第10話 新たな使徒
「手下だって? 違うね。僕たちはケスカ様の使徒さ」
「似たようなもんだろう?」
リオドは挑発する形で会話を続け自分の体調について確認をする。呼吸は少し浅くなっている。鼓動もいつもより早い。手足は僅かに痺れるが問題なく動く。視界が少しぼやける。魔力系統は問題なし。
(神経系に作用する毒か? 一応耐毒訓練は受けているんだがな)
「違うな、まったく違う! 僕たちはケスカ様の使徒となった事でさらに最強に近づいた! そう今の僕たちなら、あのレイド・ゲルニカにだって劣らない!」
「そりゃまた随分大物の名前をだしたもんだな」
「当然さ。僕たちエヴァンジルは最強になるんだ。行くよ、ペトラ、ユリア!」
赤い髪の女ペトラがナイフを突き刺すように突進してくる。その速度は驚異的であり瞬間的な速度だけで言えばリオドよりも十分に速い。
「ぐぁッ!」
リオドの拳がペトラの顔面を捕らえる。ペトラの突進に合わせてカウンターとなったため、首があり得ない方向に曲がりながら地面に叩きつけられた。
「確かに速いが、一度見れば対応できるさ。なんせお前以上に素早い奴がウチの大将だからな」
「ティルさん、ペトラさんを!」
茶髪の少女が地面に手をつけるとそこを中心に光が広がっていく。地響きと共に2体の巨大なゴーレムが誕生した。1体は鎧を着た騎士タイプのゴーレム。もう1体は大蛇のようなゴーレムだ。まず大蛇のゴーレムが蛇行しながらこちらに近づいてくる。だがまだ距離がある。リオドはまず瀕死の状態になっているペトラに止めを刺そうと考え、すぐにその場を引いた。
リオドが先ほどまでいた場所には巨大な氷柱が何本も地面に刺さっている。リオドとペトラを分断するためだろう。だが闇魔法使いのリオドにそれは無意味だ。
「”
リオドは自分の影に潜り、先ほどの攻撃で自身の影を付着させたペトラまで影の中を移動した。影から出現すると既にペトラは回復魔法をかけられており折れた首が治っている様子だ。だがリオドの存在に気付くのが一歩遅く、ペトラの胴体にリオドの拳が深くめりこみ、周囲の氷柱を破壊して吹き飛んだ。
「くそ、面倒な魔法を使う」
「お願い、ゴーレム!」
騎士タイプのゴーレムの剣が振り下ろされる。リオドは懐に潜り込み腕のプレートで剣を受け流し回し蹴りでゴーレムの足部分を砕いた。しかし砕いた瞬間にゴーレムが再生してく。その驚異的な再生速度にリオドは驚嘆した。通常ゴーレムは一度砕かれると再生に時間がかかる。だがこのゴーレムは僅か数秒で再生したのは驚きだ。掌底で騎士ゴーレムを術者の方へ押し飛ばす。つづいて迫りくる大蛇ゴーレムに対し影を纏った蹴りで大蛇を吹き飛ばした。
「アタシを無視すんなよな!」
先ほど吹き飛ばしたペトラがまたリオドに向かってきた。確実にろっ骨を折ったはずだがそれも治癒されたようだ。なるほど遠隔で回復魔法を使えるのか。リオドの中でティルの評価を1段階上げる。回復魔法にしろ、支援魔法にしろ、術者は使用する対象と距離は近い事が望ましい。回復魔法に関しては触れなければ回復できない人がほとんどだ。それをあの距離で完璧に回復支援、さらには攻撃魔法まで多様しているときた。
(なるほど、最強を目指すなんて言うだけの力はあるか)
「切り刻んであげる!」
流石に、馬鹿正直に突っ込んではこないようだ。遠い間合いからペトラはナイフを振った。それに合わせるように風の刃がこちらに迫ってくる。
「そよ風だな」
風の刃を拳を振ってかき消した。だが拳を振った瞬間、目の前にいたペトラが消えた。
(後ろか)
あの魔法は囮。リオドの攻撃に合わせてこちらに接近することが本命。後ろから刺すような殺気に合わせて間違いなくあのナイフがリオドの身体を狙っている。しかし――。
「ちょ、嘘でしょ!」
ペトラが突き出したナイフはリオドの身体を貫通かのように見えた。だが違う。リオドの身体が真っ黒に染まり、まるでその場に黒い絵の具で塗りつぶしたかのように人型の黒い物体に変わっていた。突き出したナイフに刺した感触がない。まるで何もない空間に刺したような空虚なものだった。
闇がペトラに迫ってくる。ペトラは必死にナイフを振るが虚空を切るばかりだ。一旦後ろに跳躍しようとしたペトラの腕を掴まれた。闇だった空間からリオドが出現する。何が起きたか分からず呆けていたペトラは激痛と共に自分の身体を見下ろした。
「かはッ――」
リオドの右手がペトラの心臓を穿っている。引き抜いた右手にはペトラの心臓が握られておりリオドはそれを潰した。その様子を見てティルとユリアが激高した。
「き、貴様ッ! よくも俺の仲間をッ!!」
「いやぁああッ! ペトラアア!! 許さないんだから!!」
ユリアの身体の魔力がさらに跳ね上がる。恐らくティルの支援魔法の効果だろう。だが次の光景を見てリオドも思わず思考を止めてしまった。激しい地響きと共に先ほどまでとは比べ物にならない程巨大な人型ゴーレムが作られていた。先ほどの騎士型の数倍だろうか。まさかこの大森林の木々よりも大きな巨大ゴーレムをが誕生すると思わなかったのだ。ゴーレムは近くの木を掴みそれを引き抜く。それを武器のように持ちこちらに振り下ろした。
轟音と地面の揺れを感じながらその攻撃を躱す。確かに驚異的だ。だがこの場では悪手と言わざる得ない。攻城戦などであれば間違いなく驚異的な力だが一個人だけに向けるにはそのゴーレムはデカすぎる。むしろ舞い上がった土煙でこちらの姿は見えていないだろう。
(これに乗じてティルを殺すとしよう――まて魔力は!?)
一瞬考え、即断する。こちらに強大な魔力が接近している。流石に毒に侵され、あの2人と一緒にまとめて戦うのは無謀過ぎる。
(いやこの魔力の質から考えると下手すれば俺と同等、いや俺より強いか?)
そう考え全力でその場を離れる事にした。追ってくる可能性もある。その時は腹を括るしかない。逃走しながら戦闘中に飲めなかった解毒剤を口に入れリオドはその場から逃げた。
「くそ! あの帝国軍人め!!」
ティルは激昂していた。大切な仲間が死んだのだ。涙を流し何度も回復魔法をかけるが心臓を失ったペトラは中々回復する兆しがない。段々冷たくなっていく仲間の身体を抱き寄せ、ティルは泣いた。
その様子を同じく泣きながら見ていたユリアがこちらへ接近する魔力に気付き先ほど召喚したゴーレムを警戒態勢にさせる。だが森から現れた人物を見てそれは杞憂だったと安堵する。
「セルブス様」
「遅かったようですね……」
白い髪、褐色の肌に少しとがった耳。老齢の魔人であり、ケスカの使徒でもあるセルブスが戦闘の惨状をみながらこうつぶやいた。
「セルブス様! セルブス様ならあの男を追えますか!?」
ティルは鬼のような表情でセルブスに問いかけた。
「僅かに魔力は感知できますので追えますが、ペトラを放置しては拙いでしょう」
セルブスの言葉を受けてティルは放心する。今セルブスはなんて言っただろうか。今の言葉はまるで――。
「た、助かるんですか? ペトラは助かるんですか!?」
「ええ。こちらをペトラの心臓があった場所に流しなさい。これはケスカ様の血液です。あなた方はまだケスカ様に使えて日が浅い。ですがその努力をケスカ様は評価しております。この血を摂取する事でより肉体をより私に近い身体へ作り替える事が出来るでしょう」
セルブスが取り出した赤い血液が入った小瓶。それを受け取ったティルはすぐに瓶から血をペトラの傷口に流し込んだ。傷口に入った血液はまるで胎動する生命のように動きペトラの身体に馴染んでいく。すると無くなっていた心臓の再生が始まった。
「あ、あれ……ここは」
「ペトラ! よ、よかった。助かったんだな!」
失っていた心臓が再生し、既に皮膚の再生も終わって完全に傷口は消えている。その様子を見ながらセルブスは話し始めた。
「念のため頂戴していたケスカ様の血が役に立ってよかったです。ちょうどいいあなた方もケスカ様の血を受け入れ貧弱な人間の身体から脱却しなさい」
「は、はい! うれしいです!」
「ありがとうございます!」
その言葉にセルブスは頷き逃げて行った人間の方角を見る。十数年前、出会ったあの人間を思い出す。絶対強者であった真祖の吸血種の魔人であり、セルブスの敬愛すべき主人。その主人さえ恐怖に落とし込められた人間の力をセルブスは甘く考えていない。
(今は、動き時ではない。あと4年で魔王の力を手に入れた魔人が誕生する。その方とケスカ様の力があれば人間の根絶は不可能でないはず)
そう考えティル達と共にセルブスは現在魔人の住処となっている深淵洞穴ムルクミスへ移動した。
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