藍より青し(二)

 青田の宣言に対して、美佐緖は居住まいを正した。青田が放つ雰囲気に気圧されていたとも言えるだろう。この時の青田は背は真っ直ぐなまま、ただその目を爛々と輝かせていたのだから。

 異様――それ以外に表現のしようがない。

「この時、神田さんは『電紋』を特別なものだと認識させる必要がありました」

 そんな青田は、もう美佐緖に気を配ることは無い。

 ひたすらに説明を続ける。

「だからこそ『電紋』にこだわって見せたのです。その最適解は――以外の選択は無い。では特別なものだと認識させる理由とは何か? それは当初の計画通り田之倉さんを、この事件から無関係な状態に置いておくためです。『電紋』という共通点が露見すれば、遠からず気付く者が現れる」

「あ、あの!」

 美佐緖が思い切って声を上げた。

 先程までの、鬱屈したような精神状態では無い。

 神田の事を知りたい――それが美佐緖の心に活力を蘇らせたのだろう。

 青田の語る「神田和夫」は確かに意志を持っているように感じたからだ。ただ事態に巻き込まれただけのようには感じられなかった。

 だからこそ美佐緖は青田に問う。

「それは槇さんの話ですよね? それならわざわざ食べなくても、今までと同じように……いえ、そもそも『電紋』は和夫さんにもあるわけだから……」

 だが勢い込んで尋ねてみたものの、美佐緖にとって、今は五里霧中であることは変わらない。どうしても尻すぼみになってしまうが――

「そうです。まさにそこです。俺も『電紋』の存在を月苗さんに教えて頂いたとき、それである程度の道筋は判明したと考えました。ところが『電紋』を月苗さんがご覧になったのは神田さんの腕ですから、どうにも理屈が通らない」

 そう。青田もまた、美佐緖と同じ箇所で立ち止まっていたのだ。

「そのあと、九年前の渡良瀬遊水地の事故にたどり着いて、神田さんが『電紋』の持ち主であることにも説明が付きました。では今回はどうなるのか? 当初の計画通りなら、神田さんは岡埜に黙って動いて良いはずなのです。そうすれば岡埜の中で『電紋』も意味を失ってゆく。つまり岡埜と共に犯行に及んでいる段階で、神田さんの思惑は始めとは違う――何らかの意志がある」

「それは田之倉さんを……守るため……」

「それは間違いないでしょう。独りよがりという可能性はあるものの神田さんがそういた理由で“始めた”た事は確かです。そうすると、この時に神田さんが考えていたのは“終わり”方」

 終わり――

 美佐緖の脳裏に青田の声が蘇る。

 そう。確かに青田は神田が“生き続けるつもりが無かった”と説明していた。

「最後の『旨人考察』が発表されたとき、これは自供だ、と俺は判断しました。狂気の可能性がありましたから断言出来なかったのは前に説明させて頂いたとおり。ですが、やはり神田さんは強い意志を持って行動していることが窺えます。となると『自供』に戻ってくるわけです。つまり自分で“終わり”を決めたということ」

 青田は再び美佐緖に構うことを辞めた。

「当初の目的は恐喝するであろう二人を除いた上で、田之倉さんの存在を隠す。月苗さんを犠牲にして。そして当然、その先も神田さんは考えていたはずだ。つまり、今度こそこと。具体的な計画はなかったのでしょう。しかし、そういった妄想も当然していたはずだ。そういった未来が見えていればこそ、神田さんは計画立案に夢中になった」

 否定できない。

 美佐緖はどうしても否定できない。

「ですが、実行してしまうと当たり前に上手く行かない。いや上手く行かないどころでは無い。

 岡埜の出現だけではない。

 そもそも、小森に手を掛けた“始まり”から間違っていたのだから。

「そのまま神田さんは流されていた――ように見えた」

「違い……ますよね?」

「違うと考えて貰わなければ、俺もこの先の『想像』が説明しづらいですからね。そうです。“終わり”を神田さんは選択している。何故か? 当然一つには田之倉さんを秘するためです。恐喝される危険性の問題では無い。すでに神田さん自らが“弱み”となってしまっている。そしてもう一つは月苗さんを護るため」

「え?」

 いきなり出てきた自分の名前。

 美佐緖が戸惑うのも無理はない。

 しかし青田はそれを無視した。

「しかし簡単には“終わり”に出来ない。神田さんの体には『電紋』が浮かんでいる。まずはこの処分を考えなければならない。それについてはすぐに答えが出る。岡埜に処理させれば良い」

「良い……って」

「幸いなことに、岡埜は人を食べること以上の理由を探している。その理由に『電紋』を差し込んでしまえば良いわけです。幸い、小森さんの事件については岡埜は関わってはいない。あとから小森さんの遺体を確認した可能性はあるが問題ない。実際に『電紋』については処理済みだ。それを神田さんが“食べた”と主張したところで、岡埜はそれを否定できない。その上で槇さんの『電紋』を岡埜に見せつけておいて、神田さんが独り占めした。いや、岡埜には食べさせなかった。そうすると岡埜はどう考えるか? 決まっている。『電紋』こそが特別だと思い込む。そして特別の証として、神田さんの身体には『電紋』が浮かんでいる。神田さんは、そう岡埜が思い込むように、語り、騙り、狂気の程を見せつけた。結果――」


 ――神田和夫は岡埜真人に食われた。

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