第5話 この世界の魔法具屋さんと、そして拉致された件。

「はぁ~、疲れたぁ~」


 その日のお昼時は、ヒィズさんの盛大な溜め息から入った。


 なぜヒィズさんと昼時に一緒にいるのかと言うと、最近のお昼時は、ヒィズさん、ラキア、トルベツィアさんと一緒に、四人で食べているからだ。先日の一件以来、ヒィズさんは僕と親しく接してくれていて、誘ってもらっている。

 お陰様で、実は隠れファンが多いヒィズさんを狙う男狼達からの妬みが凄い。ちょっと命の危険を感じているほどに。


「ヒィズ、何を疲れているの?どうかしたの?」


 トルベツィアさんが、すかさずフォローをしてくれる。


「うん、今日入ってきた注文書なんだけど、細かい部品が多くて。

 部品の発注をかけないといけないけど、必要数の計算が大変で」


 そういって首をぐるりと回すヒィズさん。ここまで首が鳴る音が聞こえそうだ。


 彼女は渉外担当で、資材担当でもある。文よりも武を貴ぶ狼人文化では、読み書き計算ができる人材は意外と貴重で、まっとうな教育を受けたヒィズさんは、可哀想にいろいろ兼任させられているのだ。

 そこはかとなく、ブラックな香りがする職場である。


「そんなに細かいのですか?」

「そうなのですよ!これ見てください!」


 聞いてみたら、胸元からまさかの注文書が出てきた。これ重要書類じゃなかったっけ?


「注文書に、馬具十六式って書いてあるのです。ここで言っている馬具一式とは、頭絡とうらく馬銜はみ、手綱、鞍と鐙の五品を一式として数えるのですけど、それぞれが複数の部品から作られているのです。だから、それぞれの部品について、発注書を書かないとダメなのですよ!」


 すごい勢いで訴えてくる。

 それにしても。


「こんなものまで作っているの?

 この工房で取り扱うのは、木製品だと思っていたよ」

「この工房で扱うのは、主に馬車や、それに付随する馬具、あと武器なんかを扱うわ。木製品でも、例えばコップのような細かいものは苦手なのよ」


 再びトルベツィアさんが補足してくれる。なるほど、武を貴ぶ民族が得意とする物を製造しているのか。


「確かに、これの注文書を一人で書くのは大変ね。あたしも手伝うわ」


 自身もちゃんとした教育を受けたらしいラキアが、助力を申し出る。


「なら、僕も手伝うよ。

 計算なら、これを使えばいいし」 


 そういって、胸ポケットからスマートフォンを取り出して電源を入れる。


「それは何ですか?」


 好奇心をくすぐられたのか、先端が少し垂れた耳をぴこぴこと動かしながら、ヒィズさんが聞いてくる。


「これは、スマホっていうのだけれど、複雑な計算も簡単にできるんですよ。

 何か面倒な計算とかありませんか?ちょっとやってみますよ」

「それでは……例えば、頭絡とうらくとは、馬の頭部に馬銜はみと手綱を固定するための馬具なのですが、喉、鼻、額、顎、にそれぞれ革紐が必要なのです。それを固定する鉄環がそれぞれの部位に一対ずつあるとして、鉄環はいくつ必要でしょうか?」

「ええと、喉、鼻、額、顎のそれぞれ四本に対して、各二個の部品が必要で、それを十六式分用意すると、はい、ぴっぽっぱ、として、百二十八個、になりますね!」


 おお~、と感心してくれる女性三名にちょっと気を良くして、顔が緩んでしまう。

 まあ、実際には部品の大きさが違ったり、本当に大変なのは注文書の書式だったりするだろうから、そんな単純計算の出番は少ないかもしれないが、それでも多少なりと役には立つはず。

 そんなくらいに考えていると、ヒィズさんが目を輝かせてスマートフォンについて質問してきた。


「何ですかそれ、すごいです!魔法具か何かですか!?」

「魔法具?え、そんなものあるの?」


 今度は僕が驚いた。


「魔法具……ご存じありませんか?」

「あ~~……。この男、常識という常識を、まったく持ち合わせていないのよ。

 なんなら、この国の名前も、この街の名前も知らなかったくらい。

 いきなり現れたから、たぶん、空からでも降ってきたんじゃない?」


 ラキアの補足説明に、ヒィズさんが、目をぱちくりさせてびっくりしている。普段は先端がへにょんとしている耳までピンと立っている。

 やめて!そんな奇妙なモノを見る目で、僕を見ないで!


「……でしたら、今度のお休みにでも、魔法具店をご案内しましょうか?

 常識的なところから、説明して差し上げますわ」


 そういって、ヒィズさんはニコリと笑いかけてくれたのだった。


***


「今日は晴れて良かったです。

 案内しますから、ついてきてくださいね!」


ヒィズさんが、ぴこぴこと尻尾を左右に揺らしながら、にこやかに話し掛けてきてくれた。

 ヒィズさん、最近可愛くなったと周囲でも評判なのだ。元々、可愛い顔立ちだったが、最近は良く笑うようになって、その笑顔は眩しいほど。

 その笑顔の眩しさに比例して、最近は仲良くしてもらっている僕の命の危険は増していくばかり。


 それはともかく、今日も元気そうで何よりだ。

 僕は、隣にいる、無理言ってついてきてもらったラキアに話しかける。


(あの注文書の一件以来、ヒィズさんが元気になってくれて良かったね!でも彼女、こんな街中に出てきて、不愉快にならないのかな?)

( あんた、もう少し、あの子が楽しそうにしている理由を察してあげなさいよ……)


 そんな感じでこそこそ話していると、ほどなくして目的地に到着した。


「ココロさん、ここが魔法具店ですよ!面白いのものがありましたら良いのですけれど」


 そう言いながら、ヒィズさんはニコリと笑う。


 魔法具店。

 この街の中心部、役所のそばに位置する、大型の邸宅くらいはありそうな建物、その入り口に掲げられた不可思議な紋様とその店名。

 僕は、その明らかに異世界な名称に心をときめかせながら、無理言ってついてきてもらったラキアに声をかける。


「ラキア、魔法の店だ!

 どんな物を取り扱っているのだろう……?何か、すごい緊張してきた……!!」

「あたしも、竈に火を入れる時には焦炎晶を使ったりしているけど、本格的な魔法具を扱う店っていうのは、初めてね……」


 値段が高く、手が届かないことから、ラキアですら入ったことがない店。

 ヒィズさんも、店を知っているとは言え、それは仕事上で訪れる機会があるため。

 低賃金労働に甘んじる狼人には手が届かない世界。


「楽しみですね、ココロさん、ラキアさん!

 ココロさんの使う魔法と、どちらが凄いのでしょうね?

 私もドキドキします!」


 そう言って、ヒィズさんは僕らに向け、花のように笑いかけてくれる。

 僕のは魔法ではないのだが、と思って苦笑する。

 一応、ラキアからは、僕の使う技術はあまり世間に広めない方が良いだろうから、あの四名に留めて置け、と口止めされているから、おおっぴらに比較はできないものの、科学と魔法の違いには大いに興味がある。


「お邪魔します……」


 馴染みであるヒィズさんが、最初に扉を開け店内に入る。

 人間が経営する店に入ったから、緊張したのだろう、ヒィズさんも店内に入るとテンションが一気に落ちた。


 広い店内。

 所狭しと置かれた棚に遮られ、棚ごとに様々な本や晶石、棒などが整理され陳列されている様は、どことなく大型文房具屋を彷彿とさせる。

 雑多に置かれている物の多さに比べて、人は客も店員も含めて見当たらない。

 気軽に入る場所、という訳でもないのだろうか。


「この辺に陳列されている物を手に取って見ても大丈夫かな?」


 僕は、物珍し気に陳列されているものを眺める。

 僕の視線の先には、ビー玉を一回り大きくしたくらいのサイズの、半透明の薄紅色に染まった石が複数個、丁寧に置かれていた。

 触っても大丈夫かな?


「はい、大切に扱うのであれば、特に問題ないはずです」


 ヒィズさんが、ニコリと笑いかけながら、答えてくれた。

 その向こうでは、ラキアが木の棒のようなものを持ち、しげしげと眺めている。


 僕は晶石を取って透かして見る。

 殆ど夾雑物もなく、薄く赤く色づいた透き通った石。綺麗だ。


「何かお探しですかぁ?」


 背後からいきなり声を掛けられて、ビクっとする。


「あ、す、すみません、すみません!珍しくて、つい!」


 慌てて振り返ると、そこにはややふくよかな、無造作に髪を背中でまとめ大きくリボンをつけた女性が、ほんわかとした笑顔をたたえて立っていた。


「いえいえ、大丈夫ですよぉ。私も本を取りに来る途中でしたしね」

「ああ、店員さんではなく、お客さんでしたか。通行の邪魔していました?」

「いえいえ、私、店番なので、大丈夫ですよぉ。暇だったので、売り場の本を見ていただけですよぉ。何かありましたら、声かけてくださいねぇ」


 どこかのんびりとした喋り方の女性は、店の人だったようだ。

 おっとりした感じの、かわいらしい方だが、どこか自由な雰囲気を漂わせている。

 ヒィズさんとラキアに気づいても、笑顔で会釈をして、彼女達の方が少し戸惑っているところを見ると、やはり少し変わった方のようだ。とはいえ、狼人に差別意識を持たないのは、好感の持てる変わり方、だけれども。


「ありがとうございます、この薄紅色の石は、何に使うのですか?」

「これはですねぇ、晶石と言って、魔力を注ぐと反応して様々な現象を引き起こすのですよぉ。これの場合、注がれた力の量に応じて、熱が出るのですねぇ」

「そうなんですか!例えばこっちの灰色の石にはどんな効果が?」

「こっちはですねぇ、魔力を注ぐと、力がかかるのですよぉ。例えば、こっちの車輪付きの籠にはこの石が埋め込まれていましてぇ。真ん中の石に魔力を注ぐと、籠ごと移動するのですよぉ」


 そう言って、店員さんは玩具のような、小さな荷台がついた車の中央に付けられた薄いグレイの石に手を添えると、ごろごろと車が動き出した。


「おお、すごいですね!モーターみたいなのはあるんですか?」

「モーターって何ですかぁ?」

「えぇとですね、電気と磁石とコイルを使って、軸を回転させる仕組みでしてね。コイルに電気を流すことで磁界を発生させて、磁石との反発の力を応用しているんですよ。そういった駆動システムとかってないですか?」

「え~、何ですかそれ。初めて聞きました~。すぐには理解できないのですが、静電気を発生させる晶石であれば、こっちにありますよ~」

「どれですか、ちょっと見せていただけますか??」


 ……。


 ふと我に返る。


 気が付くと、ラキアとヒィズさんそっちのけで、店員さんと熱く語り合っていた。

 しまった、熱中しすぎた!ついでに、日本での知識をだだ漏れしちゃったよ!


 あわててきょろきょろすると、壁際にある椅子に腰かけ、小さなテーブルにコップを置いて、二人でお喋りしている様子。

 よかった、どうやら暇潰しくらいはできているようだ。


 一息ついていると、扉から誰かが入ってきた音が聞こえた。

 振り向くと、ゆったりとしたローブを着た女性が店内に入ってくる。

 ゆるく波打つ紫紺色の豊かな髪をなびかせ、大きな帽子をかぶったその女性は、どこか年齢不詳の魔女のような風格を漂わせる。

 整っているが冷たい印象を受ける顔を壁際で座るラキア達に向けると、あからさまに顔を顰める。嫌な印象だ。

 その後、こちらを向いて、店員さんに向けて問いかけた。


「イリカ、あなた何をやっているの?」

「ソルディナさん、その、お客様に商品の説明をしていたのですけど、いろいろと興味深いお話しを聞いてまして……」


 僕を一瞥した後で、まるで僕などいないかのように店員さんに話しかける。

 店員さんも、その間延びした喋り方がやや抑えられており、緊張感が伝わる。

 僕とのやりとりを懸命に伝えようとする店員さん。あれこれ話した割には、随分とよく、僕の話を覚えてくれていることに密かに驚いた。


 最初はつまらなさそうな顔をしていた女性だが、徐々に不審なものでも見るような目つきで僕の方をちらちらと見始める。

 しばらくしてから、つかつかと僕の方に歩み寄り、腕を組んで厳しい目線で話しかけてきた。


「貴方、変な知識を持っているようだけど、どこでそんな知識を手に入れたの?」


 変な知識か。そりゃ、こっちの世界では、変な知識だよね。

 しまった、やはり調子に乗りすぎた。


 しかし、名乗りもせず、何なのだろう、このオバサンは……

 この高圧的な雰囲気といい、それがしっくりくる態度といい、そしてこの詰問調で客を問い詰めていることに対して制止しない店員の態度と言い、何か嫌な予感がしてならない。


 きっと、僕が異世界から迷い込んだ存在であるとバレたら、碌なことにはならないだろう。やば、何と答えるのが吉なのだろうか。


「ゆ、夢のお告げです!」


 我ながら阿呆な回答をしたものだが、してしまっては仕方がない。

 怪訝な顔をする女性だが、しかし嘘つきと決めつけるわけでもない。


「貴方……」


 何かを言いさして、口を噤む。


「貴方、どこから来たの?」


 相変わらず、自己紹介もなく、冷たい眼差しで僕を見る。まるで、道具か何かでも見るかのように。


「僕は……実は、昔の記憶を失い街中に倒れていまして、親切な方の厄介になっているのです」


 我ながら、なんと怪しい供述か、と思う。アドリブが利かなさすぎ。

 これでは役所に突き出されても仕方がないレベル。

 やばいか?


 青くなっている僕をよそに、目の前の女性は視線を壁際のラキアとヒィズさんに向ける。彼女達は、険しい表情で、こちらの様子を見守っている。

 何を確認したのか、女性はそのまま僕に視線を戻して、何か呟く。


 ……これなら、私が貰ってしまっても問題なさそうね、と聞こえたのは気のせいだろうか?


「はべっ!?」


 壁際に立っていた、等身大の人形三体が突然動き出し、僕を羽交い絞めにする。


「むー!むー!むー!」


 乱暴に人形に口をふさがれた僕は、喋ることもままならず、拘束される。


「何をやっているのっ!」


 異変を感じ取ったラキアが、弾かれたようにこちらに跳んで来るのが視界の端に見えたが、割り込んできた人形の背中に遮られる。

 その後、騒音や怒号などが飛び交っていたが、内容が良く聞き取れない。


「!」


 突然、不思議な香りのする布に顔を覆われたと思うと、次の瞬間には僕は意識を失っていった。

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