第7話 地下室に閉じ込められた僕の運命や如何に!?
暗闇の中で僅かに光る双眸は明かりなど無くとも目的の物を過たずに見いだす。
さして広くもなく、置かれたものも殆どない殺風景な部屋の壁際に置かれた木箱の蓋を開け、綺麗に収納された内容物を手際よく外に出す。
月明かりに照らされた青白く美しい指が伸びて、空になった木箱の底、端のギリギリの所を押す。細く美しいながら先に鋭い爪が光る指先が、くん、と木箱の底に沈み込むと、それに連動して底板が跳ね上がる。
細工され隠された二重底には、その滑らかな青白い手にはそぐわない武骨な籠手が一組置かれていた。
鈍色に光る籠手を取り出し、黙々と装着するラキア。その瞳は微塵の揺らぎもなく、ただ静かに籠手を装着した己の双腕を眺める。
おもむろに立ち上がり、いつもの赤いポンチョを羽織りフードを目深に被り、武骨な籠手と共に、その特徴的な耳と尻尾を覆い隠す。
「こんなもの、二度と使わない方が良かったのだけどな……」
その小さな呟きを殺風景な部屋に置き去りにして、ラキアは夜闇に溶け込むように走り去った。
***
街の中心部から西に少し離れた、大通りから一筋ほど内に入った路地に、街中にしては広大な敷地を囲う大仰な塀を構えた邸宅が存在する。
街の偉いさんが住んでいるとまことしやかに囁かれるその邸宅は、しかし近隣とは没交渉であり、誰も具体的なことを知らない。時折、不気味な獣の声やら何かの破裂音が聞こえ、あるいは突然大きな荷車が連なって入っていくような不気味な館を、だから皆は悪魔の家と呼ぶ。
その邸宅の壁際、月明かりから隠れるようにして出来た
胸元のペンダントを見ると、円形の石が、左半分は乳白色に仄明るく光り、反対側は暗く陰る。
半月の刻。約束の時間に相違ない。
二人はイリカから渡されたペンダントを胸にしまう。
ラキアとヒィズは暗闇の中、腰を上げ、音も立てずに走る。ラキアはいつもの赤いポンチョ、ヒィズは黒いシャツにパンツと動きやすそうな格好をしている。二人とも足には何も履いておらず、それでいてその足運びは淀みなく、そして疾い。これは、狼人の特徴ある足裏の為せる業だ。狼人の足裏は、母指球から小指球にかけてと踵に分厚い肉のクッションが存在して、これが衝撃を吸収し、また音も消してくれる。肉球を人間の形状に合わせて修正したようなもの、と言える。
二つの影は滑るように移動し、やがて邸宅の入り口に至った。
門扉の脇には、キョロキョロと周囲の様子をうかがう影がいた。その影に、更に二つの影が重なりあい、大きな黒い塊と化す。
(到着したわよ)
(……本当に、来たんですねぇ。
狼人さんが、夜中にこのエリアを歩いているの、見つかったら、逮捕ですよぉ?)
(……貴方が指定したんでしょ。
無駄話は不要よ、入れて頂戴)
それを聞くと、イリカは軽く力を入れて、門扉を少しだけ開けた。反対側の手に持つ、己の身長よりも高い杖に実装された複数の玉に反射した月明かりが微かに揺らめく。
わずかに開かれた隙間に二つの影が吸い込まれて行き、それを見届けてから最後の影が再び門扉を閉ざす。
扉の軋む金属音が虚空に吸い込まれ、一拍おいて木立から羽音のような響きが起こり、やがて静寂を取り戻した夜の街は再び眠りについた。
***
昔、まだ学生だった頃に、友人のお供でペットショップに行ったことがある。
あまりタチの良くない店だったようで、動物達のケージから漂うすえた臭いと叫びにも似た鳴き声が、僕の五感にひどく刺さったことしか覚えていない。
鳴き、吠え、檻を掻きむしる音。僕の鼻に届く悪臭。
ああ、ここは嫌だ。嫌だ。嫌だ――
ぱちり、と目を覚ます。
ここはどこだっけ――ラキアは何処だろう?
頭が重い。ゆっくりと頭を振りながら周囲を見遣る。徐々に僕の目が焦点を結んで行き、視界の構成物が輪郭を成してきた。
最初に耳にしたのは、夢の続きのようで、獣の叫び声と、檻の軋む音。続いて、あの不衛生な動物達の棲み家が放つ悪臭が鼻腔を貫く。そして、回復した視界に映るのは鉄格子。
ん?僕は、檻の内側にいるのか?まさかまさか、ペットショップの動物に転生でもしたのか?
下らないことを考えていた僕は、檻の外、少し離れた場所にある机に向かう女性を見いだした。
「あれ?もしもし?もしもーし!?
ここは何処ですか?僕はなんでこんな檻に入れられているんですかぁ??」
窓ひとつない石造りの壁に囲まれた、薄暗くも狭くはない空間。壁には一定間隔で蛍光球のようなボール状の明かりが灯され、部屋の中を照らす。
机の上にも光るボールを置いて読書をしていたらしい女性が、僕の声を聞いてこちらを振り向きながら立ち上がる。
その顔を見て、思い出す。この女性は魔術具店で最後に入ってきた人であり、つまり僕を拉致したであろう人。
ということは、僕は誘拐犯にわざわざ目覚めを告げてしまう間抜けな被害者、ということか。
「ようやくお目覚めかしら?随分と良く眠っていたようね」
僕を見て、にぃ、と笑う女性。
――て、あなたが眠らせたのですよね!?
年齢不詳の整った顔立ちに張り付いたその笑みは、あまりに無機質で親愛の情などそこには欠片も見出だせない。せいぜい、実験動物の品定めをしている程度に考えているのか。
やばい。かなりやばい気がする。
慌てて部屋に逃げ場はないか、ぐるりと見渡すが、所狭しと置かれた科学実験の機材のような不思議な物が溢れているだけである。
透明な材質で出来た巨大な球体や、大小様々かつカラフルな水晶玉、そこかしこに立て掛けられている用途不明の道具、壁際に整列しているマネキンのようでいて異形の容姿を持つ人形の数々。
一言で言えば、怖い。
何ここ。怖い。嫌だ。逃げたい。
声も出せずにガクガクブルブルと震えている僕を見て、愉快な実験材料を見るかのような冷たい笑いを一層深め、僕を閉じ込める檻に歩み寄る。その脇に、机の側に伏していたらしい厳つい大型犬――口から牙が突き出ていて、額に角が生えており、肩とか背中とかの筋骨が異常に隆起している存在を犬に分類するなら、だが――を引き連れて。
「あらあら、震えているのね。何かの予感がするのかしら?」
そう言って檻のすぐ前まで近づいてしゃがみ、僕の目を覗き込む。
「貴方は私が貰うわ。貴方の知識を、洗いざらい頂戴。ちゃんと知識を提供してくれれば、飢えない程度には食事もあげるから、安心して頂戴」
いやだ、帰る~!!
目が潤んで鼻汁が走るのが分かるが、どうしようもない。
そんな僕の様子を、先程よりも人間的かつサディスティックに、くすくすと笑いながら見ている。
『ギャー!ギャー!』
突然、何処からともなく叫びながら丸い物体が飛んできた。突然の甲高い声にビビりながら――少しチビりながら――僕は小さく悲鳴を上げた。
梟?だろうか。
手乗りサイズのそれは、女性の目の前の地面に降り立つ。その鳥に、何か複雑な意匠を刻まれた手袋をかざし、目を瞑り黙り込む女性。
やおら立ち上がり、僕に告げる。
「貴方の知り合いが、招かれない客として本邸にいらしたようよ?私の
面白くもなさそうに、そう言い捨てた女性は、そのまま部屋の扉を潜り別の場所へと向かう。
――ラキア!?助けに来てくれたのかな!?
この世界で僕を助けに来てくれるなんて、ラキアくらいしか居ない。僕は嬉しくて、みっともなく涙をこぼして喜ぶ。
暫くして、扉の向こうから、凄まじい音がする。音、というより叫び声?
腹の底から恐怖が突き抜けそうな、恐ろしい叫び。
やがて扉から戻ってきた女性は、楽しくて堪らないというような笑顔で僕に語り掛ける。
「いま、
醜い笑顔。歪んだ欲望を抑えきれない笑い、なのだろうか。
僕は心底、恐怖する。
「
小首を傾げ左手を頬に添えながら、湧き上がる醜い情動を抑えきれない、といった風にニヤニヤと笑う女性。
もう、やだ。何、この人、怖すぎる!助けて、ラキア!!
それからおもむろに女性は、扉の脇に整列している複数の人形の方に歩み寄る。
人形と言っても可愛らしいものではない。全身が朱に塗りつぶされ、ところどころに黒色の模様が入っており、その様相は見る者を威圧するようだ。関節は球体でつながれ、胸の中央には握り拳大の乳白色の球体が埋め込まれている。顔は人間を模しているというには異相であり、中国の京劇で使用される面に痛そうな角を付けたような外貌、とでも言えば良いか。総じて、恐ろしさを誇示しているようなデザイン。
女性は、人形の胸の球体に手をかざし、目を閉じ眉間に皺をよせる。
徐々に球体は乳白色に輝き、やがて全身の駆動部が薄く光り出す。
これを次々に、並んでいる約十体の人形に繰返して行い、作業を終えると人形に向かって語り掛けた。
「さあ、傀儡ども、お行きなさい!狼女共には死を!イリカは、立てなくなる程度に甚振ってあげなさい!」
言葉を掛けられた異形の人形達は、まるで人間のように動き出し、扉を開けて外に出て行く。
稼働した全ての人形、傀儡と呼ばれたそれらが出て行くのを見届けた女性は、爽やかな笑みを浮かべながら僕の前に再び戻ってくる。
「本当は魔改獣だけでも十分なのだけど、相手は狼女。獣共だと狼に怯えて抜かる可能性もあるわ。でももう大丈夫。私の可愛い傀儡達に向かわせたのだから」
そう言って、ニィと片側の口角を持ち上げ、続ける。
「あれらは、
戦士のように滑らかに動き、人間には有り得ない動き、武器で相手を翻弄、殺害するのよ。普通に立ち会っても熟練兵を寄せ付けない強さ、と評価を貰っているけれど、特に初見の相手には絶大な強さを誇る。端的に、負け知らずよ」
顔を青ざめさせる僕の表情を堪能するかのように眺めた彼女は、更に追い詰めるように僕を言葉で嬲る。
「愚かにも土足で私の家に踏み込んだ、汚らわしい雌の獣共の首が取れたら、貴方の前に並べてあげるわ。一晩、同じ檻で過ごさせてあげるから、たっぷりとお別れを済ませるといいわ。感謝なさいな?」
そう言って、くすくすくすと笑う。
僕は、告げられた情景への想像と、目の前の女の気持ち悪さに、歯の根が合わないほどに震える。
「ラキア、助けて!!」
僕は、ただ救いを求め叫ぶことしかできなかった。
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