第9話 任務

 ミティス、アーラ、リオドの3名は皇帝からの勅命によりそれぞれ急ぎの任務をしている。本来であれば召喚した異世界人の訓練を継続して行う予定だったのだが、召喚してからもうすぐ1年。想像していた以上に3人は強くなっている。当然まだ甘い部分も多いが、与えられた才能というものが花開き、素人同然だった3人が本当に強くなってきた。

 そのため、ずっと保留にしていた任務を一時再開する命令を受けた形だ。その中でリオドはミティスの任務を引き継ぎ魔大陸の調査をしていた。生き残りの魔人を探すためだ。予想では勇者と同様に現在生き残っている魔人の誰かが新たな魔王として誕生すると考えられている。ならばその前に魔人をすべて殺してしまえというが帝国の考えだった。しかしこれに聖女アーデルハイトは反対した。神託により魔人の殲滅は世界のバランスを崩すと神によりお告げがあったからだ。それは皇帝も理解している。先代勇者であるレイドが魔人を殲滅しなかったのはそのためだからだ。

 しかしここにいたってそうも言っていられない。間違いなく魔王が復活すれば魔人側が同じことをすると皇帝は確信しているからだ。先代勇者であるレイド・ゲルニカの功績。それはこの世界の情勢がレイドの存在によって一気に人類有利になったこと。世界に点在していた魔人は一気に数を減らし、現在は隠れ住む魔人だけになるまでその人口を減らしている。


 そしてその魔人の最後の逃げ場と考えられているのが魔大陸オルデナレニアだ。そのためミティスは異世界人召喚まで魔大陸の探索をずっと行っていた。それをリオドが現在引継ぎ行っている形だ。本来であればリオドもユイトの鍛錬を行うべきなのだが、最近になってオルデナレニアにて魔人の移動を確認したという報告があり急ぎ駆け付けたのである。



「相変わらずなんもない場所だな」



 何もないというのは語弊がある。この大陸には木しかないのだ。当然人間の街なんてありはしない。この大陸全土を覆うような大森林だけなのだ。ここが魔大陸、通称オルデナレニア大森林と呼ばれる場所だ。


 このどこまでも続く森林であれば魔人が隠れるのは十分といえるだろう。当然魔物も多く住んでいるため、気配だけで探知する事が出来ない。ミティス隊長の調べによるとこの大陸の中心にある迷宮が怪しいとの事だった。



「馬鹿みたいにデカい穴らしいからな」


 

 とりあえず調べてみますかね。そう零しリオドは魔力武装型の魔道具を使って全身黒い鎧で身を包んでいる。まずは迷宮へ行くため、大森林の中に足を踏み入れた。ミティス隊長からの話だと大陸沿岸から2日は掛かったそうだ。ミティス隊長よりも速度で劣る自分であれば約4日、いや5日程度かと考え移動を開始する。高く生え揃った木々に飛び移り枝を移動するように跳躍する。既に何度か魔物を見かけているがすべて無視する。ここで魔物を倒しても大して意味はない。ならば出来るだけ魔力を温存すべきだと考えるからだ。



「ん、なんだ」



 高い枝から跳躍し地面に着地する。地面が僅かに焦げていた。足跡も数名分ある。それに何かを焼いて食べていたようだ。まるでここで野営していたかのように。


「魔人は確かそこまで肉を好んでいなかったはず。主食は確か果物と木の実だったか」


 どうもこの野営跡から想像できる人物は人間のような気がする。どういう事だ。足跡はこの先へ進んでいるようだ。それを見てリオドは考える。果たしてこの足跡の主を追うべきか。それとも当初の目的地を目指すか。

 ここオルデナレニア大森林に人間が来ることはほとんどない。ここの木々は空気中の魔力を大量に含んでいるため硬度が固く、木材として切るにはあまりに不向きだ。そのためこの土地を好んで開発しようとする人間がいないというだけなのだ。


「方角的には少し東に向かっているな。さてどうしたもんか――よし」


 追う。このタイミングでここにいる人間だ。一度確認しておいた方がいいだろう。恐らくそこまで日は経っていないはず。僅かに魔力を漲らせ足跡を追った。


 


 それから何度か同じような野営跡を見つけた。恐らく近い。それにしても随分無防備な連中だ。魔物がひしめくこの森で臭いが広まる火を使って食事を取っている。余裕なのかただの阿呆なのか。まずはそれを見極めるために一度この連中と接触する必要があると考える。跡を辿って跳躍し続けると人の気配を感じた。人数は3人か。前方から敵意のある魔力を感じる。


(見つかったか。探知魔法が得意な奴がいるな)


 移動に必要な最低限の魔力しか使っていないはずだが、なるほど優秀だと考える。どうやら向こうは足を止めたようだ。そのまま接近し少し距離を取った地面に着地した。


「おい、何者だ!」


 3人組のパーティのようだ。男1人、女2人か。女二人を庇うように前に優男が立ってこちらに話しかけている。冒険者達か? なぜここにいる。

 

「その鎧……まさか帝国の人間ではないかしら」

「え! ってことは帝国の騎士ってこと?」


 内心舌打ちをする。魔人の拠点の可能性がある魔大陸に向かうにあたって、完全武装で来たために、こちらの所属がバレてしまったからだ。見た所魔人ではないようだし、普通に話すかべきかと考える。少しの間を開けてリオドは口を開いた。


「こちらは帝国騎士団第九十部隊所属の者だ。魔大陸に逃げ込んだ犯罪者を追っている」


 出鱈目の情報を開示する。



「犯罪者だって? 何をした奴らなんだ」

「窃盗、強盗殺人を行った。情報によるとこの大陸へ逃げたという事で探している」

「僕たちを追っていた理由は?」

「貴殿らの野営の痕跡を見て追っている人間かと考えて追ってきたのだ」

「あーなるほどな」


 そういうと男は頭を掻きながら答えた。どうやら信じたようだ。


「次はこちらの質問だ。なぜここに?」

「それを答える義務があるのか?」

「無論だ。お前たちがこちらの追っている犯罪者の一味である可能性だってあるからな」


 リオドはまず疑う事にした。あくまで架空の犯罪者組織の一員として。普通の人間なら自分の身の潔白を証明しようとするだろう。そこから情報を引き出せないかと考えたのだ。


「――僕たちは依頼でここに来たんだ」

「どこの冒険者ギルドだ? 依頼人は? 何を求めてここにきた」

「話せるわけないだろう。依頼人に対する守秘義務も知らないのか?」

「だったらせめてパーティ名とどこの冒険者ギルドで依頼を受けたか。それだけでいい。その程度なら話せるだろ」



 この時、リオドの過ちは相手をただの冒険者だと考えていたこと。身のこなしや魔力量から察するに、仮に戦闘行為に発展しようとも問題なく制圧できると考えた。はっきり言って目の前の冒険者たちは怪しい。リオドが知る限りここに依頼をだすようなもの好きはいない。なぜならここでしか取れない特産物などないからだ。あるのはただ馬鹿みたいに硬い木と物騒な魔物だけ。もし魔物の素材が必要だとしても目の前の3人の装備は明らかに軽装だ。倒した魔物の素材を運ぶための道具や入れ物など用意している様子もない。仮にここの木を目的にしているなら同様だ。わざわざ奥へ行く必要なんてない。


 このことからリオドの中で目の前の3人はただ依頼を受けてここにきたという線はないと考えている。本当に何か後ろ暗いことをしているのか。あるいは――。


「ティル。もうよくない? 面倒くさいわ」

「そうよ。殺して放置すればその辺の魔物が片付けてくれるでしょ」

「はあ。仕方ないな。あんまりケスカ様を待たせたくないし手早くね」


 。その名前を聞き、リオドの警戒レベルは最大限まで上がった。しかし、遅かった。相手を油断させるため魔力を抑えて不用意に目の前に現れてしまった。身体に魔力が満ちるよりも早く、3人組の1人、赤い短髪の女が短剣を握ってもう目の前に接近している。銀色のナイフが最短距離でリオドの首を落とそうと迫っていた。


「くッ!」


 赤い血液が宙に散った。僅かに後ろに体勢を逸らせナイフを回避した。だが思わぬ情報、予想しなかった速度に反応が遅れ、鎧の隙間を縫うように僅かだが首を切られてしまった。


「へえ! すごい! ティルのバフが乗ったこの一撃を躱すなんて、アンタただの騎士じゃないでしょ!」

 

 目の前の赤い髪に三白眼の目つきをした女に蹴りを放つ。目にもとまらぬ速度の蹴りだが女は余裕の表情でそれを躱す。だがそれはリオドの狙い通りだ。蹴りを放った右足に纏わりつくようにが動き出す。リオドの蹴りを後ろに跳び躱した赤い髪の女だったが、リオドの足に形成された影が質量をもった衝撃波となってその身体へ襲った。

 

「ハハ、ハハハハハッ!! 闇魔法使いか! 珍しいね!」


 

 まるで効いた様子がない女は狂喜するように笑っている。その女とまだ後ろにいる2人を警戒しつつリオドは考える。


(――失態だな。問答無用に背後から襲撃するべきだったか? 首に貰った傷の血はもう止まっている。だがこの身体の感じからあのナイフに毒が塗られているな。そしてケスカ、ティル。この2つの名前から連想される情報。ティルというのは、あの1年前にあったあのケスカ討伐戦のメンバーの1人。報告書によると勇者とあとランドルという冒険者だけが逃げた。その時同行していた残りの冒険者パーティ。そのリーダーの名前がティルだったはず。ケスカに捕まった状態から逃げられたとは考えにくい。つまり――)




 リオドは不調気味な身体に魔力を高め目の前の3人を見る。



「冒険者パーティ、エヴァンジル。そうかケスカの手下にでもなったか」

 

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