藍より青し(一)

 そこからしばらく、青田の説明は今まで報道されていた内容をなぞるだけだったと言っても良い。大洗の事件に関しては大楠自身が大洗での行動を動画投稿サイトに上げていたので、その点で目を付けやすかったのだろうという補足はなされたが、言ってしまえばそれだけだ。

 しかしその最後に――

「この時、怪我をしたのは神田さんです。これも明らかになっていますが、我々はさらに踏み込んだ『想像』が出来ます」

「あの……雷に打たれて……」

 ……やはり、青田の「相談」とはこういう事になってしまうのか。

 そう自虐して心の中で呟いたように美佐緖は疲れ切っていた。青田の申し出を受けたはずなのに、もうどうでもよくなってしまっている。

「『電紋』ですね。岡埜は恐らくこの時に、神田さんの腕に浮かぶ『電紋』を見てしまったと思われます」

「それは……そうですね」

 しかし、青田の説明は続いていた。その勢いに翳りは見えない。

 あまりに妥当性の高い「想像」であるだけに、美佐緖も反応してしまう。

「またこの時、岡埜が焦れてきたとも考えられます。何しろ、まったく変身の兆候が自分の身には起こらない。もちろん、そんなもの起こるはずは無いのですから妄執とも言える。いや、もっとハッキリ言ってしまえば――本格的におかしくなり始めていた」

「それじゃ本当に?」

 やはり反射的に――美佐緖は確認してしまっている。

「神田さんは食べてないでしょう。そもそもそんな妄執は持ち合わせてはいない。食べたフリをするだけ。けれど岡埜は――」

「食べたんですね。……そうですね。実際最後に食べたことは――」

 ――確かな事なのだ。

 仕方のない事とは言え、青田の「想像」がどんどん陰惨さを増してゆく。

 それがまた美佐緖を苛むのだ。

 だが、それでも青田は止まらない。

「そういった状況で『電紋』を岡埜は見た。そこに特別なものを……神秘的な物を感じた可能性があります」

「……それは、わかる気もしますけど、やっぱり可能性だけの話になる気も……」

 美佐緖は逃げ出すように、そう反論した。

 だが青田は怯まなかった。何故なら次に殺されたのは――

「――槇さんの身体にも『電紋』があるんですよ。そしてこの時ばかりは神田さんも強硬に槇さんを狙うことを訴えたはずだ。事実、二人の動きはそうなっている。何度も古河市、その犯行現場付近を徘徊している姿が目撃されている。レンタカーでですがね。そして警察はその理由が未だにわかっていない。何しろ狂気に犯されていたという言い訳も用意できるため、それほど熱心には追求してないでしょう。ですが我々は、何故槇さんを狙うのかは承知している。情報レベルで差異があるわけです――では岡埜は?」

「やっぱり狂気……ああ、これは和夫さんの意志なんだ。それなら――岡埜も理由を探したんですね。何故、槇さんを獲物として選ばなければならいのか? その理由を」

 青田の説明に巻き取られるように、美佐緖も岡埜の心境を察してしまった。

「はい。そういった状態で、岡埜は再び見ることになります。身体に浮かぶ『電紋』を。そしてそれにこだわり切り取って、この場で焼き、恐らくは食した神田さんの姿を」

 疲れ切っていた美佐緖の心。

 それでも、その青田の指摘には顔を上げざるを得ない。

 そして咎めるように青田を睨みつける。

 だがそれで恐れ入るような青田では無い。心持ち胸を張りながら、美佐緖を見下ろすように見遣る。

「食べていないと考える方がどうかしている。いや、この時にはあらゆる条件が神田さんに食べるように促しています。まず――もはやそれ以上、神田さんは生き続けるつもりが無かったこと」

「どうしてそんな事が!」

 とにかく青田の言葉を否定したい。

 そんな思いが美佐緖を先走った発言に導いたのだろう。

 しかし、ここで青田が言葉を止めた。狙い澄ましたように。

 あるいはそれは美佐緖を信頼しての停滞であったのかも知れない。

 美佐緖は、そんな青田の思惑に応えるように、

「……え?」

 と小さく呟いてしまった。

 それにつれて、青田の言葉を理解出来るようになっていく。

 マジマジと青田を見つめる美佐緖。そして青田もまた、爛々と光る目で美佐緖を見据えた。

「まず、実際に確認されていることをお伝えします。神田さんの胃の内容物から槇さんの体の一部が発見されているんです。ただこれは知っている者が少ない。報道の途中で神田さんが岡埜を倒した、という話になったからですね。そのために、この発見はあえて無視されたのです。しかし結局、食人鬼二人となったのは、そういった事実に目をむけた者がいたからです。それに、わざわざ証明しなくても、この事件の犯人だ。普通はそう思う――と」

「で、でも……」

「そうです。我々はそこに理由を見出さなければならない――? と」

 美佐緖はずっと目を瞑っていたのだ。

 神田が、世間でどういう風に言われているのか?

 それが予想できるからこそ、美佐緖は知ろうとはしなかった。

 だが神田を信じるなら、その印象を信じるなら、美佐緖は目を背けてはいけなかったのだ。

「では『想像』に戻りましょう。神田さんは、どういった理由でこの時ばかりは人肉を食することを決めたのか? それを我々は見据えなければならない」

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