第6話 人間とは一瞬の出来事で立場が逆転する。

 スポーツセンターの隅の方にある休憩所。

 そこに少女を連れて、設置されているベンチに座った。

 少し強引だったかもしれないと思いながら俺は少女の方を見た。

 そこには恥ずかしかったのか両手で顔を隠し、プルプル震えている少女の姿があった。

 俺は焦り、少しきょどる。


 「あっ、えっとその、ごめんなさい……」

 「い、いいんです……私が不慣れなせいで……」


 お互い喋らず沈黙が出来てしまい気まずくなる。

 気まずさのあまり逃げ出したくなってしまうが、逃げだしたらせっかく声を掛けてくれた少女に申し訳ない。

 俺は勇気を出して少し話をしてみる事にした。


 「えっと、ジナイダさんでしたっけ?」

 「は、はい」

 「何か用があって俺に話しかけてくれたんでしょうけど、まずはお互いの事を知りませんか?自分もあまり状況が飲み込めてないので……」

 「そ、そうですね。先走っちゃってすみません……」

 「そんな、謝らないでください」


 ジナイダという少女は俺の方を見ると小さく頭を下げ、謝ってきた。

 なんだか悪い事をした気分になってしまう、なにも俺は怒ってなどいないのだが。


 「じゃあまず俺から。俺は伊藤恭吾、北義高校に通っていて一年生です。クラスは4組」

 「改めまして、私の名前はジナイダ・ペルコフタ・山之内。簡単にジナイダと読んで頂けると幸いです、恭吾くんと同じく北義高校に通っていて学年は一年生、クラスは3組です。今日はお姉ちゃんの高体連を見に来ました」

 

 姉か、確か鈴葉からバレー部に高身長で金髪の三年生の先輩がいるって聞いていたがまさかその人か?

 

 「なるほど。えっとじゃあ聞きたいことがあるので聞いても良いですか?」

 「はい、答えられる範囲なら」

 「俺を探していたと言っていましたが、なぜ俺を探していたのですか?」

 

 ジナイダさんは唇を嚙み締めた後、少し恥ずかしそうに話し始めた。


 「それはですね、入学式の日に私がお姉ちゃんとはぐれてしまって迷子になってしまったんです」

 「はい」

 「それで、迷子になって不安になって泣きそうなになっていたところ一人の少年が私を助けてくれました」

 

 ここまで来たら分かる。

 これは俺が思っていた入学式の日の出来事だ。


 「一緒に楽しく話して学校に行って、名前を聞こうと思ったのですが『じゃあ、もう迷子にならないように』と早々に立ち去ってしまって名前をお聞きできなかったのです」 

 「はあ」

 「それでまずはクラスメイトと仲良くなり、特徴をお伝えして探し出した結果恭吾くんが該当したというわけです」

 「ふむふむ」

 「それで、ぜひお近づきになりたいと思いクラスメイトの光永くんからLIMUを貰ったのですが……」

 「ブロックされてしまったと」

 「そうです……って、なぜブロックした本人がそんな事言うんですか!」

 「いや、だってねぇ……」


 そりゃ、急にLIMU追加されて変な宇宙人みたいなキャラが『仲良くしろや』とか言ってるスタンプ送られたら、普通怖くてブロックするでしょ。

 え、するよね?

 俺が普通じゃない可能性も出て来たな、これ。


 「私、ブロックされて悲しかったんですよ……?」


 優しそうな声が一転して、ジナイダさんの声は震えていた。

 気まずくて顔を合わせていなかったが、顔を上げてジナイダさんを見てみると寂しそうに泣いていた。

 どうすれば良い、俺は一人の少女を泣かしてしまった。

 どうにかして慰めてあげなければ。


 「いや、LIMUを追加した理由も分かったし俺に近づきたかったっていう理由も分かったから、その泣かないで?」

 「ぐすっ……すみません……」


 俺は急いでスマホを取り出し、ジナイダさんに画面を見せた状態でLIMUのブロックを解除した。

 これで泣き止んでくれると良いのだが……


 「ほら、解除した。これからは全然気軽にLIMUしてくれて良いから」

 「ぐすっ……すみません。お気遣いありがとうございます……」

 「その、ごめんね。ジナイダさんが俺の事を必死に探しててくれたのに、俺はジナイダさんの傷つけるような事しかしてない」

 「そうです、あなたは悪い人です」

 「ああ、俺は悪い人だ」 

 「だから今日の高体連、最後まで一緒に見てくださいね?」

 「……」


 ジナイダさんは半分泣きながらとんでもない要求をしてきた。

 マズい。

 俺の中では「LIMUのブロック解除をして後日お詫び」っていう予定で行こうと思っていたのだが、完全に流れを持って行かれた。


 一緒に見るとなるとかなりの長時間拘束される。

 別に時間は良いんだ、俺は一日中暇だし。

 でも、何がマズいかって試合観戦中にプライベートの事を聞かれたりすると回避不能だ。

 そもそも、なぜ俺がここに居るのかをジナイダさんはまだ知らない。

 普通に考えてクラスで孤立し他クラスにすら友達がいない人間が、バレー部の高体連を見に来るなど下心の他に何がある。

 

 これは終わったかもしれない、すまん鈴葉。

 お兄ちゃん、ダメみたいだ。

 いっその事、ジナイダさんには鈴葉と兄妹だという事を教えてしまうか。

 いやでも、ジナイダさん経由で鈴葉との関係がクラスにバレる可能性が出てくる。

 

 「あの、どうかしました?」

 「いや、何でもないです。行きましょうか……」

 「はい!」


 ジナイダさんが立ち上がったので、俺も立ち上がり重い足取りでスポーツセンターの中に入った。


 ~~~


 「みんな~!行くよ!」

 「「木全きまた、最高に決まってる!!」」


 試合開始前なのか円陣の声が聞こえてきた。

 木全高校は俺の通ってる北義高校の近くにある高校。

 木全とは毎年練習試合はもちろん、合同合宿だって行っている。

 言わば共に力を高め合った良きライバル。

 一応中学の時の友達が木全高校に行き、時々連絡を取り合っているため少しだけ詳しい。

 

 

 「二階のギャラリーに行きましょうか、そっちの方が良く見えます」

 

 ちょこちょこと走り、ジナイダさんは階段まで行ってしまった。

 俺とジナイダさんで20㎝ほど身長差がある。

 俺は174㎝あるがジナイダさんは俺が見る限り150㎝前半。

 鈴葉も160㎝ほどあるため、小さいジナイダさんは俺からすると新鮮で小動物感があって可愛く見えてしまう。

 

 二階のギャラリーに移動すると奥の半面で北義高校が試合前のアップ、手前の半面では先ほど話題に出した木全高校が試合をしていた。

 木全の試合には目も触れず、ジナイダさんは奥の方でアップしている北義高校を見に行っていた。

 俺もその姿を発見し、そこに向かった。


 「あっ、お姉ちゃんいる!」

 

 着いて早々ジナイダさんが声を上げた。

 ジナイダさんが指を指す方向にはジナイダさんほどの濃い色ではないが、金髪の女性がいた。

 鈴葉よりも短いショートカット、身長は遠目から見ても俺より高いのではないかと思わせてくるほどの高身長。

 多分、177㎝ぐらいはあると思う。


 「あの、お姉さんの名前はなんて言うのですか?」


 考えてみたら、鈴葉から金髪の先輩がいるという事は聞いていたが名前を聞いていなかった。

 せっかくならば知っておきたいと思い、俺はジナイダさんに聞いてみる事にした。


 「お姉ちゃんの名前?」

 「はい」

 「お姉ちゃんの名前は、アナスタシア・ペルコフタ・山之内。友達からはそのまま『アナスタシア』とか『アナ』って呼ばれてます。私はそのままお姉ちゃんって呼んでますけど……」

 

 アナスタシア、かっけぇ。

 そんなのアニメとか映画とかでしか聞いたことない。

 俺は何故か高揚感に包まれ、有頂天になってしまった。

 てか、アナスタシアさんって実在するのか。

 そこにもビックリだな。


 「アナスタシアですか、カッコ良いお名前ですね」

 「お姉ちゃん的にはもっと可愛い名前が良かったらしいですけど」

 「例えば?」

 「んー、お姉ちゃんが言っていたのは『クリスティーナ』とか『アレクサンドラ』とかですかね」


 またどちらもカッコ良い名前だと思うのだが。

 やはり国によって感性が違うのがなと思った。

 

 北義高校と対戦校のアップが終わったのか、選手たちが並び始めた。

 体育館に緊張が走り、俺も鈴葉の方に視線を向けた。

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