第6話 新しい魔法の教師

「はああ!!!」


 拳を振りミティスさんの顔に向けて放つ。それを当たり前のように躱すミティスさん。だけどそれは想定済みだ。自分の背中を風が推すイメージ。ただ魔力で身体強化をしてもミティスさんに一撃与えるなんて出来ない。不意を突かなくちゃだめだ。振りぬいた拳の速度をそのまま維持し、身体を回転させる。風でさらに加速した僕の蹴りをミティスさんの胴体目掛けて放った。


「おや……ですがまだ甘いです」


 二の手として用意していた蹴りも余裕で躱された。でもまだだ。さらに腰を捻り伸びきった足の裏側から同じように風が噴射するイメージをする。通常の体さばきではありえない動き。一回転した僕の身体がまるでコマのように回転しさらにもう残りの足でミティスさんの顔に蹴りを入れる。

 ミティスさんは少し驚いた様子ではあるが、それだけだ。さらに身体を後ろに反らせ躱そうとしている。これでもだめなのか、だったら。



「まだだ!」



 さらに身体を回転させる。既に蹴りを入れるため空中に飛んでいる僕の身体では状態を後ろに反らされてしまえばもう蹴りも届かない。それでも――握っていた拳を開く。虎爪と呼ばれる手の形を取りそれをそのまま下から思いっきり振り上げた。その時、風の魔力を打ち出す。まるでその場にある水を手で弾き飛ばすかのように。



「吹き飛べぇッ!」


 吹き上げる突風がミティスさんを襲う。風で飛ばされるようにミティスさんは後ろへ飛んだ。でもあれは僕の魔力で飛ばされたわけじゃない。自分で後ろに飛んだんだ。くそ、これでもだめか。かなり無茶な体勢で攻撃を連発したため、僕は着地出来ずそのまま地面に身体を叩きつけた。すぐに両手に力を入れて、立ち上がる。そのまま追撃しようと立ち上がると……。



「合格です。ヤマト」

「――っと、え……ご、合格ですか?」


 上手く飲み込めず思わず首を傾げてしまう。攻撃は全部躱されたし、掠ってもいないと思うんだけど。


「当たっていましたよ。ほら」

「あ……」



 ミティスさんが少しだけ裂けた袖口を見せてくれた。


「まだ魔法と呼べる代物ではありませんが、しっかり基礎訓練を続けていた賜物ですね。これなら次の段階へ進んでよいでしょう」

「よかった――長かったー!!」


 そういってその場に倒れる。大の字で倒れながら空を見上げた。正直もう1回やれと言われたら絶対無理な気がする。でもたった一度攻撃を当てるだけなのに半年以上かかった。


「さて、そのままの姿勢でいいので聞いて下さい。今後は私も攻撃を行うようにいたします」

「え? マジですか……あ、いや。戦いだったら当たり前か」

「それと並行で本格的な魔法の訓練も行いましょう」

「基礎課題がまだ終わってませんけど……」

 

 魔法の属性切り替えはまだ10秒かかってしまう。目標の1秒はまだ遠い。6属性一周するのは1分近くかかってしまう。どうしても色をつけた魔力を無色の魔力に戻し、また色を付けるという一連の流れが思ったより時間が掛かる。それ以外は大分形になってきたと思うんだけどな。


「もちろんそれは並行で行います。たださっきの動きを見る限りこちらも初めていいでしょう。さっそく明日から始めましょうか」

「わ、わかりました」

「ほら、いつまで寝ているのですか。起きて食事の準備をしましょう」


 土で汚れた服を叩きながら起き上がり、ミティスさんと一緒に屋敷へ戻った。明日から魔法の訓練。今やっている奴は基礎訓練だったけど、あの口ぶりから考えると多分ゲームやアニメで見るような魔法を教えてくれるのかもしれない。楽しみだ。




 翌日。ミティスさんに連れられ屋敷の外に出た。今回は鎧を装備していないため、当然素顔も露出している。そのためかすれ違う人は必ずミティスさんを視線で追っている。そりゃかなり美人だし目で追っちゃうのも分かるよな。

 

「うわ……すっご」

「見事でしょう。帝都に学園は何カ所かありますが、ここオウスセゲベル魔導学園はもっとも教育環境が充実しています」


 辿り着いた場所は非常に大きな門の前だった。門の近くに守衛のような人もいる。門から見える中には煉瓦で敷き詰められた道があり、噴水やベンチなどが置かれている。よく見れば同じ服を着た人たちが談笑などもしているようだ。さらに奥には大きな建物が複数あり建物の形などもまるでお城のようなすごい見た目をしている。

 

「あの、もしかして僕ここに入学するんですか?」

「いえ。まだ早いでしょう。ただ先日少し話し合いをしがヤマトの教師に適任かと思ったのでこちらに来ました。では行きましょうか」


 ミティスさんと一緒に学園の門をくぐる。関係者でもないのに入って大丈夫なのかと疑問に思ったが、特に何も呼び止められない様子を見ると何かしら許しが出ているという事なのかもしれない。とはいえ、制服を着ていない僕たちはかなり浮ている。ここの生徒とすれ違う度に見られている感じがしてなんだかすごい気になる。



「この中です」

「ここ、ですか」


 校庭を進み、いくつかの訓練場のような場所を通り過ぎてたどり着いた1つの部屋。まるで部室棟のような場所だ。ノックをすると中から女性の声が聞こえる。


「失礼します」

「ミティス様。お待ちしておりました」


 中にいる人物を見て僕は驚いた。


「え? 松良さん……?」



 松良りこ。僕と同じくこの世界に召喚された日本人だ。ここに来るまでに何度もみた学生服を身に纏っており、どうみてもここの学生として溶け込んでいるようだ。


「久しぶりね。来栖君」

「は、はい。お久ぶりです。でもなんで松良さんが?」

「あら聞いてないのかしら。私はユーラ様の弟子になったんだけど、色々この世界について知りたかったからどこかに良い学校がないか相談したの」


 それでここに入学したって訳か。本当にすごいな。


「ちなみに櫓木君もいるわよ」

「えぇ!? 本当に!?」


 その情報はかなりびっくりした。っていうかあれ、もしかしなくても僕以外みんなここに入学してるのか。妙な疎外感を感じるな……。


「では後を頼みました。ヤマトしっかり頑張りなさいね」

「はい。ありがとうございます」


 そうしてミティスさんは部屋から出ていき、松良さんと二人っきりになった。それにしても――。


「本が多いんだね。これってもしかして……」

「私の本よ。正確に言えばユーラ様から貰った本なんだけどね。とりあえず始めましょうか」


 そういって松良さんは部屋の奥に歩いて行った。続くように後ろから後を付ける。奥へ行くとまた扉があり、松良さんはそこの扉を開いて外へ出ていった。後から続くと小さな庭のようになっている。奥には石の壁があり、近くに金属鎧を着た案山子のようなものが置かれている。


「ここは……?」

「ここは私に貸し出された部屋なの。まあ5年後に備えて召喚された立場だからそれなりに優遇されてるのよ。それでここは私が魔法の練習でよく使ってた場所ってわけね。ミティス様から伺ったけど来栖君も魔法関係の才能を貰ったって聞いたけどそうなの?」

「あ……うん。もしかして松良さんも?」


 そういうと松良さんは地面に敷かれたシートの上に座った。それを見習って僕も少しだけ離れた場所に腰を下ろした。


「ええ、そうよ。っていっても戦闘向きの才能じゃないわ。いわゆる治癒魔法に特化した才能を貰ったの」

「えっと治癒魔法? っていうことは傷を治したりできるって事?」

「そう。私の場合、小さな傷はもちろんだけど、も出来るらしいわ」


 欠損部位の治癒って事は、例えば腕をなくした場合でもまた生えてくるって事なのか。


「それかなりすごいですね! 治癒魔法ってそこまで回復できるものなんですか?」

「普通は無理よ。ユーラ様が言うには私の治癒魔法は育てば聖女様の治癒魔法レベルまで伸びるんだってさ」

「聖女様ってのもいるのか。いやでも本当にすごいですね」

「その代わり戦闘はからきしだけどね。それでそっちは?」



 そう投げ掛けられ一瞬考えた。ミティスさんから出来るだけ隠すようにと言われている。でも魔法を教えて貰う以上松良さんには話すべきだろう。それに必要であればミティスさんからも注意されていたと思うし多分大丈夫かな。



「僕はですね――その――」

「勿体ぶるわね」

「――6属性の魔法が全部使えるっていう才能です」


 空気が止まったような気がした。僕の話を咀嚼するように松良さんは顎に手を当てて何か一生懸命考えている。そしてしばらくしたのち……。



「うーん、もしかしなくても6色タイプの混色魔力か。こりゃ色々大変そうだね」

「ははは……」



 何ともいえない複雑そうな表情をした松良さんを見て、僕は苦笑いをした。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る