メメント・モリ
「――このトンネルを創り出したのは僕、
真っ暗なトンネル内に僕の絶叫がこだました。トレーシーのLEDヘッドライトが照らし出す前方の景色にまったく変化はない。
この場所にもしも誰かが居合わせたなら、きっと頭がおかしくなってしまったと確実に思われただろう。だけど今の僕には確信があるんだ。そしてやらなければならない大事なことがまだ残っている。
「まだだ、まだ全然足りない!! 心の底から念じるんだ。真美のいるあの場所の風景を……」
でも前回とは違う!! その証拠に甲高く響き渡る二サイクルバイク特有の
「……真美が後部座席にいなくて本当に良かった。あいつ怖がりだからコウモリなんて出てきたらきっと悲鳴を上げて大変だったぜ」
軽口を言える余裕があれば上出来だ。もっと心を落ち着かせるんだ。平常心を保て、そしてもう一度念じろ。あの夏の日の景色を鮮明に思い出せ。
「うわっ!? ぬかるみでトレーシーの前輪が滑った。……よし、いい調子。この車体の挙動こそ
ヘルメットのバイザーにまで泥の飛沫が飛んでくる。普段のツーリングなら最悪な路面状況だが、今の僕には最高の
何故なら……。
「この長いトンネルを創り出したのは大滝陽一だ!! いま見ている景色はすべて僕の弱い心が作り出した幻影で、だから出口が見えなかったんだ……。この空間を表出させた創造主の名において命ずる、いますぐ紛い物の暗闇をすべて消し去ってくれ!!」
僕は大きな勘違いばかりしていた。あの女神像のある展望台から
【……陽一お兄ちゃんはこれだけ不思議なことを体験しても全然気がつかなかったのかな? これもお兄ちゃんの生み出した
そうだ、彼女は確かに言っていた。どうして僕まで力を授かったのかは定かではない。だけど今はそんなことはどうでもいい!! 真美を救い出せるのなら何だって利用してやる。
トレーシーの荷台に積んである荷物、妹の日葵が作ってくれた真美の大好物ばかりのお弁当だ。あの展望台に置いてきたはずの荷物が突然現れたのにも意味があるに違いない……。
「なあ、真美。お前にお弁当を食べさせないと妹の
もちろん太平堂のたい焼きとチョコ味のプッキーだからさ。だからあの場所で待ってろよ、すぐに迎えに行くから……」
【陽一お兄ちゃん、また勘違いしているね。真美は怒っているんじゃないよ。ううん、その反対、とっても嬉しいの!! ひまわりちゃんが私の帰りを待っていてくれたことが、そして私の大好物もおぼえていてくれた幸せも!! そんな気持ちなんだよ。あとね、心配しちゃったのは日葵ちゃんより先に食べちゃったら悪いと思ったんだ。またあのころみたいに、いっしょに三人でお弁当を、いただきます!! ってしたかったから……】
二人組の警察官から職質された夜のコンビニ前で、彼女に最後まで告げることが出来なかった言葉の続き。
「……真美、お前はなんて優しいんだ。僕なんかよりもずっと」
僕と真美、そして妹の日葵。三人で一緒にお弁当を食べよう。
あの村一番高い柿の木の下で……。
次の瞬間。身体に強い浮遊感を感じた。トンネル内の黒い闇が一気に四散してトレーシーごと光に包まれる。目的地への到着を確信した。深く念じる必要なんてなかったんだ!! 狂おしいまでの懐かしい記憶。お菓子のブリキ缶にしまい込んだまま忘れ去ってしまった宝物のような日々を僕は思い出した。もとから大切な記憶は自分の中に存在していたことにやっと気がついた。
固いアスファルトの感触をトレーシーの前輪に感じハンドルを取られないようにしっかりと車体を両腿でホールドする。トンネル内では全く機能しなかったスピードメーターの針を確認してからゆっくりと路肩にトレーシーを停める。
「戻って来たんだ……。あの夏の日に」
ヘルメットのバイザーを上げると、
……僕は自分の意志で初めて
次回に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます