青田の正体(二)

 軍師――!?

 

 すぐに漢字に変換できた分、「黒幕」よりはマシだったかも知れないが、その目標を教えられても、具体的にどう受け止めれば良いのか、さっぱり見当がつかない。

 あまりにも捉えどころがない、その告白に美佐緖は固まってしまっていた。

 同時に、今までの青田の言動、姿形、それに周囲からの評価。

 「軍師」という言葉は、その全てに納得をもたらした。

 確かに――

「もっとも、軍師とは言っても目標としている人物は劉伯温こと劉基という方でしてね。今は、この人物の生涯を模倣しようと。そんな塩梅です。かの賢人も野にいた時も、こういった相談ごとを聞いていたのではないかと? そういう風に『想像』しているわけです。まさかこれほどの大事になるとは――俺は当たり前に“まだまだ”です」

 美佐緖の反応を見て、青田はさらに説明を重ねた。

 確かに、それで幾分かはわかりやすくなったが、それは「青田がとんでもない人物」であることが、さらに浮き彫りになっただけとも言える。

 そして青田は、さらに美佐緖に告げた。

「こうやって俺の目標がばれてしまったので、思い切って言ってしまいましょう。月苗さん、ここから先は軍師としての俺の献策です」

「け、けんさく?」

「こういう策がありますよ、と提案するような意味です。俺はずっと疑問に思っていたのですが、月苗さんの上杉家への対応はよろしくない」

 あまりに踏み込んできた青田の言葉に、さすがに鼻白む美佐緖。

 しかし、青田は構わずに続ける。

「どうして月苗さんは『上杉家』を一纏めにしてしまうのです? じっくりと観察して、味方を見つけることをお薦めします。今さら月苗さんを招こうとしていることに反駁している者が上杉家にも必ずいるはず。まず単純に思いつく諍いの種となれば老人と若者の対立ですが」

「あ……!」

 そう言われて、美佐緖は自分の迂闊さに気付いた。

 確かに、嫌うあまり観察を怠っていた。「観察」は本来ならそれは自分の習性クセと言っても良いのに。

 そして神田と美佐緖を結びつけた大切なものであったのに……

「ご自身を見つめ直す必要は無いようですね。こういうやり方は基本中の基本なんですがね。敵の中に味方を作る――どうです? “軍師”らしいですか?」

 そう言いながら青田は立ち上がった。

 相変わらず真っ直ぐに。

「では、これにて終了ということで。今回の『想像』。ご満足頂けたことと自負しておりますが――」

「は、はい! それはもう!」

 慌てて立ち上がった美佐緖が青田に頭を下げる。

「止して下さい。今回、俺はまったく役立たずでした。こんな俺でもお役に立てそうだとお思いなら、またご連絡頂ければ幸いです――先輩」

 その呼びかけに応え、すぐさま天奈が扉を開けて現れた。

「――月苗様。本日はお疲れ様でした。青田の不調法でお手間を掛けてしまったこと、私からもお詫び申し上げます」

 そして伏せられた瞳のまま美佐緖に頭を下げた。

 それを聞いた青田は、これ以上無いほどに苦々しい表情を浮かべている。

 あまりにも、なこの光景に、美佐緖としても苦笑を浮かべるしかない。

 天奈はそれに構わず、さらに告げた。

「お帰りのための車は間もなく到着の運びとなっております。しばらくお待ち頂きますよう。青田はこれにて失礼させて頂きますので」

「おい」

「これ以上なにか? お茶のおかわりも言わないで」

「先輩が出したお茶を、俺が飲むような愚か者だとでも?」

 まったく天奈相手を信用していない。

 しかしそれでも“割れ鍋に綴じ蓋”なんて言葉が浮かんでくるのはなぜだろう、と美佐緖は笑いを堪えていた。

「――天奈様。お車が到着したようです」

 料亭のものなのだろう。美佐緖からは見えない方向から、そんな声が聞こえてくる。

「それでは、お暇させていただきます。段取りは出来上がっていますので、代金等お気になさらぬよう。それでは」

「失礼致します」

 その声が合図だったのだろう。

 あまりにも呆気なく二人は――青田は美佐緖の前から姿を消した。

 その大きな変化に、改めて時間の経過を意識した美佐緖は思わず振り返る。

 明り取りの窓から美佐緖が空を眺めると、すっかりと夜の帳は降りていた。都会まちの灯りにショーアップされたように、夜空には冬の星が輝いている。

 その空の変化は確かに青田がいたことの証明になるだろう。

 結局、口をつけることがなかった茶の冷たさも。

 そんな証明を求めてしまうほど、終わってしまった青田の「説明」はまるで夢のようで――

 けれど美佐緖は感じていた。

 胸の奥に燻る、確かな絆を。


 ――それが何より、今までの時間が夢では無いことの証明あかしだった。

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