第30話 アゼルピーナ達をかいくぐって到着しましたゼライアの街

 眼前を埋め尽くすのは、多種多様な獣、獣、獣……。


 アフア領の前に展開していたゼライア軍が街に到達した時には、街を囲むように無数の獣が跋扈していた。


「これは、すごい……」


 僕は言葉を失う。

 これほどの数のアゼルピーナ。

 大小様々な獣は統率をされないまま、好き勝手に街を包囲しているが、その数は恐ろしいばかり。

 この対戦の勝利条件は何だ?


「それでもぉ、ゆっくり構えている時間はぁ、ありませんよぉ?」


 参謀役のイリカさんが注意喚起をする。

 そう、後背からは狼王率いる軍が近づいているのだ。

 メンデラツィアから入ってくる情報によると、おそらくあと二日もすれば到達するはず、悠長に構えている時間はない。


「おそらく少年アルディナの目的は少女オリアだから、少年アルディナに引き渡せばアゼルピーナ達を退いてくれる可能性は高いけれど……」


 なぜ少女オリア少年アルディナから距離をおいたのか?

 二人が出会い、元の鞘に戻ることで何が起こるのか?

 そもそもアゼルピーナを支配する力に目覚めた少年アルディナをそのままデブラルーマの魔丘に戻してもよいものなのか?


 様々な懸念から、簡単にその決断はできない。

 何よりも、少女オリアに仕える豹のアゼルピーナが黙っていないだろうから。


 相変わらず、情報が少ない。

 しかし、少ない中でも、決断をして行かなくてはならないのだ。

 僕は、通心の晶石を握りしめながら、眼前に展開された状況を眺めやった。


***


「ただいまとうちゃくしましたぁ!!」


 アゼルピーナ達の壁を突破して街を囲む城壁の内側に駆け込んだのは、到着してから二日目の夕刻。

 明日には狼王の軍勢が到着しようという、極めて際どいタイミング。


 度重なるぶつかり合いにゼライア軍も大分削られたが、それでもなんとか城内に駆け込むことには成功した。


「大変だったな。

 お疲れのところ悪いのだが、時間がない。明日に向けた会議に参加してもらって良いかな?」


 わざわざ副長官たるアラフアさんが出迎えてくれて、しかも超過労働のお誘いまで受けてしまう。

 はいはい、良いですよ!

 寝てたら負けちゃうもんね!


「アラフア様ぁ!!」


 この軍旅中、ずっと塞いでいたパルテさんがアラフアさんの胸に飛び込んで頬擦りをしている。

 苦笑しながらも頭を撫でているアラフアさん。


 アラフアさんとパルテさん。

 ヒィズさんとイリカさん、それに僕。

 ヤキンツァ爺こそいないけど、このメンバーが揃えば、どんな障害でも乗り越えられるのではないか。

 不思議と、そんな気すらしてくるのだった。


***


「ひいぃぃっ!?」


 アラフアさんに続き、会議室に足を踏み入れたところ、灼き殺されるのではないか?そう思えるほどの視線を向けられて、完全に萎縮してしまう。

 視線の元を辿り見出だしたのは、この会議場で一番偉そうな場所に座る、凛とした紳士。

 事前の話から察するに、かの紳士こそアラフアさんのお父さんであるプラナさん。凄まじい程の殺気を放っている。

 そうか、戦争中の軍議とは斯様かように殺伐とした空気の中で行われるのか。


 改めて僕は気を引き締める。

 そうだ、この戦い、絶対に負けられないのだから。


「……しばらく見ないうちに、それなりに見られる顔つきになりましたね?」


 聞き覚えがある声。

 この声、ソルディナさん?


「なぜ、ここにソルディナさんが?」

「私は魔術組合の長にして軍と提携した魔戦研究を担当しているのです、当然でしょう」


 心底馬鹿にしたような表情のソルディナさん。

 隣でじゃらりと鎖の音が聞こえる。


「遠路、わざわざこの街のために駆けつけたココロさんに向かって何ですか、その顔は。刺しましょうか?」

「はん、犬コロの分際で何を息巻いているのですか?

 躾が必要なら鞭を打ちますが、いかがかしら?」


 殺伐とした会議場に流れる本気の殺意の応酬。ちょっとヒィズさん!?


「ソルディナさぁん、長旅のあと、すぐに来たんですよぉ? もう少し、気を使ってくださぁい?

 ヒィズさんも、いきなり抜かないで下さいねぇ?」


 イリカさんの制止が入る。

 ヒィズさんは目を瞑り、ふん、と鼻息を荒げて、ソルディナさんはぷい、とそっぽを向く。

 なんか、懐かしいやり取り。帰ってきたんだなぁ、と実感する。


「ソルディナさん、ちょうど良かった。例の、『なんぱむ砲』の配備は、どんな具合ですか?」


 なんぱむ砲。『なんちゃってナパーム弾を発射する砲台』の略称。アウスレータとの決闘でメンデラツィアを苦しめた決戦兵器。

 われながら酷いネーミングセンスだが、それと分かる人はここにはいないから良いのだ。


「現在配備可能な銀火搭なんぱむ砲は九搭。弾はおよそ七百程度。

 急がせましたが、これが限界でした」


 凛として答えるソルディナさん。

 こう言う時の貫禄は流石と思える。

 ちなみにソルディナさんは「なんぱむ砲」という言葉を嫌って、独自の名前を付けて呼んでいる。そして表向きの発明者はソルディナさんなので、実は正式名称はそちらが採用されているのだ。悔しい。


「ふん、緊急事態なのですから、千くらいは用意して欲しかったですね」

「お黙りなさい、小娘。なんなら、今この場で火弾なんぱむ弾を食べさせてあげてもよろしくてよ?」


 やめてください、それをやられては首脳部全滅ですから。

 とにかくソルディナさんとヒィズさんは、どうにも相性が悪い。初対面がアレだから仕方がないのだけど。

 むしろ、諦めて受け入れてしまっている被害者の僕の方がだらしないのかも知れない。


「ヒィズさぁん……」


 イリカさんがジト目で睨む。

 ヒィズさんが首を水平方向にくるんと回して視線を避ける。

 二人ともちょっと可愛い。


 そんな様子を眺めていたアラフアさんが、少し困った表情でククク、と笑う。


「君達を見ていると、どうにも肩の力が抜けていいな。

 だが、時間がないのだ、そろそろ今晩以降の具体的な話をしたいものだ。

 ココロ君、君に腹案はあるかな?」

「はい、アラフアさん。

 まず、なんぱむ砲を城壁に据え付けましょう。それも早急に。

 これで戦場を掌握します。

 実際の運用に関しては、イリカさん、お願いしますね」


 人間演算器のイリカさんによる戦略的、戦術的な砲撃の実力は、アウスレータとの決闘で実証済み。

 天候、風向き、湿度、敵部隊の配置と動き、敵将の配置と指示系統。

 全てを計算して、碁盤に石を置くように的確になんぱむ弾を撃ち込み、戦場を掌握する。

 僕が森の中でアウスレータと単独で対峙できたのはイリカさんの打ち手のお陰。決闘におけるMVP。

 その手腕を今回も発揮してもらう。


「わかりましたぁ。でも、時々は様子を見に来てくださいねぇ」


 控えめにニコリと笑いかけてくれる。陣中見舞いくらいならいくらでも、ですよ!


「彼女が攻撃支援の要です。

ただし、対アゼルピーナ戦では弾の消費は百を上限としてください」


 本番はそこではないのだ。


「あと、僕がソルディナさんに殺されかけた、大鬼傀儡。あれは門扉の裏に配置して、扉を押さえさせて下さい」

「私の傑作を、そんな門の支えみたいに使うなんて……」

「あれはエネルギー効率が悪すぎるんですよ!」


 しょんぼりするソルディナさん。

 さりげない僕の嫌味は彼女には届かないようだ。

 あの重量火砲兵器は、侵攻の阻害と狭隘地での集中砲火に絶大な威力を発揮するから、そんなに気を落とさないで!


「あとは人形傀儡ですが、あれは壁上に配置して、煮えた油や火の玉なんかを降らせて下さい。

 単純作業に強く、人間の持てないものを持ち、遠距離攻撃に対して頑健な特性を活かします」

「なるほど。

 防御と支援はそれで効果が出そうだな。

 攻撃には何か進言はあるかな?」

「対アゼルピーナ戦で攻撃は下策と見ました。防御に徹して、有利な地形で相手を削るのが宜しいかと思います。

 後は、ウチのぎょく――少女オリアから決して目を離さないこと、くらいでしょうか」

「しかしそれでは、当座は負けなくとも、いずれ行き詰まるのではないか? そこはどう考える?」


 それについては、僕にちょっと考えがある。

 でも、この場では言えない。アラフアさんには理解してもらえても、その他大勢に受け入れられないかも知れないから。

 だから僕は少し悪そうにニヤリとアラフアさんに笑いかけながら、含みを持たせて言うのだ。


「それについては、僕に考えがありますので、実行する権限の承認を頂きたいのです」

「ほぅ? いいだろう、具体的な内容は後程聞かせてもらおう」


 予想通り、アラフアさんも悪戯めいた笑顔で返す。この人、こういうやり取り、ほんと好きだよなぁ。


「ウチの娘とひそひそ話とは感心しないね。堂々としたらどうだ」


 射抜くような眼差しで注意してくるプラナ長官アラフアさんの父上。公的な場所だけど、娘を強調するとは、父親としての立場で話をしたいのだろうか?


「申し訳ございません、お父上。ですが――

『誰がお父さんだあぁ!!』


 遮るように怒鳴られた。

 え!? 父―娘の関係性で話を進めるんじゃなかったの??

 そんなプラナ長官アラフアさんの父上の剣幕を前に、にこやかな笑みを保ちつつ、アラフアさんが取り持ってくれた。


「プラナ長官、ここは会議の場ですよ。そのように感情的になってはなりません。

 ココロ君も落ち着いてくれ。長官につられたのかも知れないが、ここは公の場であるし、そう言った呼び方はまだ早い。自重をお願いしたい」


 やはり、公的な場であるし、友達感覚の会話は駄目だった。アラフアさんの言う通り、自重が必要だ。


「今夜から明朝にかけての動きは、先程のココロ君の案でいいだろう。

 皆、会議はここまでにして、まずは行動に移ってくれ。

 ココロ君については、先程話していた権限承認の件、詳しく聞かせてくれ。少し別室で話そう」


 そう言って、この場は解散となる。

 僕も移動しようとしてヒィズさんの方を見ると、眉間に皺を寄せ小首を傾げながら僕を見ている。


「ヒィズさん? どうかされましたか?」


 気になって尋ねてみたけど、怪訝そうな顔をしてこちらを見るばかり。結局、最後までヒィズさんは何も言わなかったけど、何かあったのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る