第10話 Passion fruit (5)

閑話休題

 このころ、芽森と明里は、例の燃えた少女を探すべく、隣町へと続く4つの道の一つで張り込みをしていた。電柱に隠れ、左右を見回すさまは、典型的な刑事ドラマのようである。明里は先ほどぶつけた箇所が未だに痛むようで、肩を擦ったり回したりを繰り返していた。芽森が心配して声をかけると、彼女は心配無用といった様子で、笑いながら手を横に振った。耳が少し赤くなっている。

「ごめん、センシティブだった? 能力の話って……」

「いやいや、そういう訳じゃないんだよ?ただなんか変な感じがして……。何気ない仕草で人に話しかけられることなんてあんまり無かったから」

 そういって彼女はころころと照れ笑いをこぼした。機械すら認識できないほどの影の薄さである彼女は、長い年月で自然とパーソナルスペースが広くなっているのだろうと芽森は考えた。実際明里は、自身すら気づかない詳細な所作を他人に見られているとき、美術品を眺めながら呟いた独り言を聞かれたような、更衣中を見られてしまったような、そのような気恥ずかしさがあった。

「……だからと言って嫌なわけじゃないんだけど」

明里はたどたどしく呟いた。ただ芽森には聞こえていなかったようで、老朽したコンクリートの道の奥にある曲がり角を丹念に眺めていた。

「平和だねぇ……」

 しばらく場を眺めて、芽森は困惑しながら言った。明里が無言で頷く。コンクリートの道には、左右にある桜の木から舞い落ちた花びらがカーペットを作っており、ブロック塀の上ではこぎれいな毛並みを持った野良の三毛猫があくびをしていた。まさに絵画に描いたかのような平和である。

「いや、嵐の前の静けさってやつかも」

「そうかなあ……」

 芽森は腕を組んでうなった。静かな道に衣服のこすれる音が響く。眠そうにしていた野良猫はその音に一瞬耳を傾けたが、然したることではないとまた耳をたたんで目を細めた。

「アンパン食べたいなぁ……」

「買ってこようか?」

 芽森がぽつっとこぼした言葉に反応して、明里は彼の顔を覗き込んで言った。

「ん? いや、大丈夫だよ。張り込みと言えばアンパン、みたいな拙い連想ゲームの延長線で呟いただけだから。……ってお店で買い物できるの? センサーにすら認識されない時があるのに?」

「うん。商品持って、レジにおいて、店員さんの顎を2,3回叩いたり、眼に向かって思い切り手を振ったりしたら流石に気づかれるよ。でも時々ご年配の方には気づかれないことがあってね、その時は髪の毛を引き抜くんだよ!」

 明里は腕を大きく上下させ、元気よく言った。

「えらくアグレッシブ……! やめてあげて……」

「大丈夫でしょ。一本くらい。減るもんじゃないし」

「減るものだよ? あの国民的アニメを見たことないの!?その一本が命より大切な人なんてごまんと……」

 両手を広げながら明里に訴える芽森。しかし、明里は少し焦った様子で横を見るようハンドサインをしていた。

「どうし……あっ」

 そこには興味ありげに芽森に指をさす子供と、その子を必死にかばう母親が奇怪な目で彼を見ていた。芽森がその母子を見ると、母は怯えたような驚いたような声でそそくさと去っていった。

「そうか……普通の人には明里ちゃんが見えないから、僕一人が独り言で盛り上がってるように見えたのか……。もうだめだ、鬱だ……。張り込み辞めたい……」

「張り込みは忍耐だぞ」

 明里が芽森の肩を叩く。

「その原因の半分は明里ちゃんなんだけどね……」

 芽森はため息をつく。それに呼応するように春風が大きくうなり、しゃがみこんで落ち込む芽森の髪と、明里のスカートを揺らした。その風に反応して、桜の花びらが多量に落ち舞い、彼らの視界を遮った。

「ん……?」

 その遮られた視界の隙間から、明里は、何かから必死の形相で路地裏へ逃げる壮年男性を目撃した。やややせている男で、服はカジュアルの度を越しだらしがなく、顔は醜く歪んでいた。その歪みは表面上のものではなく、何か精神の作用で、醜い精神が顔に反映されたかのような、にじんだ醜さを明里は感じた。

「見つけたかも」

 明里が小さく、それでいて強い口調で芽森へと伝えた。

「本当に!? ごめん、僕花びらで何も……」

「私も花びらの隙間からしか見えなかったし、男の人しか見えなかったから確証はないけど、でも、尋常じゃない様子だったから……。えーと、そうだ! 鉄球! 直虎くん、鉄球見てみて!」

 芽森はポケットに入れた金属球を素早く取り出す。

「ビンゴ! 赤くなってる! 明里ちゃん、男性はどこへ?」

「あの路地裏の方に行った!」

 明里が路地裏への道を指さし叫ぶ。芽森はそれに従って駆け始めた。









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