藍より青し(四)

 ――完全に欺かれた。


 それが美佐緖の偽らざる思いだった。

 青田は用意していたのだ。あそこで「想像」を止めたところで美佐緖は納得しないことを読み切っていて。

 美佐緖の頬が赤くなっているのは、怒りのためか羞恥のためか。

 そんな美佐緖に、青田は前のめりになって顔を近づけた。その目はさらに蘭々と輝いている。

「俺は何度も告げてきたはずです。神田さんが計画を完成させたのは白馬旅行のあとだと。そして十月十六日にも、俺は神田さんが“月苗さんの思う神田さん”である可能性を示したはず」

「そ、それは……そうなんですけど」

「では、もっと遡りましょう。神田さんは撮影について何かこだわりがあるように感じられたのでしょう? そうではありませんでしたか?」

 そう言われて、美佐緖は目を瞠った。

 確かに、美佐緖はそういった神田の“こだわり”について青田に伝えていた。しかしそれは「念のため」というぐらいの理由で“始まり”から伝えただけのこと。

 すでに一年以上前のことなのだ。美佐緖にとっては。

 いったい青田は、そこに何を見出したというのか――

「その時には月苗さんは違和感を感じていた、と説明されています。ならば何故その違和感を放置されたのです? 事態の多くが詳らかになった現在いま、そこまで考えてこそ神田さんの真意を『想像』できるというものです」

「っ……」

 思わず美佐緖は歯がみしてしまった。

 青田は決して“良い”人ではない。

 それはわかっていたはずなのに。

 本当に性質たちが悪いのは、青田は諦めた美佐緖に腹を立てていて、その怒りが至極真っ当だということだ。

 神田の真意が存在する事をたびたび指摘されてきたはずなのに、美佐緖は勝手に終わりだと決めつけてしまっていた。青田が怒るのも無理はない。

 そもそも、それに気付き“きっかけ”を青田に伝えたのは美佐緖だというのに。

 しかしそれでも、こんな風に嫌味を言われるのは――と、美佐緖の不満が表情に出ていたのだろう。

 それを見て、青田は姿勢を真っ直ぐに戻す。

「――では、そのおかげで再確認出来たと前向きに考えておくとしましょう。まず、月苗さんが感じた違和感。神田さんが写真について何かこだわりがある用に感じた理由。それはもう明らかです。タノユーの映像作品――もちろん正式に公開されているものですよ――が神田さんの“こだわり”の中核にあった。好き嫌いでは無く」

 そして美佐緖の不満には構わず、滔々と説明を続ける。どう考えても“良い”人ではない。何しろ、ここで青田に文句を言うわけにはいかない。それを見切っているからこそ、青田は悠然と説明を続けるのだ。

 何より、美佐緖が青田の説明を先に進めたいのだ。先ほどとは逆に、美佐緖が身を乗り出していた。

「それでその動画ですが――ああ、だろうな」

 その青田が、美佐緖の圧から逃れるように立ち上がった。そして、その目的は先に田之倉の動画を確認したタブレット。青田はそのタブレットを持ち上げて確認し、

「やはり、こちらに入ってました。俺のスマホで見るよりはわかりやすい」

「え? それって――御瑠川さんが用意されていたってことですか?」

「そうなります。では、こちらをどうぞ――実にわかりやすいものを用意してますね、あの女は」

 そんな天奈への嫌味と同時に、タブレットに動画が映し出される。

 ただそれは動画あることは間違いないが、ジャンルとしては海外のアーティストのミュージックビデオであるらしい。重厚なサウンドとメロディアスさが両立している。それであるのに、あまりにスピーディだ。

 そして、そのサウンドに合わせたように、最初は暗く密閉された空間から、このサウンドを生みだしたのであろう六人が脱出する。

 そして六人は楽器を持って自由を謳歌しているようなイメージ映像をバックに暴れ回る。このバックの映像が凄まじく、それはまさに色の洪水だった。

 しかし、その洪水に秩序があり、さらにはメロディに合わせているのだから、コンマ、あるいはそれ以下のレベルから調整していることも確かなのだろう。

 この楽曲がスピーディであるので、それらがめまぐるしく変わるのだが、それをコマ送りにしてでも、その仕事ぶりを確認したくなる繊細さも確かにあるのだ。

 そこまでの仕事を見せつけて、最後には全てを破壊する結末へと向かう。

 映像の内容をおしなべて説明するなら、こういう事になるだろう。

「――所謂、ジャーマンメタルというジャンルになるだろうバンド、『カリ・ユ・ガ』の『ジェイル』という曲ですね。そして、その映像を手がけているのがタノユーこと田之倉さんです。こちら、インディーズ時代に作られた楽曲でして、このミュージックビデオもまた、そういった環境であるからこそタノユーさんが手がけることになったと言うわけです。元々は田之倉さんがファンだったようですね。これでタノユーが一気にスターダムにのし上がった、と言うわけでは無い様ですが名を知られることになったわけで――つまりは、これもまた初期作品」

 映像と音楽に圧倒されていた美佐緖が、最後の「初期作品」という単語に反応して、自分を取り戻した。

 そもそもは神田の思惑についての検証を行っていた――それを美佐緖は思い出したのだ。

 では、この映像が「初期作品」と考えるなら……

「……割と、そのままですね」

「やはり、そう思われますか。何しろ初期作品ですからね。技術的にも拙い部分が多く、そのために自分が得意なやり方でまとめてしまった。テーマの消化が十分ではないんでしょうね。他の作品も色々拝見させて頂きましたが、やはり共通するコンセプトとしては“疾走”と“解放”。それに“未来”ですか。『明日へと超高速で飛び込め』――のようなコピーが付いている映像作品もありましたが、これ言い方を変えれば“逃避”と”過去の廃棄”です」

 

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