第3話 最初の手合わせ

 あの後、城を出て外を歩き始めた。ただミティスさんの後ろについて歩いていただけなんだけど、通りすがりの人がみんなミティスさんを見ると立ち止まる。それがどういう意味なのか分からないけど、ただ漠然とすごい人なんだなって感じた。

 そうしてしばらく歩き、城の近くに停めてあった馬車に乗った。初めて乗った馬車は車と違いかなり揺れて、しかもお尻がすごい痛かった。車酔いが酷い体質だったら絶対乗れないなと思う。城の外は圧巻の一言だった。異世界というとヨーロッパ風の建物のイメージしかなかったのだが、正直日本の都心と言われてたら勘違いしてしまいそうなほど文明は発達していた。


 なんせ車みたいな物が走っているのだ。上下で道が分かれており、下の道は変わった形の車が光りを放ちながら走行している。そして上の道では人と馬車が往来している感じだ。


「あれは車ですか?」

「ああ、あれは魔導車と呼ばれる乗り物です。整備された道でないと走れないため、ここヴラカルド帝国でしか使われていない魔道具ですね。どうしてもこの国は広大なため、市民区での移動などはどうしても必要になります」


 ならなんで普通の馬車が残っているんだろう。


「ならなんで普通の馬車が残っているんだろうって顔をしていますね」

「え!? いやその……はい」

「ふふ、魔導車に乗っているのはほとんどが市民の人で馬車をいまだ使用しているのは貴族くらいなのです。貴族のいる区画は城の近くですからね。馬車で十分移動できる距離ですし、なにより風情があるからだと聞いています」


 すごいな。本当にファンタジーの世界って感じがする。


「もしかして他の国もこんな感じなんですか?」

「他国ですか。あとで地図も見せますがここヴラカルド帝国はこの世界でももっとも強大な国の1つです。魔道具の技術も他国より抜きんでているのは間違いありません。そのため、ここまでの技術力を持った国は間違いなくここだけですよ」

 


 ここまで発展した文明だともしかして銃とかも普通にありそうだな。っていうか馬車乗っているってことはミティスさんって貴族なのかな。それを聞こうか迷っているとどうやら到着したようだ。馬車が止まりそこから降りると大きな屋敷の門の前にいた。


 

「あの……ここは?」

「私が現在住んでいる屋敷です。今日からヤマトにもここに住んでいただきます」

「え? は?」

「住む場所がないのは問題ですし、どうせなら一緒に訓練した方がいいでしょう。使用人もほとんどいませんので汚れていますが好きな部屋を使って下さい」


 

 2階建ての屋敷の中に入る。明かりがないため暗かったのだが、ミティスさんが入口にあるボタンを押すと屋敷の中が一気に明るくなった。電気だろうか。


「これは魔灯というランプみたいな物だ。魔力を流すと明るくなる鉱石が仕込まれているんだよ」

「電球みたいです」

「でんきゅうですか。落ち着いたらヤマトのいる世界の話も聞いてみたいものです。さて付いてきてください」

「はい!」


 屋敷の1Fの廊下を歩き1つの扉を開いた。そこは10畳くらいの広い部屋が広がっている。少し埃っぽいが綺麗な部屋だと思う。


「窓を開けた方がいいですね。ではヤマト。今日からここを自由に使って下さい。さて、早速ですが、運動出来る格好になったら庭へ来るように」

「わかりました!」


 とはいっても運動着なんてない。少し考えてブレザーを脱いで、シャツを腕まくりするだけにしてそのまま庭へ向かった。すると既に先にいたミティスが僕の姿を見ると声をかけてきた。


「来ましたね。では始めましょうか」

「えっと何をするんでしょうか」

「まずあなたの基礎体力を見たいので、好きに攻撃してみてください」


 攻撃、殴りかかれって事だろうか。相手は戦闘のプロだというのは分かっている。でも――。


「優しいですね。きっと貴方の世界は平和な世界なのでしょう。でも今その優しい心は潜めなくてはなりません。そうですね。ではこうしましょう。”アルス”」


 ミティスさんがそう呟くと僕の身体を何かが覆った。自分の手で身体を触ろうとすると何か厚い膜があるみたいに触れられない。よく見るとミティスさんの身体にも同じように何かが覆っているようだ。


「これは……?」

「私は風属性の魔法が使えるのです。今のは風の防護魔法の1つですね」


 ――魔法。いよいよファンタジーって感じがしてきた。ずっと緊張のため早く鼓動していた心臓が今は違った意味で早く鼓動している。


「互いにこれを纏えば攻撃しても直接身体には当たりません。さあこれで心配する要素は消えました。いつでもどうぞ」


 ここまでお膳立てをされたんだ。やってみよう。鼻から精一杯息を吸い、ゆっくりと吐く。そして息を止め――。


「――行きます!」




 拳を握り走り出す。土を蹴り、ミティスさんに肉薄した。喧嘩はしたことがない。でも剣道で何度も相手とぶつかってきたんだ。一撃くらい入れてやる!


「はぁッ!」


 出来るだけ大振りにならないように右足を大きく踏み出しボクシングでよくやるようなジャブを左で打ち込む。握った左の拳がミティスさんの身体に当たる――そう思った瞬間拳が空を切った。行き場を失った力を持て余し、体勢が崩れる。驚いた、あの一瞬で躱したのか? ミティスさんが避けた方向にすぐ右の拳を打ち込むがまたそれも空を切る。まるで消えるような体捌きに身体が追い付かない。


「いいですね。しっかり視えているようです」


 そんな涼しい声が聞こえるがそれどころではない。いくら拳を振るってもまるで当たる気配がない。これも魔法なのかと思ったが良く見るとミティスさんはただ僕の攻撃を避けているだけだ。特別なことをしているとは思えない。だったらッ!


「やぁああッ!」

「おや」


 左の裏拳を寸前で止め、そのまま腰を落とし身体を回転させ右の肘打ちに切り替えた。拙いフェイントだがやらないよりはマシだと思った行動だったが、それもバックステップで躱された。さらにそのまま軸足にしていた右足に力を籠め地面を蹴る。そのまま身体の回転を生かしたまま左足のハイキックをミティスさんの頭目掛けて放つ。


「大分積極的になりましたね」


 くそッ! また掠りもしなかった。それからどれだけ時間が経過しただろうか。避けるミティスさんを追いかけるようにひたすら拳を握り、蹴りを放ったが触れる事さえできなかった。僕の考えは甘かった。一撃入れる? とんでもない。触れる事さえ叶わないなんて!



「はぁはぁ……」


 肩で息をしながら流れる汗を拭う。部活でずっと走り込みだってしていたし、数時間稽古してもここまで疲れた事はない。だというのにミティスさんは汗1つかかず涼しい顔をして僕を見ていた。


「安心しました。とりあえず及第点といった所でしょう」

「掠りもしなかったんですが……」

「ふふ。こう見えても私はそれなりに強いのですよ。とりあえず1年以内に私へ一撃与えることを目標にしましょうか」


 実際に対峙してみて良く分かった。やっぱり僕の心配はおこがましいものだったんだ。相手が綺麗な女性だからといって違う世界で戦いに身を置いている人なんだ。力量に差があって当然。でも――。



「もっと短い期間で一撃入れます」


 

 ――僕は負けず嫌いなんだ。




 そう僕が言うと今日初めてミティスさんの笑顔を見た気がした。

 

 

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