藍より青し(五)
青田の論評は辛辣すぎるかもしれない。しかしこれはあくまで神田を基準として考えた場合だ。その視点で考えるなら、青田の受け止め方は妥当であり、そして神田もまた同じ想いで田之倉有香が作った映像を見続けていた可能性が高い。
「……何か、別の答えが欲しかったんでしょうね。高速で変化していく映像の中で一瞬を捕らえて、そこに救いを見出そうとしていた。もちろん、最初からこんな風に“こだわり”を言語化していたわけではない。サークルに溶け込むあたって、写真について何か意見を持たなくてはならない。そういう必要性があって、神田さんは“こだわり”を持つようになった」
「……もしかすると、そういう会話が出来た方が、私はより『タノユー』に見えるだろうという計算も?」
美佐緖が、神田の思考をなぞり始めていた。
それは美佐緖にとって楽しいものだったからだ。今までの陰惨な事件を起こした理由を探るためではない。これは神田の人間性を再確認する――神田との思い出を再確認することでもあったからだ。
「そうです。そういった必要性を神田さんが感じていたのは間違いない。だからこそ月苗さんに話しかけたのでしょう? あなたが違和感を感じるほどに。そのアプローチを、月苗さんは交際期間を短めに申告したいという欲求に従い、そのあたり誤魔化しておられましたが」
「欲求って……」
「他に適当な言葉がありませんので。そして、話しかけてみると神田さんにとってはラッキーな事に、田之倉さんの代わりでしかない相手もまた“こだわり”を持っている。これほど写真――あるいは映像について話が出来る相手ならば、調べられても交わした言葉ですら欺くことが出来る。しかし、神田さんはいつしか“こだわり”に真剣になった。”嘘から出た
確かにその通りだと、美佐緖はそんな青田の『想像』を否定出来ない。神田の“こだわり”は本物だった。
だからこそ「想像」が
「神田さんは、田之倉さんの映像作品から瞬間を取りだして、そこに過去――自分の残滓を見つけ出そうとしていた。激しく動き続ける動画の中に自分を見つけ出そうとしていた。つまり、あくまで撮影対象は追いかけるもの。俺もそう考えていたように、これはそのまま写真撮影に持ち込んでも違和感が発生しない理屈だ。ところが月苗さんは、ジッと立ち止まって、撮影対象を見詰め続ける」
そうだ。
青田の言葉のままでは無いが、確かに美佐緖はそういった“こだわり”の違いで、神田と言い争いになった事もある。「たまゆら」のメンバーの前でもだ。
だがそれは――楽しかったのだ。輝いていたのだ。
「岡埜が現れた以降も、神田さんが踏ん張れたのはサークルがあったからこそ。俺はそんな風に『想像』しますが――」
「ええ。その想像は正しいと思います」
美佐緖が請けおった。青田はそれを聞いて小さく頷く。
「ならば、さらに『想像』を進めましょう。俺はね、月苗さん。あなたの対象に向かい合う――向かい合ってくれるという姿勢に、ずいぶん神田さんは救われたと考えてるんですよ。何しろ、神田さんは田之倉さんに一瞥もされずに打ち捨てられた――神田さん自身はそう考えていた。さらに“守ることが出来なかった”という後悔が神田さんを縛り付けていた。しかし月苗さんの“こだわり”――今にも動き出そうとする“兆し”にまで踏み込むという“こだわり”。それは期待されるということ」
「それは……」
美佐緖は、反射的にそれを否定しようとした。そこまでは考えていないと。
しかし、すぐさまその言葉を飲み込んだ。重要なのは「神田和夫」がどう受け止め、どう考えたか? それが大切なのだから。
「だからこそ、神田さんも月苗さんの撮影に付き合い続けた。さらにはアドバイスまで。その上サークル上層部に掛け合った。それは
「そうです。和夫さんは、本当に心からの笑顔を――」
そう。
美佐緖が惹かれたあの笑みは、食欲などがもたらしたものでは無い。
純粋に美佐緖を想ってくれていたからこそ、美佐緖はそこに神田の真心を見たのだ。
今度こそ美佐緖は、それを確信できた。
「さて、ここまでは納得していただいたということで、話を元に戻しましょう。神田さんが“藍より青し”を思いついた理由。もっとも、ここまでの説明でもうおわかりでしょうが、つまり最初は神田さんと月苗さんの関係から思いつかれたこと」
そんな美佐緖の
だがそれでも、美佐緖は感じていた。
“藍より青し”という言葉からイメージされる、清冽さのようなものを。
それを神田も感じたのだろうと確信しながら、美佐緖はやはりあの
「……私が弟子ですか? ちょっと納得行きませんけれど……」
だから駄々をこねるように、美佐緖は抵抗を試みた。
かつて、神田と言い争いをしていた頃のように。
「……そのあたりには、俺の想像は及びません。しかし、月苗さんが神田さんに“閃き”を与えたことは間違いないでしょう。その結果として――」
そこで初めて、青田は美佐緖にもはっきりとわかるような躊躇を見せた。
しかし、これ以上何か躊躇うような何かがあったのだろうか?
美佐緖が不安げな表情を浮かべる。しかしその表情が青田に決意を促したようだ。
コホン、と青田はわざとらしく咳払いをして、こう続ける。
「――神田さんは今度こそ“好きな女の子を守ることが出来た”。それで良いではありませんか」
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