第7話 自分で設置した罠にハマるとか、実に滑稽だ。
審判の試合開始の合図と共に試合が始まった。
サーブ権は北義高校から。
対戦相手は南ヶ丘高校という所で昨日鈴葉が言っていたがお世辞にも強いとは言えないらしい。
そのせいなのか鈴葉やアナスタシアさんの姿はコート上には無く、代わりに俺と同じクラスの人や鈴葉の友達がコート上に居た。
スタメンの体力温存の為に二軍を使っているのだろう、もし点差がついたら一軍と交代。
そんな戦法だと思う。
試合は進み、結局北義高校が勝利を収めた。
対戦校の南ヶ丘の選手はお礼の後、泣いている選手の姿があり少し心に締め付けを感じた。
弱いと言っても3年生からしたら今まで練習してきた成果を出す最後の試合。
それが初戦敗退となるとかなり心に来るのだろう。
「試合凄かったですね!」
隣で見ていたジナイダさんに話しかけられた。
試合中、お互いに集中して見ていた事もあって高体連を見に来た理由などを探られることは無かった。
だが、北義高校はこれから休憩に入る。
トーナメントの駒を一つ進め、次の試合は午後から。
時刻は11時。
暇な時間が出来るためここから何か談笑をする可能性が非常に高くなる。
「そうだね、これからどうしますか?」
とりあえず、予定を聞いて上手いように切り抜けるしかない。
もし切り抜けられなくても地雷を踏まないように気を付けるしかない。
「私はこのまま次の試合まで待とうかなと。恭吾くんが暇ならぜひお話したいなって……」
上目遣いで両手で願うようにジナイダさんは俺にお願いをしてくる。
ぐっ、反則級の可愛さだ。
いつもの俺ならすぐに『すみません、この後予定が……』って言うのに、断ったらジナイダさんが泣いてしまうかもしれない、そんな衝動に駆られてしまい俺は「良いですよ」と紳士的に言った。
それに自ら地雷を踏みにいかないように気を付ければ何も問題ない、俺はそんな事を安易に考えギャラリー席にジナイダさんと座った。
「それで、恭吾くんはどうして高体連を見に来たんですか?」
早速マズい質問か、でもこれはまだ何とかなる。
「少しバレーに興味があってですね、せっかく高体連があるなら見に行こうかなと。男子バレーが見たかったんですけど、開催場所が遠いですし……」
「あーそうですね。確か北山の方でしたっけ?」
「はい、北山の市民武道館ですね」
北山市は俺の住む町、北垣から4、50㎞離れた市町村。
市なだけあって、人口も多く町も発展しているが北垣からは電車を使っても1時間ほど掛かる。
これは嘘ではなく本当の話で、開催場所が遠くて助かった。
「なるほど、てっきり女の子目当てかと思いましたよ~」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらジナイダさんはおちょくるように話してくる。
まあ確かに女の子(義妹)目当てだから間違ってはいないけどな。
「そんなわけないですよ。それに俺は恋愛とかはする気はないですし」
「なんでですか?」
「自分の事で手一杯なんですよ。掃除とか洗濯とか身の回りの事は自分でしようと思ってるんで、遊ぶ時間とかもないわけじゃないですけど少ないですし」
これも嘘。
身の回りの事は自分でやってるし何なら鈴葉の分もやっているが、遊ぶ時間は山ほどある。
だって、帰宅部だから。
今日だって朝早く起きただけで、それ以外はちゃちゃっと弁当と朝飯作って洗濯機回したり皿洗ったりして終わりだ。
「へえ、凄い!私なんて洗濯も掃除もお母さんに任せきりで……」
「いや、それが普通だと思います。なんか偉そうになっちゃいますけど、今から身の回りのことを全部自分でやってる人なんてそうそういないと思います。だから、あまり心配しなくても大丈夫だと思いますよ?」
「そうかな……」
ジナイダさんは少し不安そうな表情を作った。
俺の言葉で不安にさせてしまっただろうか、でもこれは秘密を守り抜くため。
すまないジナイダさん。
てかふと思い出したが、ジナイダさんってなんで俺のLIMUを入手したんだっけ。
少し考えて思い出した。
『お近づきになりたいと思いクラスメイトの光永くんからLIMUを貰ったのですが……』
あいつやりやがったな。
光永こと光永瞬希は俺と鈴葉の中学時代の同級生。
因みに俺と中学が同じで北議高校に入学することになったのは鈴葉と瞬希だけ。
瞬希とは中学時代は仲が良かった。
だが高校に入り、クラスが別れてしまった事で絡むことも無くなり今ではこれと言った絡みは無い。
入学当初友達が出来なかったから瞬希を頼ろうと3組の教室に行ったが、瞬希はすでに友達を作っていてその中に入るのは申し訳ないと思い教室に引き返した思い出がある。
「えっとさ、ジナイダさんって瞬希と友達?」
「えっと、光永くんとですか……?」
「うん」
「そうですね、私は友達と思っていますが相手がどう思ているかは分かりません」
「なるほど。その、失礼な事を聞くかもしれないんだけどジナイダさんって瞬希以外に友達っている?」
なぜこんな事を聞くのかというと、普通に考えてこんな髪色の子がいるならば学校中で噂になるはずだ。
アナスタシアさんがいるせいで、噂の効力は多少は弱まるかもしれないがそれでも一年生の間では噂になるはず。
それなのに俺はジナイダさんの噂を聞かなかったし鈴葉もアナスタシアさん以外の金髪の子がいるなんていう話も一度もしていない。
「凄いですね、恭吾君は」
「どういうことだ?」
ジナイダさんは語る事が恐ろしいのか唇を噛み締め、口を開くのをためらった。
この一カ月で何かあったのだろうか。
噂が立たなかったことと何か関係があるかもしれない。
「その、なんていうか、イジメみたいなものに会いまして……」
「うん」
「大したことではないのですが入学当初あなたを探すために友達を作り、情報を伝えて探し出そうとしていたんです。でもそれが悪手となってしまったようで、仲間外れみたいなことをされたり陰で髪の毛の色をいじられるようになったんです」
つまり俺のせいか。
いや一番悪いのはイジメる奴だろう、だが俺があの時名乗っておけばジナイダさんが辛い思いをすることは無かった。
俺はジナイダさんの方を見て、深々と頭を下げた。
「すまん、俺があの時名乗ればジナイダさんがイジメられることは無かった」
「いやいや、謝らないでください!今、こうやってお話しできてるだけで私は嬉しいんです。それに瞬希くんとも時々LIMUでお話させてもらって、あの時恭吾くんが名乗ってたら瞬希くんとは仲良くなれなかったかもしれませんし……」
「それでも、ジナイダさんが辛い思いをした事には変わりは無い」
きっとジナイダさんはこの一か月間、友達も出来ずイジメられる日々を過ごしていたと思う。
確かに俺と状況は似ている、でも心理状態は明らかにジナイダさんの方が悪い。
申し訳なさすぎて、俺は何をすれば償いになるのだろうか。
「俺に償いとして何かさせてほしい。出来る範囲なら何でもする」
「えっ、急にそんなこと言われても……」
ジナイダさんは少し考えるような素振りを取り、答えを出した。
「じゃあ、私にご飯を作って下さい」
「えっ……」
「出来る範囲なら何でもしてくれるんですよね……?」
「そうだが、どこでやるんだ?」
「もちろん恭吾くんのお家ですよ」
はっ、地雷を踏まないように気を付けていたがまさか自分で設置した地雷を踏むとは。
俺はバカだ、大バカ者だ。
この状況で拒否権なんて通用するわけない。
せめて時間を稼がなければ。
「今日ですか……?」
「そうですね……お腹も空いてきましたしバレーの試合も3時からでしたね。恭吾くんは暇と言っていたので今からお邪魔しても問題ないですよね?」
終わった、時間稼ぎの道すら塞がれた。
この状況で無理に逃げようとするのは良くない。
それに鈴葉はバレーで居ないし、何なら絶好の機会だ。
鈴葉の私物を隠しながらやれば何とかなるはず。
「わかった。昼ご飯を食べたらここに戻って来る、それで良いな?」
「はい、もちろんです」
俺とジナイダさんは席から立ち上がり、スポーツセンターを後にした。
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