第19話 アフア領、狼人の門、領主の娘の行方

「皆。見えるか?あれが、コツァトルの門、アフアの城門だ」


 アラフアさんが指さす先にある巨大な城門。

 この先に、ラキアの故郷、コツァトルという国があるのだ。


「大きいですねぇ……どうやって作ったのでしょうかぁ。興味あります」

「あれが私の両親の故郷……私が足を踏み入れられない土地」

「久し振りに見たが、あの図体のデカさは変わらんのぅ……」


 イリカさんとヒィズさんもあの壁に見入ってしまっている。

 ヤキンツァ爺だけは見知っているようだ。後で抜け道とかないか聞いてみよう。


 その城壁は、切り立った岩山の間を塞ぐように建てられていた。

 アラフアさんの話では、その左右の岩山がぐるりと囲う土地こそが、狼人達が住まうコツァトルという国。その周囲にある剣俊な岩山には狼達が多く棲みつき、人間達を寄せ付けない。

 唯一の出入口は、いま僕達が目の前にしているアフアの門。

 城壁の高さは、十メートルもあるだろうか?白い石が積み上げられた厳つくも美しい城壁は、仮に押し通ろうと考えた場合、何よりも厳しく僕らを拒絶するだろう。


「ここにラキアが来たのか……」


 ゼライアの城門を出てから一週間。

 ラキアは僕らに先立つこと二週間前に出ているが、徒歩であるはずなので、馬車を使った僕らは少しは詰めることが出来ただろうか。

 旅の宿に泊まるたびに見かけていないかを聞いて回ったが、残念ながら目撃情報は一度も得られていない。

 その性質上、野宿を繰り返していたのだろう。


「さて、ここまでにラキア君を捉えることができなかった我々だが、これからどうするか、方針を決めなくてはならないな」


 アラフアさんは、そう言うと腕を組んで難しい顔をした。


***


「ところで、アラフアさんの目的は何だったのでしょうか?」


 宿に戻り、今後の方針を決めるためにアラフアさんの部屋に集合した時に、かねてより疑問に思っていた事を聞いてみた。


「もちろん、ユーハイツィア王国ならびにゼライアの軍の状況、並びにコツァトル側の動向を探るためだが、それがどうかしたのか?」

「本当に軍の動向を探ることが目的なら、アラフアさんの権限があるのであれば、直接軍を視察すれば良いと思うのです。そりゃ、接触しない方がいい組織があるとは思いますけれど、どの部隊とも全く接触しないと言うのは、ちょっと違和感がありますから。少なくとも、アラフアさんであれば、事情を聞きたい知り会いくらいは居ない方がおかしい」


 僕の考えを聞いたアラフアさんは、くすりを笑った。その何気ない、少し悪戯めいた笑顔はアラフアさんならではの表情で、少しどきりとする。


「やはり、少し変だと思われてしまうか。まあ仕方ないかな。

 だが、私は嘘は言っていないのだよ。私が探っていたのは、各部隊の所属と位置。

 各隊には、見る者が見ればわかる隊徴章というものを付けているのだ。それにより、その部隊がどの国のどの部隊の所属であるのか、大凡は分かる。

 どこの部隊が、どこに展開しているのか。

 これを確認し、整理統合することで、その軍が何をどうしたいのか、何となくではあるが想像することができる。

 更に、各部隊間の連絡でどこに誰が居ると共有している情報、つまり表の情報。これと突き合わせることで、その所属元が仲間にどのように見せたくて、実際には何をしたいのかが見えてくる、こともある。

 私がしていたのは、そういったことだ」

「それを、アラフアさんとパルテさんだけで行っていたのですか?」

「まさか。私の参謀達に情報を送って、向こうで情報の整理と検討をしてくれている。皆、私が自分の目で確かめ、集めたチームだ。信頼できる分析だ」


 悪戯っぽく語るアラフアさん。その目は生き生きと輝いており、口の端は笑みを形作っている。


 はあー。


 やはり、アラフアさんはとんでもない人の様だ。まさか、そんなことを考えて実行しているとは、思いもよらなかった。

 しかし。


「それにしても、わざわざアラフアさんが情報収集までされなくても良かったのでは?」

「ふふ、わざわざ、と言われるとは心外だな。私は部屋のなかであれこれ考えるよりも、あちらこちらに行きながら実際の状況を見て考える方が性に合っているのだぞ?」


 悪戯っぽく笑っているアラフアさんの後方で、眉間に皺を寄せてこっそり溜め息をつくパルテさん。

 ……なるほど、普段の行動がありありと想像できる。


「それでは、アラフアさんから見た現状というのを教えていただいても宜しいですか?」


 僕のその言葉に、アラフアさんは急に真剣な表情に変わる。


「そうだな。観察と想像の産物なので、確たることは言えないのだが、現在の見方を共有しておこう。

 まず、ユーハイツィア側からだ。

 現在、この周辺に展開しているのは、ユーハイツィア王国混成軍と、ゼライア軍に大別できる。わざわざ分けているのには理由があるが、それは後で説明する。

 対するコツァトルは、門を閉ざし、監視するだけで、兵は展開していない。勇猛であると同時にやや短慮な傾向のあるコツァトルらしくない対応と言えるだろう」


 そう言って、地図を広げながら、赤いチップと青いチップ、それに緑のチップを取り出す。


「ここがアフアの門として、正面方向に展開しているのがゼライア軍。

 これに対して、主に北方に展開しているのが王国混成軍。複数の領土の徵章が見られた。つまり、数だけ見ればそれなりだが、雑多な兵どもだ」


 そう言って、アラフアさんはゼライア軍とほぼ同数の緑色のチップを地図上に、北側にばらばらに置いた。

 それにしても、時折、宿に早目に入ってから馬で駆けたりしていたが、調査に出ていたのか。アラフアさんの仕事人ぶりも凄いが、それに付き合うパルテさんも大変だ。


「そして、これは想定でしかないが、ここに王国軍の本体がいる」


 アラフアさんは、北西に向かう街道沿い、結構離れた場所に赤いチップを数枚置く。


「ヤキンツァ翁の協力を得ることで、何とか見つけ出せたのだ。感謝する」


 アラフアさんの言葉に、小さなフェレットの身体で大きく胸を張るヤキンツァ爺。


「数こそゼライア軍や混成軍に劣るが、ヤキンツァ翁の見る限りはかなりの精鋭で、装備も良い」

「そうじゃ、しかも兵の構成が城攻めと言うよりも、機動力を活かした野戦向きの装備と見える」


 ここぞとばかりにヤキンツァ爺も参加してくる。


「儂が鳥の姿で観察したところ、騎馬を中心とした兵種で、供回りもろくにおらん。儂の知る騎馬兵は、供回りをぞろぞろと連れ回って、馬が駆け回るのは限られた戦場のみ。何とも勿体ない使い方なのじゃ。

 しかし、その従来の使い方から考えると、明らかに装備が違う。軽騎兵と呼びたくなる装備じゃな。」


 軽騎兵。僕は良く知らないが、しかしこちらの言葉というよりも、僕が居た世界の言葉ではなかろうか。

 実際、アラフアさんが不思議な顔をしている。


「軽騎兵……あまり聞きなれない言葉だが、それはヤキンツァ翁が異界で得た知識、という訳か?」

「まぁ、そんなところじゃ」

「なるほど。ならば、王国軍は、ヤキンツァ翁と同じく、異界の知識を持っていると言うことか?」

「……いや。軽騎兵として用いるには、いささか装備が洗練されていないように思える。いろいろ考えてはおるようじゃが、どちらかと言うと、自分で運用を考えた末の兵種であるかも知れぬ。

 それはそれで、恐ろしい話ではあるのだが、な」


 ……自分自身で兵の新しい運用を考える。それってすごいことではないだろうか?


「新しい軍編成を思いつき、運用の方法まで考え抜く力量。

 ――ハディ王子が出てきているのだろうか」


 アラフアさんが、厳しい表情でそう呟いた。


「どんな方なのですか、そのハディ王子というのは?」

「ユーハイツィア国王ザハーラの息子で第一王子。

 まだ王が在位中にも関わらず、ことごとく実権を握っていると言われる野心家。

 型破りなことが大好きだが、その割には人の後ろで隠れて画策する慎重な男。

 ついでに言うならば、女遊びが大好きで、王国で浮名を垂れ流している遊び人。

 いけ好かない御仁だよ」


 聞いているとすごい人に聞こえるけれど、アラフアさんの評価は手厳しい。


「あぁ、聞いたことがありますぅ。何でもアラフア様にご執心とかで、アラフア様の縁談を裏で潰して回っているとかぁ」


 ほわん、とした表情で、際どい情報をぶっこんでくるイリカさん。

 いいの、本人を前にそんな話をだしてしまって!?


「……後半の確証はない、あまり迂闊な情報を流さないように」


 珍しく睨みをきかせるアラフアさんに、首をすくめてやり過ごすイリカさん。

 やはりそれは地雷原であったか。イリカさんはとても頭が良いのに、こと人間関係に関してはたまに地雷を踏みぬくんだよなぁ。


 ……しかし、聞くだに厄介な相手に思えてくるけれど、こんな辺境になぜそんな大物がわざわざ出てくるのだろうか?

 そんなことを僕が考えていると、ふと視線を感じた。視線の方向を見ると、アラフアさんが僕をじっと見ている。何だろう?


「アラフアさん、どうかしましたか?」

「……ん。いや、ハディ王子のことを考えていたのだが……。

 王子はなかなかに厄介な御仁なのでな、どのように対処すべきか思案していた。

 ココロ君、ひとつお願いがある。もし必要な場面が訪れたなら、私に協力してはくれないだろうか?」

「協力、ですか? もちろん、僕にできることでしたら協力したいとは思いますが、具体的にはどのようなことをすればよろしいでしょうか?」


 僕がそう問い返した言葉には返事をせず、アラフアさんは悪戯っぽい会心の笑みを浮かべている。

 何というか、嫌な予感しかしない。


「アラフアさん!? 何をする気ですか!?」

「うん、まあ、その時になればわかるよ。君は何もしなくて良い、ただ時が来たら話を合わせてくれればよいのだ」

「王子の目を逸らすための、恋人役だの婚約者役だの、擬装は嫌ですよ!?」

「ああ、うん、それはしない。すぐバレる嘘はつくだけ無駄だ。

 私は事実に基づいた話しかしない、大丈夫だ」


 アラフアさんはそう言うが、どうもその表情に浮かぶ黒い笑みが不穏極まりない。


「話を戻そう。

 アフアの門の前に布陣するゼライア軍。その北側には、数は多いが烏合の衆とも言える王国混成軍。その奥、我々からうかがい知れない更なる北方に第一王子の影響下にあると思われる王国の精鋭軍。動かないコツァトル、もしくはアフア。

 全体に、意味が分からない状況だな。

 そして、行方の知れないラキア君。


 ――さて、ココロ君。君はどう動く?」


 流された! しかもここで僕に振るんですか!?


 愕然としてアラフアさんを見るが、アラフアさんは観察するような目で僕を見る。

 ヒィズさん、イリカさんも、僕を見る。次の行動を問うように。

 パルテさんは、全く期待を持たないような半眼で僕を見ているが、注目を浴びていることには変わらない。


 僕は一体、どうすれば良いのだろうか。


 ――どうすれば良いか?そんなことは決まっている。

 問題は、どうやってそれを為すか、だけれど。


「ヤキンツァ爺、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」


 いきなり自分の名が出てきて目を丸くしているフェレットを見ながら、僕は自分のやりたいことを話し始めてみた。

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