そして離れないように僕は彼女の手を握りしめる……。
――激しく動揺した。
水色と白色、色違いのワンピース。ふたりの真美が僕を挟んで対峙している信じがたい光景に思わずたじろいでしまった。お互いに感極まった表情を崩さず彼女たちは黙り込んだままだった。夜明けを告げるオレンジ色の朝日が作りだした逆光に視界を奪われぬようしっかりと自分の目を凝らした。
「二人の彼女が同時に存在するなんて。それも意識を取り戻した状態で可能なのか!? どちらかの魂が休眠している必要があると幼い真美は言っていたはずなのに……」
これまで便宜上に呼んでいた彼女についての
いま僕の目の前に存在するふたりの真美、その外見は寸分違わない。ただ一つの違いは往年のファミコンゲームに登場する主人公キャラみたいに色分けされたコスチュームの違いだ。これもお狐様の
『『陽一お兄ちゃん、そんな顔で私を見ないで。まあ驚くのも無理はないよね。でも安心して、大人の真美がこうしていられるのはお狐様の仕業じゃないから。目覚めてからはすべて私の意志で行動しているの。……まず最初に謝らせてほしい、稲荷神社でお兄ちゃんに私がした酷い仕打ちについて。いくら謝っても絶対に許される行為とは思わないけど、本当にごめんなさい』』
こちらに向き直り深々と頭を下げる。大人の真美は一周目に起きた出来事について謝っているんだ。あの稲荷神社の境内、池の見える高台の場所で豹変した彼女は僕の首を絞めて無理心中を図ろうとした。まるで憑き物が落ちたように穏やかな表情を浮かべる姿からはとても想像がつかない。
『……真美、顔を上げてくれ、謝らなければならないのは僕のほうだ。家出してからずっと一緒に行動していたのにお前の悩みに全然気が付かなかったなんて。どれほど鈍感でおめでたい頭をしていたんだ。自分のことばかり優先して真美の気持ちに寄り添ってやれなかった。本当に僕は馬鹿だ」
村一番高い柿の木のある広場。この場所で彼女が口にした初めてのお願い。
【お
あの夏の日、真美が相談したかった大事なお願いは、捨てられていた子猫を育てる以外にあったんじゃないのか!? 僕と出会う切っ掛けになった稲荷神社にお百度参りをするほど悩み追い詰められていたんだ。そんな彼女の出したSOSに気がついてやれなかった。深い罪悪感に
『よ、陽一お兄ちゃんは馬鹿じゃない!! それに大人の真美ちゃんも絶対に悪くないよ。だって二周目の稲荷神社で命がけで子猫を守ろうとしてくれたじゃない!! あんなに一生懸命に……。同じ身体にいた私だからわかる、動物が大好きな優しい女の子なのは変わらない!!』
これまで沈黙を貫いていた幼い真美が声を発した。その言葉の内容は切り裂かれるような痛みを
そうだ!! 言葉にしなければ相手には何も伝わらない。また後悔という名の深い沼に沈んでしまうところだった。それは自分勝手な代償行為にしか過ぎない。真剣に相手のことを想うならば言葉に出して伝達しなければ絶対に駄目なのに……。人生で本当に大切な行動を彼女は身をもって僕に教えてくれた。
幼い真美が絞り出した言葉、もうひとりの自分に掛けた真摯な想いが痛いほど伝わってくる。
『『……もうひとりの真美ちゃんに隠しごとは出来ないね。だって私の心の中は全部読まれちゃうから』』
大人の真美が笑みを浮かべる。ふたりの真美、お互いの困ったような眉の動きがシンクロした。
『あたりまえだよ、だって私たちは同じ
『『……嬉しいな、また昔みたいな関係に戻れて。幼い真美ちゃんは私と初めてお話した日を覚えている?』』
『うん、七歳の七五三の日だったよね。忘れるわけないよ。大人の真美ちゃん……。最後にお話が出来て本当に良かったよ、もう二度と逢えないと思っていたから』
幼い真美のいる場所に朝の柔らかな陽ざしが降りそそぐ。水色のワンピースが儚げに透け、その存在が背景に同化していく。終わりの時間が迫っているのは誰の目にも明らかだった……。
『『幼い真美ちゃん、言ったはずだよ。このまま勝ち逃げなんて絶対に許さないって!! さっき怒ったばかりなのを忘れないで。だからまだ消えちゃ駄目なの!! しっかりと顔を上げてこの世界を見て……。陽一お兄ちゃん、お願い!!』』
……今度は大人の真美が叫ぶ順番だった。考えを瞬時に察知して彼女が言い終わる前に自分の身体が反応する。急速に消えかけている幼い真美との距離は僕の立っている場所のほうが近い!! 広場の地面を蹴って勢いよく駆け出した。小学生の身体の反応の良さにまず驚かされる。贅肉のついた大人の陽一よりも遥かに足が速い幸運に心から感謝した。この身体のままの
「まみっ……!! まだ消えるんじゃない!! 僕と願いごとを叶えるんだろ!!」
『よう、いち、お兄ちゃんと……。 私のねがい、ごと?』
幼い真美の透けている右半身に必死で伸ばした僕の左手が虚空を切る。駄目だ、間に合わないのか!?
『『右手を使って!! 利き腕じゃなくても陽一お兄ちゃんなら絶対に出来るはずだから……。過去のコンプレックスにもう囚われないで!!』』
諦めかけた瞬間、大人の真実の叫び声が、僕の背中に届いた。バランスを崩した身体が地面に叩きつけられそうになるが、しっかりと左の軸足に重心を移し何とか転倒寸前で堪える。その勢いを利用して僕は地面を蹴った!!
何段もある跳び箱を跳躍する感覚で勢いよく踏み切った。もう
『陽一お兄ちゃんが私のために不自由な右手を使ってまで……!?』
幼い真美の大きな瞳が驚きの色に染まる。その
『陽一お兄ちゃん!!』
――そうだったのか!! この瞬間のために僕の曲がった右手は存在していたんだ。
「真美!! 絶対にこの右手を離さない……」
そして離れないように僕は彼女の手をしっかりと握りしめる……。
次回に続く。
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