第6話 拉致された僕のその後の顛末について

 私は少し後悔をしていた。


 軽くため息をつきながら、その原因の方を見る。

 向こうには、ふわりとした黒紅色の髪を大きなリボンで留めた店員と、こちらのことをすっかり忘れて話に夢中になっている馬鹿ココロがいる。


「ふふ、ココロさん、すっかり夢中ですね」


 同じ職場のヒィズが、水をコップに入れて持ってきてくれる。

 この魔法具店というところは、よほど儲かっているのか、客に無料で水を出してくれるとかで、勝手を知っているヒィズが取りに行ってくれたのだ。

 自分で取る分には、それが狼人であったとしても、誰も文句は言わない。


「多少は興味あったとは言え、私ではそんなに長い時間を潰すことはできないわ。これなら、頼まれても付いてこない方が正解だったかな」

「ふふ、そんなこと言わないであげて下さいよ。ココロさん、ラキアさんを本当に頼りにしているみたいですし」


 にこやかにヒィズが返す。

 ヒィズは、先日の注文書紛失事件をココロが解決して以来、随分と彼に気を許している様子だ。あの引っ込み思案だったヒィズが、ココロが絡むと急に積極的になったり、大人びた言動をしたり。

 狼人の女性は、相手を見定めると、狩る対象として認識すると聞いたことがあるが、その状態モードに入ってしまったのだろうか。


 恋愛経験に乏しいラキアの知らない世界だ。

 まぁ、自分はあの馬鹿ココロにそんな感情を持つことはないだろうが。


 ココロが落ち着くのを待つという退屈な一時を過ごしていると、店の扉が開く音が聞こえてきた。

 新規のお客さんかな?と思って覗いてみると、身形の整った、年は行ってそうだがまだ十分に美しいと言える女性が、一人で入ってくる。

 その足運び、振る舞い、視線は、まるで自宅に入るように自然であり、この店の関係者か、もしくは極めて馴染みのある人物であることが予想される。


 その女性はこちらを見て、少し顔を歪め、視線を戻す。まぁ、良くあることだ。

 こちらに興味を失ったのか、ココロと店員が話している場所に近づいた。

 その後、ココロと少し話をしている。というか、一方的に聴取されている。

 この距離でも、狼の耳ならば問題なく内容を拾える。あまり良い雰囲気の会話ではない。


 少し警戒していると、いきなりその女性が何か呟き、手近な壁に飾られていた等身大の人形が動き出し、しかもそれらがココロを拘束し始める。

 店員はそれを制止するでもなく、面食らった顔で棒立ちになっていた。


「何をやっているの!」


 あたしはそのままココロを奪還するために人形達に突っ込む。

 しかし、意外に機敏な動きで、動く人形のうち一体が、あたしの行動を阻んだ。


「控えなさい!その人形に傷をつけたらただじゃ済ませませんよっ!」


 鋭い女性の声。

 この街に住む狼人の悲しい習性で、人族の所有する物を破壊することに躊躇を覚えて、力づくでの奪還に移れない。


「何、言っているの!その男は私の連れよ、放しなさい!」


 そう言ってみるが、女性にはまるで効果はなさそうだ。

 冷ややかに笑みを浮かべると、そのままココロの顔に布を当てる。

 直後、ぴくんと動いた馬鹿ココロは、くてっと倒れ込んだ。何かの薬か?


「店員さん、止めて下さい!あの人がどこかに連れていかれてしまいます!」


 ヒィズが、店員の肩を抱き、揺さぶりながら訴えるが、店員は困ったような表情で女性の方を見遣るだけ。

 女性の方は、店員に鋭い一瞥を送っただけで、何も言わずにラキアに向かい立ちはだかる。


 そうこうしているうちに、人形は手際よくココロを店の奥に連れ去ってしまい、それを確認した女性はこちらを見て、薄く笑いながら、店の奥に消えていく。


 後には、茫然とした、あたし《ラキア》とヒィズ、それに店員だけが残された。


***


「それで、事情を説明してくれますか?」


 あたしは椅子に座り、足を組み肘をつきながら、別の椅子に座った店員を睨みつけた。

 どこかふわふわした印象の店員は、困った様子を見せながらも、おっとりとした調子で話し始める。


「大変申し訳ありません……。

 あの、わたしですが、イリカ、と申します。

 えーと、先ほど、お客さんを連れて行ってしまわれたお人は、その、えーと、わたしもどこまで話して良いか分からないのでぇ……」


 全く要領を得ない語り口。

 じわじわと苛立ちがお腹の中から這い上がってくる感触。

 どうしてくれよう。


「あなたも混乱されていることは、わかりました。

 ですが、あたし達も彼を放っておく訳にも行きません。

 先の女性が何者なのか、話せないのであれば、これ以上は問いません。

 ですが、彼が現在どのような待遇を受けており、今後、彼にどのようなことをするのか、まずはそれを教えてください」


 他人から、よく威嚇されていると間違われる自身のやや鋭い目。

 イリカ《店員》を睨みつけ、圧をかけながら、彼女の中の話せる妥協ポイントを探す。


「それは……たぶん……分からないですけど……」

「それでは、何故彼が狙われたのか、分かりますか?」

「……あのお客さんが、わたし達も知らない知識を、持っていたから、だと思います。そして、その知識が、夢のお告げで、あると。

 魔学では、夢というのは重要な兆しと捉えておりまして、人間よりも上位の存在とパスを接続する、一つの契機と見做みなすことができます。

 上位存在と意思を繋げることにより、様々な知識、例えば時間を越え未来や過去、あるいは異界における知識。場合によっては上位存在そのものの意思や知識に触れることも有り得るとされています。

 しかしながら、そこまでの奇跡を体験する場合には被験者本人の負荷も大きく、頭痛を初めとした各種症状の自覚から、記憶の混濁、認知機能の欠損、場合によっては記憶の喪失や機能障害といった論理構成機能に支障を来たすこともあるとされ、お客様のお話とも合致するのです。ですが、そういった上位存在との意識の疎通は極めて稀であり、文献上でもなかなか見かけられず、そういった意味で技術を習得するよりも生得の性質、あるいは偶然が介在した機会によりもたらされ得る……


 ……あれ、お客様、どうなされましたかぁ?」


 急に滑舌が確かに、論理も明晰になったが、あまりにも飛躍して、今度は自分の理解を超える内容になってしまった、とラキアは頭を押さえた。

 そうか、この店員は、こういう性格をしていたのか。


「いえ、何でもありません。途中から良く分からなくなりましたが、要するにココロは稀な人間かも知れなくて、それで記憶がないのもそれで説明がつく、という話で良かったかしら?」

「はい、それで、合っていまぁす。お客様、要約が上手いですねぇ」


 また元のほんわかとした雰囲気に戻った。


「それじゃ、その話を踏まえて、あたしの想像を話すわ。

 まず、あの女性は、この店の、もしくは魔法組合の上位の存在。

 たまたま見かけた店内の客が、魔法学的にレアな存在だった。

 見れば、連れは狼人の女二人。本人は記憶喪失。

 となると、この街では日陰者。少なくとも権力の庇護下にないと見た。

 であれば、自分の学問的な趣味を満足させるために、実験動物として彼を囲ってしまっても、どこからも大した文句は出ないだろう。

 そういう計算で彼をさらった。

 どう、こんなところではないの?」


 イリカ《店員》は目をぱちくりさせ、ラキアを見た。

 心底、驚いている顔だ。


「はい、たぶん、合っていると思いますぅ。

 でも、実験動物は、ちょっと言い過ぎで、せめて、被験者と、言って欲しいのです」


 言葉と取り繕っても、待遇が変わるわけではないだろう。

 ラキアは、権力者の、無権力者に対する扱いを、心底信じていない。


「え、店員さん、そんな、ココロさんが実験動物として連れていかれてしまった、というのですか?それではあんまりではないですか!」


 ヒィズが、少し目を潤ませながらイリカ《店員》に食って掛かる。

 イリカ《店員》は、困ったように眉根を寄せ、うーんと唸っている。


「ヒィズ。店員を困らせても仕方がないわ。

 どうせ、あの女はこの店か、もしくは組合の上位者で、店員イリカはその麾下にあるのでしょ。だから、逆らえば解雇されるとか、あるいはもっと酷いペナルティを受ける。

 それでは、喋れない」


 そう、いくら問い詰めたところで、彼女も生活が、あるいはそれ以上の何かがかかっている可能性が高いのだ。

 おいそれと協力してくれるはずもない。


 だからと言って、あの女をただで済ませる気は毛頭ない。

 人が人を拘束し、好きにする。それが暴力によるものであれ、権力によるものであれ、心の底からおぞましい。

決して、放置などできない。


「イリカさん、だっけ。

 あなたにはあなたの事情がある。それは想像できる。

 でもね、あたし達にも、あたし達の事情があるの。

 だから教えて。

 彼はどこに連れていかれたの。

 何なら、あなたが教えられる範囲だけでも構わない。

 どの建物にいるかを示唆するだけでもいいわ。

 あたし達に道を示して頂戴」


 真摯に、相手の目を見る。


 揺れ動いていたイリカの視線は、強いラキアの視線を受けて、ようやく収束しつつあった。

 ラキアの言葉を受け止め、咀嚼し、飲み下す。

 追い込まれないことで、かえって前に進む余裕ができるときだってある。

 見た目はほんわかしたイリカだが、その心根は純粋であり、真っすぐなのだ。

 自分の側の行動が非理知的であり、非倫理的であると理解している今、その見て見ぬふりはできないと、気持ちが固まってきた。


「そうですね……そうですね。

 私も、ちょっと、どぉかと思ったのですよぉ。

 だから、私も、お客さんをお助けする、お手伝いをさせていただきまぁす」


 そう言って、イリカがほんわかと笑った。


「そう、ありがとう。でも、無理する必要はないのよ。

 救出は、あたしが必ずやる。

 だから、あなたはそのための情報をくれると嬉しいわ。

 彼は、どこにいるのか、教えて。それに、その居場所の周辺情報も合わせてもらえると、とても助かるわ」


 ラキアは、アイカの気持ちを受け取るが、協力までは辞退する。

 生半可な義侠心きもちで入ってこられても、迷惑なだけなのだ。

 私も一緒に行くよ、とばかりに、隣でコクコクと頷いているヒィズは、覚悟は決まっていそうだけれど、荒事はどの程度できるだろうか?


「えぇとですね、お客さんは、家に連れていかれたのだと、思います。

 ごろごろごろって、荷車を使えば、簡単ですからぁ。

 それでもって、たぶん、地下室へ閉じ込められるのじゃぁないかなぁ?

 あそこには、いろんな実験動物さんとか、変な道具とか、いろいろ置いてあるから、きっとその仲間入りをするのだと思うのですよねぇ」


 指をくるくる回しながら、結構な情報を垂れ流すアイカ。


「ありがと。助かるわ。

 それで、あの女の家の場所は、イリカさん、ご存じ?」


 そう言って、一番肝心な情報を聞き出しにかかる。

 隣で、ヒィズも息をつめて、聞き耳を立てていることが雰囲気でわかる。

 その緊迫した空気の中、相変わらず緩い空気をまとったまま、イリカは重要な情報を答えてくれるのだった。


「はぁい、存じていますよ。私のおうちでもありますからぁ。

 あの方って、私の養母おかあ様なのですよぉ。

 だから、夜中、鍵開けて待っていますね?何時にしますか?」

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