をつたって端正なあごのラインにそって流れ落ちる。


『……何で猫ちゃんが泣いているの? どら焼きを盗ったことは怒らないよ。ほらっ、仲良く一緒にはんぶんこしよ!!』


 幼い真美は目を覚ましていない、これはきっと寝言だ。もうひとりの自分が流した涙のしずくで濡れた彼女の表情は穏やかなままだった。夢の中でどら猫とたい焼きを仲良くシェアしているに違いない……。


『やっぱり敵わないな、消えかけていく姿を見て勝ち逃げなんて許さないってとっさに叫んでしまったけど。夢の中まで他人のことを思いやって大好きなたい焼きもはんぶんこするなんて。いつもそうだったよね、自分よりも人の幸せを最優先して。……そう、今回のヒロイン、その終幕ラストシーンは幼い真美ちゃん、あなたに譲るから。だから陽一お兄ちゃんと一緒に願いを叶えてきて!!』



 次回に続く。


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