青田の正体(一)
決して“良い”人ではない青田から放たれたその言葉。
あまりに似合わない。
美佐緖は思わず微笑んでしまったが、青田の意図は伝わっていた。
“凄惨な終わり”という印象がぬぐいきれない、この事件の印象を和らげるために、強引だとわかっていても、ああいう言葉で締めくくったのだろう。
その青田の気遣いは素直にありがたかった。
だからこそ、なのだろう。
「――もしかして、青田さんが小説家の方に相談したのって……」
「はい。俺としてはこの結末がどうにも気にくわない」
全てを台無しにするようなことを青田は言い出した。
「予断があるのではないかと。俺の都合の良いように『想像』してしまっているのではないかと。ですが、何度繰り返しても神田さんの真意は、先程までの説明と同じ場所に着地する」
「青田さん……そんな風に考えることが出来るなら、それはもう予断も何も無いですよ」
青田の疑い深さに、今度は苦笑を浮かべる美佐緖。しかし、青田が
その理由は、美佐緖を慰めるため。
それなら――
「小説家の方はどう仰られていたんですか?」
空元気であっても、青田にはそういう姿を見せるべきなのだろう。
実際に興味があったことも確かだが、美佐緖は少し身振りを大袈裟にして青田に尋ねて見せた。
「はぁ。こういった『想像』を元にして、新作を書くのだと」
「はい?」
大袈裟にした美佐緖の身振りに、青田はカウンターを浴びせるような事を言い出す。
「もちろん、そのままではありませんよ。そもそも俺が相談したときには、この事件と関係がある様には伝えませんでしたから。なんでも十九世紀のロンドンにおける暗殺者の話にするとか」
「ちょ、ちょっと待って下さい……え~と――」
単純に考えると神田を暗殺者にするという事なのだろう。
それぐらいしか重ねる事が出来そうな部分が無い。いや、それよりも……
「それが青田さんの相談を受けた結果なんですか? 古門さんでしたっけ」
「はい。まぁ、それでですね、『これほど素敵な話は無い。大丈夫だ。太鼓判を上げる』と返ってきまして、それがお世辞では無い証拠に『新作のモデルにさせてくれと、伝えてくれ』と、こうなりまして」
なんという保証の仕方だろうか。
美佐緖は絶句してしまっている。
「それを聞いていた志藤先輩が、『これはもう、
「と、とにかく、その判断だけは正しかったわけですから」
伝え方には問題しか無かったが、確かにこの二人が青田の背を押したのだろう。
美佐緖は大事な部分だけを抜き出して納得することにした。
「けれど――何だか
「ええ。投票というシステムのバカらしさを証明するように、ずっと生徒会の役員でしたよ」
美佐緖が話題を変えようとしたが、青田の交友関係はさらなる混沌を示した。
「ああ、生徒会長で……」
「あの女が、そんな目立つポジションに就くものですか。副会長にまで押し上げたのは衆愚は衆愚でも、ある程度は自浄作用が働いたのでしょう」
青田が使う言葉が、容赦を無くしたのかどんどん小難しくなってゆく。
それをなんとか噛み砕きながら、美佐緖は肝心な所を尋ねた。
「結局、御瑠川さんはどういった方なんですか? いったいどういう目的があるのか……もう果たされているのかも知れませんけれど」
「“黒幕”です」
美佐緖の問いに、青田はあっさりと答えを返してきた。
しかし、咄嗟にはその言葉を受け止められない美佐緖。結果惚けたように繰り返してしまう。
「……くろまく?」
「一般に通じる言葉としては、この辺りが適当かと。要するに、表に出ずに傀儡を操って自分の好きなように暗躍する。そういう人物になりたいわけですよ。ですから、あちこちに情報網を広げていましてね。もちろん悪辣な方法で」
何が“もちろん”なのかはわからなかったが、とりあえずは天奈がこの「相談」について、どういった役割を果たしたのかは理解した美佐緖。
それでも疑問点は多々あるわけだが、実際にそういった情報網がなければ、謎はいつまでも謎のままであったのだろう。
ただそうなると――
「青田さんも、同じような目標があるのでは? 何だかコネをつくるとか……」
「似たような部分があることは確かですが、俺は特段悪しきことをするつもりもありませんし公序良俗には従うつもりです。コネを悪用するつもりもありません。第一、俺の人生の本番は五十才になってからですからね」
さすがに美佐緖は胡乱な眼差しで青田を見つめる。
「……どうしてそんな目標に? 清司郎も菜子さんも教えてくれませんでしたけど、青田さんはどんな目標があるんですか? 清司郎が言うには、もう青田さんはそうだって話なんですけど」
「俺が二人に口止めをお願いしているのに、ここで月苗さんにお伝えするわけには――」
「私には“借り”があると考えておられるのでしょう?」
美佐緖が重ねてそう尋ねると、青田は諦めたようにため息をついた。
「……では、特別に。月苗たちには謝っておいて下さい。俺が目標としているのは――『軍師』です」
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