たい焼きとチョコプッキー、私はどっちも食べたいな。
「――
「うん、ご飯食べたい!! 真美ね、おなかが空きすぎて、太平堂の白いたい焼きの夢までみちゃったよ……。 本当に背中とくっつきそう!!」
「ははっ!! お腹と背中か。 ただでさえ真美は痩せているんだから、それ以上、細くなったら割り
「人を割り箸にたとえないでよ。お箸がポッキリ折れるなんて縁起が悪いから!! 陽一お兄ちゃんのおばあちゃんも言ってたのはおぼえているでしょ……」
「僕のお祖母ちゃんが? 縁起が悪いなんて話をしていたっけ?」
「あ〜!! そんなことじゃあ、お兄ちゃんのおばあちゃんに怒られちゃうよ。
お盆が近くになると、おばあちゃんはおうちの縁側でご先祖さまへのお供え物の用意をしていたのは忘れていないよね。真美もいっしょにお供えを作るお手伝いをしたんだよ」
真美とお祖母ちゃんが!? 彼女がうちに遊びに来ると、お祖母ちゃんと二人でよく話をしていたのはおぼえているけど、僕はお祖母ちゃんの話を聞き飽きていたから、これさいわいと真美に話し相手を押しつけて庭で遊びまわっていたんだ……。
「お盆のお供え? なぜそれが割り箸や縁起が悪いなんて話に繫がるんだ?」
「真美も引っ越してくるまではくわしく知らなかったけど、あの辺りの風習でお盆になるとナスでお馬さんを作るでしょ、ご先祖様がそれで帰ってくる乗り物として。四本の足に割り箸を折って作るのは一緒だけど、お祖母ちゃんから教えてもらって面白いなって思ったのが紫じゃなくて白いナスをお馬さんに使うでしょ、白いナスって、とっても珍しいよね!!」
「僕や日葵は生まれたときからあたりまえの風習だから、面白いなんて感じたことはなかったよ、他の地域では白くないナスで作るんだって驚いたくらいだよ。でも縁起が悪いどころかお供えはご先祖さまに喜ばれる行為だろう? お前の言っている意味がわからないな……」
「……お供えの話じゃないよ。割り箸に限らないけど箸を折るって縁起が悪いんだよ。運気が下がるんだって、おばあちゃんは真美に教えてくれたよ。箸と名前がつくものは折っちゃ駄目なんだって。 お盆のお供物に使う場合は特別にお寺でご
そんな話は初耳だ。わが家ではお盆のお供えものは女性が作る決まりになっていて、だから僕は子供のころから手を出さなかったんだ。
だけどナスが白い理由は知っている。あの辺りは狐への信仰が根強くて、あのお稲荷さんのある神社が大切に守られていることからも分かるだろう。恒例の
あの神社にはそのお狐様を祭ってあり、言い伝えにある九尾の狐。身体の色は白だ。白いナスを使ってお盆の馬を作る習わしもそこから来ている。
「……白いナスの馬か、お狐様信仰もここに極まれりだな。バチが当たってもかなわないから前言を撤回するよ。真美、お前は割り箸じゃなくてさしずめお菓子のプッキーだな、甘いものなら大好物だったろ。太平堂のたい焼きと好きな食べ物ランキング上位だったし」
「それならよろしい!! でも真美、チョコプッキーも食べたくなっちゃったよ。陽一お兄ちゃんにおねだりしちゃおうかな?」
「そんなのはおやすい御用だ、何でもお願いを聞く回数券を使わなくても、途中のコンビニで買ってやるよ」
「やったぁ!! 陽一お兄ちゃんはやっぱり優しいね、だから真美は大好き!!」
「……まあ、わかっていると思うけど、これは餌付けだからな」
「はあい、まみーぬちゃんは、いつもより多めにしっぽをふりふりしちゃおうかな? なんて!!」
まったく現金なものだ。さっきは意地悪と言ったばかりなのに今度は大好きとか。そんなふうに、くるくると変わる万華鏡のような真美の表情に魅了された……。
「ちょうど、そこにコンビニもあるから、好きなプッキーをえらべよ。だけど約束な、ちゃんとお弁当を食べてから、最後にデザート替わりのプッキーにしろよ。日葵がお前のために用意してくれたんだから……」
「……ひまわりちゃんの作ってくれたお弁当、私が食べてもいいの?」
それまでつないでいた手が急にほどけてしまう、僕の隣を歩いていた彼女が立ち止まるのが分かった。
真美にはトレーシーの後ろの荷物に何が入っているかは、もったいをつけて教えていなかったことをいまさら思い出した。
妹の日葵との通話を真美も聞いていたから、お弁当の存在も知っていると勘違いをしてしまった。 たしか日葵はお弁当を思い出の場所にお供えにしてほしいと言っていた。
きっとその言葉を額面どおりに受け取って、この世に存在しないはずの自分が、お弁当を食べていいとはとても思えなかったんだろう。
「あ、ああ。 トレーシーで走りながらお前に話すつもりだったんだ。他の話と一緒にゲームをしながらさ。 ごめんな、ここまでの道中でいろんなことがあって内緒にしたみたいで本当に悪かったな……」
「……」
僕はまた真美を怒らせてしまったのか。せっかくの楽しい雰囲気もぶち壊しだ。いつもそうだ、言わなくていいことはぺらぺらとしゃべるくせに、肝心な要点を言えなくて誤解を招くのは僕の悪いくせだ。
彼女と会話を重ねるうちに感じる、妙な違和感はいったいどこから来るんだ!!
この旅の当初から真美の態度は、大人と子供の間を行き来する性質だと強く感じていた。
いま僕が話しているのは確実に子供の真美だ。それはわかる。だけど言動やしぐさがいくらなんでも幼すぎではないだろうか?
小学四年生のまま時間が止まった姿を、僕に見せているとしても当時の彼女はもっと大人びていた少女のはずだった……。
「……なあ、真美、ずっと黙っているけど僕に腹を立てているのか? だけどこれだけは言わせてくれ。インカムの通話で日葵は僕に感情をぶつけてきたけど、それはいちばんの仲良しだったお前がいなくなって、ある意味僕以上に苦しんできたんだ。だからいるはずのない真美と僕が、聖地巡礼の旅にトレーシーで出掛けているなんて、
僕はインカムの通話で日葵から激しく指摘されたように妹の口から真美の話題が出るたびに話をそらしていた。いや、完全に拒絶していたと言ってもいいだろう。
さえぎるならまだマシなほうで、真美がいなくなったあの事件後、奇跡的に発見された僕はしばらくの間、世間の注目の的になった。もちろん悪い意味でだ。
現代に蘇った神隠し、その少年と少女。センセーショナルな見出しでマスメディアから追いかけまわされた。
連日の報道、あまりの過熱ぶりに親父は先祖代々と続いた造園業も廃業して、この慣れ親しんだ土地から家族で引っ越しまで考えたほどだ。
暗い生活をおくる僕の支えになってくれたのは中学、高校と日葵が亡くなったお祖母ちゃんにかわり家事を切り盛りするなかで、料理の腕をめきめきと上げたことだ。
面と向かって本人には照れくさくて言えないが、日葵の料理は本当に美味しいんだ。
よく日葵は僕に料理の試食だと言って味見をすすめてきた。
その
小学校の放課後、まだ三人であの太平堂に集っていたころ、真美と日葵はよくプロフィール帳にお互いのことを書いていた。
その中身は男の僕には秘密だったが、太平堂の店内に設置された軽食スペースで、きゃあ、きゃあと黄色い嬌声をあげながら話していた内容から、女の子二人の将来の夢についてなんとなく推測することは容易だった。
真美はペットショップの店員さん。
妹の日葵は美味しいものを作れる料理の達人。
日葵は当時、愛読していた少女漫画雑誌なかよきの影響も強かったのだろう。
なかよきの人気連載のひとつにバンブー
可愛い主人公の女の子が魔法使いになり、住んでいた村でカフェを経営しながら毎回店を訪れるお客さん、人間、動物、妖怪 果ては異星人までさまざまな相手を魔法の料理でもてなすというコミカルな漫画があり、日葵の大好きな作品だった。
大人になったら真美ちゃんにも、魔法みたいな美味しい料理をごちそうしてあげるね!! それが妹の小学生のころの夢だったのに。
そんな日葵と真美、ふたりの約束を壊したのは僕のせいだ……。
「陽一お兄ちゃん、また勘違いしているね。真美は怒っているんじゃないよ。ううん、その反対、とっても嬉しいの!! ひまわりちゃんが私の帰りを待っていてくれたことが、そして私の大好物もおぼえていてくれた幸せも!! そんな気持ちなんだよ。あとね、心配しちゃったのは日葵ちゃんより先に食べちゃったら悪いと思ったんだ。またあのころみたいに、いっしょに三人でお弁当を、いただきます!! ってしたかったから……」
彼女は僕のことを優しいと言った。その言葉を目の前の少女にそっくりそのまま返したくなった。
「……真美、お前はなんて」
その後の言葉を僕は続けることが出来なかった。
もちろん彼女の想いにいたく感動していたこともあるが、コンビニまであとわずかな場所で僕たち二人に近づいてきた不審な二つの人影に気がついたからだ。
遠くからでもわかる屈強な体つきの男性二人組、光量のまぶしいマグライトを手に持っている、無遠慮な光が僕の顔を最初に照らし出した。
もう一つの光が真美の可憐な水色のワンピースを上から下へと、なめまわすような動きでライトの光を浴びせかける。
「……おい、そこの二人!!」
ちらりと見えた男性の目つきは、明らかにただ者ではなかった。
ライトのまぶしさに目を細めた真美が、とっさに僕の左腕にしがみついてきた。
「……お兄ちゃん、怖い!!」
次回に続く。
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