第28話 ゼライアの街に迫る脅威、そして僕達は。
「紹介しましょう、彼らがココロ君とイリカ君、そして
後ろに控えるのは、私が雇用しているメンデラツィアの者達。
そして皆、この御方がユーハイツィア王国の第一王子であるハディ王子だ、宜しく頼む」
そう言って、一国の王子を簡潔極まりなく紹介してくれるアラフアさん。ヒィズさんは勿論、流石のイリカさんも硬直している。
ラキアは生まれがそれなりであるためか、驚いている程度で済んでいる。
僕? 僕は、もうとっくに緊張を振り切ってしまったので平常運転である。
「ハディ王子、今は軍事行動中ゆえ、これらの者達の非礼は咎めぬよう、頼みますよ」
そう言って、ハディ王子に満面の笑みを向けるアラフアさん。
対して苦虫を噛み潰したような表情のハディ王子は、しかし負けを認めてしまったためか、この無礼講宣言について何も抗議しないようだ。
「……そちらはもう、どうでもいいです。
そんなことより、先程の話は本気ですか?」
先程の話。
ラキアの望みである戦争を未然に防ぐこと。そのための策の核心。僕が考えて、アラフアさんやイリカさんと相談しながら練り上げた秘策。
もっとも、全体像を話したら絶対に反対されること請け合いなので、都合のよいところだけを伝えた。
それでもやはり、この反応。そりゃそうだよねぇ。
「ええ、本気ですよ。
ハディ王子がこそこそと目論んでいた企みは潰れますが、もういいですよね?
まさかまだ、寝所がどうとか、言われないですよね?」
ニコリと笑いかけるアラフアさんにそっぽを向き、(忘れるって言ったではないですか)とか、ぶつぶつた不満を溢すハディ王子。
しかし本人を前に、まともに抗議はできなくなっていた。
「それで本当にコツァトルにも話を通せるのですか?」
「はい、もう交渉に手をつけ始めておりますよ。
何を隠そう、彼女はアフア領主のご息女なのですから」
そう言ってラキアを示すアラフアさん。まあ、嘘は言っていない。
その紹介に、少しひきつった笑顔で答えるラキア。こういうのは嫌いだろうけど、戦争回避のために協力をお願いして、しぶしぶ了承してもらっていた。
どう解釈したのかは知らないが、酷い表情で押し黙るハディ王子。その王子に向かって口を開きかけるアラフアさんだが、そこに割って入る巨大な影。
「皆さん。大変なことになりました」
涼やかな声でそう告げるのは、正に先程、王子を襲った豹のアゼルピーナそのもの。
弾かれたようにアラフアさんを見るハディ王子、しかしそんな視線はどこ吹く風、といった態のアラフアさん。
先程、王子を救出したのが実はマッチポンプであった。普通に想像がつくだろうけど、アラフアさんの強心臓は彼女の表情に些かの変化ももたらさない。
「どうなされたか?」
アゼルピーナと会話をすると言うのも不思議な体験だろうが、アラフアさんは平常運転。普通に問う。
「彼の森のアゼルピーナが、あの方角に向かい進軍を開始しました。
ほぼ、森に棲む全てのアゼルピーナ……数えきれない、無数の者達を引き連れているようです」
そう言って豹が見つめる先は、まごうことなくゼライアの街の方角。
このあまりの衝撃的な内容に、アラフアさんを初め僕達は一様に黙りこくり、遠くゼライアを眺める他なかった。
***
「だんで私がごちらに居るのでずか!!」
「パルテさん、すみませんが、そろそろ機嫌を直していただけないでしょうか……」
泣きながら不満を垂れ流すパルテさんを宥めながら、僕はゼライアの軍に向けて走り続けた。
アゼルピーナ総力をかけたゼライア侵攻。
その驚愕の事実が明かされた時、僕らはどう対応するかを早急に決めなくてはならなかったのだ。
全ての
その話を聞いた時に、ハディ王子はあの少年がそこまでの存在であるとまでは知らなかったのか、顔が蒼白になっていた。
……おそらく、自分では手に負えない存在、と考えを改めたのではないだろうか。
いずれにせよ、早急に行動しなくてはならなかった僕らは、急ぎ方針を決めた。
何よりも急を要するのはゼライアの街にこの事を伝えること。
通心の晶石で連絡するだけでは
どうやってか? それは、利害が一致した豹のアゼルピーナに乗って、最速で街に帰還するのだ。
一刻も早く
続いて、狼王親衛隊対策として、アフア門にメンデラツィアとラキアが行く。
監視と、いざという時の足留め。
そして、可能であれば、エルバキア領主と意思疎通を図ること。これはラキアが行くのが一番効率的だ。
最後に、アフア門前に展開しているゼライア軍。
これからアゼルピーナの大群と対峙するというのに、この軍団を使わない手はない。ということで、アラフアさんが急ぎ親書をしたため、僕達がゼライア軍に合流しアゼルピーナ達の背後を突くことになったのだ。
パルテさんもここに入ることをアラフアさんに伝えられたとき、本気で泣きながら抵抗した。私も一緒にゼライアに行かせてください、と。
しかし、それは二つの理由から却下された。
ひとつは、いくら親書を持っていても僕達だけではゼライア軍は動かせない。イリカでは弱い、アラフアの腹心として周知されているパルテの存在が必要だ。
もうひとつは、いかなアゼルピーナが強靭とは言え、二人を乗せて最速の行動は取れない。しかし、他にパルテを運べる存在はいない。
これを聞いて、子供のように涙を浮かべながらも、パルテさんは僕達と同行することを受け入れたのだ。
おまけで、ハディ王子達。
この事態に、ハディ王子達は邪魔である。
何しろ、ゼライア領に対して悪さをしようとしていたことが、概ね判明している。
いくら敗北を認めたとは言え、あまり近くにいて欲しくはない。
そこで、アフア門前の王国混成軍。そこに合流して、抑えておいてもらう。不穏な動きを見せたらメンデラツィアの皆が突っ込むぞ、と脅し付きで。
なにやら王子もぶつぶつ言っていたが、最終的には従うことにしたらしい。もはやアラフアさんに抗うことはできないようだ。
この四チームに別れた僕たちは、それぞれが接続した携帯用通心晶石を持ち、互いに連絡が取りあえるようにして出発した。
のだが……パルテさんはアラフアさんと別行動になったのがいたく気に入らないらしく、ずっと泣きべそをかいていた。
この人のアラフアさんへの傾倒ぶりは、もはや依存ではなかろうか?
「ほら、もう泣くんじゃないよ。
貴女が泣いていると、その主まで皆から心配されてしまうわよ。
あの女性が強く賢いのは、誰よりも貴女が知っていることでしょう?」
「うるざいでずよっ!!
分かってまずぼ、なびでなんがいまぜんでずよっ!!」
そんなパルテさんをラキアが優しく煽り、鼻水をすすりながらもパルテさんに反論させて、再び前を向かせる。
途中まで同じ方向の僕達とラキア達は、こうして並走しながら、それぞれの目的地へ向かう。
***
コンコン、と扉が軽やかな音を立てる。
「入りなさい」
名匠の手による装飾が彫り込まれた重い扉が開くと、その向こうからゼライア領主プラナ=ヤーナの愛娘、アラフアが現れた。
母親譲りの端正な顔立ちに、父親譲りの意思を感じさせる表情を浮かべながら、魅入られてしまうような軽やかな微笑を湛えて入室してくる。
……ああ、今日も我が娘は可愛らしい。
いつもながら、自身の威厳を保つため表情を崩さないことに自身の意志力の八割方を持っていかれてしまう。そうでないと、だらしなく弛緩した表情筋により麗しからざる情けなくなった顔を、事も有ろうに娘の眼前に晒すことになる。
これはもう、ゼライア領主にしてアラフア=ヤーナの父親たる彼にとって縊死するに値する案件である。
「父上、旅先より連絡致しました件、改めて今後についてご相談賜りたく、罷り越しました。恐縮ですが、お時間頂戴させていただきたく存じます」
ああ、そんな畏まらなくても、いくらでも時間なんか用意するからね!
心の中で威厳などかなぐり捨て、プラナは存分に相好を崩して答える。心の中限定、であるが。
さて、連絡された件。
ユーハイツィア王宮の蠢動、ハディ王子の隠密行動、コツァトル王親衛隊の出現、アゼルピーナを統べる
そして、その
更に、人間と意思を通わせるアゼルピーナの存在と、そのアゼルピーナに騎乗して帰還した愛娘。
いずれも近年聞いたことがない事案ばかり。自他共に認める優秀な領主たるプラナにとってすら、正直に言って目を逸らしたくなるような現実の数々。
それを逸早く兆候を掴み、情報処理し、整理された形で持ってくるとは、本当にアラフアちゃんはどこまで優秀なのだろう!
――と、いささか現実から逃避した想念に浸る。浸りたい。浸らせてほしい。
「これらを解決する案が一つだけございます。
本日は、そちらの案を進める許可と、ご協力を仰ぎに参りました」
本当か!?
流石は私のアラフアちゃん、君はどれだけ優秀になれば気が済むのだろうか!
絶対に、君を王子なんかに譲ったりしないからね!!
ゼライア領主プラナは、心の中で、娘に対してでろでろに蕩けてしまっている。
表面上は謹厳実直な上司兼父親として応じる。
「聞かせてくれるか」
その父親の様子を見て軽く笑みを零すアラフアは、ココロと共に練り上げた策謀、それを
最初は沈黙しながら聞いていたプラナ領主。
しかしながら、話を聞き進めるうちに、それと分かるほど顔を青ざめさせる。
「駄目だ! アラフアちゃん、君がそんな、そんな、危ない、ダメだ!
もっと自分を大切にしなくては! 君が、そんな、自己犠牲はダメだよ!
そんな作戦は、お父さんは認められません!」
許容範囲を遥かに越える計画に、心の防波堤が一部決壊してしまう。
そんな父親の様子を見ながら、苦笑を浮かべ宥めるアラフア。
「お父様、そんなことを仰らないで下さいな。
この身、私を育んでいただいたこの地、ゼライアに捧げる所存。
止むを得ないのでございます」
そう言って、この計画の必要性を一つ、一つ、具体的に説明する。
その説明を聞きながら、次第に肩を落とし、項垂れて行くプラナの姿。
顔は青ざめ、額に汗して、良く見ると小刻みに震えている。
――それでも。
他に対処する案のなかったプラナは、最終的に娘の計画を受け入れた。
ご承認いただきありがとうございます、という言葉を残して退室した娘の後に部屋に残されたのは、悄然として僅かばかりの間に消耗し尽くした、父親の姿であった。
***
「これは……」
コツァトル国の玄関と呼ばれるアフア領の大門。普段は閉ざされているその大門が、建国以来初めて開かれようとしている。
普段使用されている、大門の隣の常門とは比較にならない大きさの門扉は、凄まじい軋み音を立てながら、ゆっくりと開かれて行く。
「あれは……あれ程の軍勢は……どこから引っ張って来たんだ?」
普段は飄々として動じないアウスレータが、その声を上ずらせながら、絞り出す。
隣で同じ光景を見るラキアも、声も出せないでいた。
視界を埋め尽くす程の狼人兵が、アフア門から吐き出されて来る。
狼人の軍制は比較的シンプルで、五人単位で組、十組単位で隊、十隊単位で団、と呼ぶ。後は団で統制を取り行動するため、団の数を数えればおおよその数は知れる。
「全部で二十団……つまり、約一万の狼人兵がいる、ということか……」
アウスレータの声が掠れる。
一万の狼人兵。
前代未聞の兵力。
「それだけじゃないようよ。
あの旗印、この軍を率いているのは狼王メイリカラク。
最強の狼人王、と名高い男」
ラキアも絞り出すようにその名を告げた。
俗に狼人兵は一人で人族の熟練兵百人に相当する、などと言われているが、すると単純計算で一万の狼人兵は人族の百万の兵に相当する、となる。
そしてそれが最強の狼王に率いられているとしたら?
「……取り敢えず、このことを皆に連絡しないとね……」
目の前で歴史が動いている。
そうとしか言い様のない事態に、ラキアは濁流に翻弄される木の葉の如き己の無力さを噛み締めるより他になかった。
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