「役に立つ」

「ただ、神田さんの場合はその前提条件がかなり厳しい。九年――この時は八年ですか、とにかく鬱屈していた時間が長すぎる」

 美佐緖の疑問に応えるかのように、青田の説明は続く。

「八年経ってやっとですからね。神田さんは“何かが出来る”という手応えに快感を感じてしまい、それに夢中になった。だから少しやり過ぎてしまう。殺害計画を頭の中で妄想するだけではない。実際にノートPCにおいて計画書を打ち込んでしまった。『旨人考察』も実際に書いたのでしょう。そしてこういう計画ものはですね。文章にしてみると、自分自身でダメ出しが行える。つまり計画の前進だ。神田さんはますます夢中になった。たとえ誰にも見せなかったとしても」

「それじゃあ……」

 美佐緖は理由に思い至った。

 神田が髪を切った理由を。いや、身なりを整えた理由を。

「そうです。髪を切り、田之倉さんの代わりに生贄に捧げる予定の女性に気に入られる。少なくとも一緒に活動できるほど距離を縮める。そのために、神田さんはイメチェンを行った。それが“現実に起こった”神田さんが変化した理由」

 生贄の女性――即ち、月苗美佐緖は麻痺した心のままで青田に確認する。

「それもまた、計画を進めることが出来たという快感を和夫さんにもたらしたわけですね?」

 青田は、他にやりようがない――選択肢は持っていない事を主張するように、ただ首を縦に振った。

 その頷きに応えるように……ほんの少しだけ美佐緖の感情が動く。

 恐らくは嫉妬によって。

「……そんなに……似ていますか?」

 なぜなら美佐緖は掠れた声で、そんな風に尋ねたのだから。

「わかりません」

 しかし、青田は無慈悲に答える。そんな風に美佐緖は感じた。

「で、でも……」

「知ってもどうしようも無い。タノユーの容姿を確認する。その動きを気取られる。それが神田さんの望みに適うことなのか?」

 それは美佐緖への呼びかけでは無い。

 恐らくは何度も繰り返された、青田自身の自問自答。

 ――正直なところを言うなら、この事件はそのまま放置したかった。

 青田はそんな風に感じているように美佐緖には感じられた。

 だからこそ感情を殺して、青田は「わかりません」と答える。

 自分自身を納得させるために。

 だがそれでは到底美佐緖が納得するはずが無い。それがわかっているから……

「……そうだったんですね」

 美佐緖は理解した。青田の考え。そして神田の想いを。

 この事件を細部まで調べようとするなら、それは神田が隠そうとしていた田之倉有香の現状を詳らかにしてしまうことになる。

 だからこその「想像」だ。事実確認を厳密に行えば、神田は再び殺される。

 命も――何もかもを。

「ですから『きっと似ていたのだろう。成長した姿がなるに違いない、と思わせる可能性を、神田さんは月苗さんに感じていたに違いない』――そう想像しておきましょう」

 青田の提案に、力強く頷く美佐緖。

 嫉妬は確かにまだ胸の奥にある。いや、それ以上に神田が近付いて来た動機は、これ以上無いほどに人を馬鹿にした話だと、理性では理解出来る。

 しかし美佐緖の感情は、神田の想いを守ろうと思える――「役に立てる」事に喜びを感じてしまっている。

 だからこそ、この時の神田の感情を美佐緖は強く実感したのだ。

「ここから先は、月苗さんに教えてもらった通りですね。神田さんはサークルに近付き、溶け込み、月苗さんとの距離を縮めた」

 美佐緖の心が定まったことを見据えてか、青田はある意味ではデリケートな部分の説明に取りかかった。

 何しろ、青田にこの時期のことを伝えたのは美佐緖本人なのだから。

 だからこそ美佐緖が尋ねるのは、自分以外の視点での当時の「たまゆら」の行動になる。

「……あの渡良瀬遊水地への旅行にも意味があったんでしょうか? 慰めとか、懐かしいとか。和夫さん、別に実家に寄る感じでもなかったですし」

 サークル活動中だから、そういった私事を遠慮したのだろうと、神田が実家に立ち寄らなかったことについて、美佐緖は勝手に納得していた。

 しかし疑問を持ち始めると、その行動にも作為を感じてしまう。

「ああ、それはですね。恐らく月苗さんを囮として活用しようとした――つまり、自分はこうやって計画を進めてるぞ! と、神田さんが自己満足のために旅行を提案した。そういうことになるかと思います。神田さんは純粋に計画を進めているつもりだったんでしょうね」

「囮……ええと、神田さんと田之倉さんが一緒に行動している様に見せかける、って事ですよね」

「はい。田之倉さんの所在は突き止めるのが難しい。そんな時、神田さんと行動する、昔の面影がある女性が確認出来れば――それは田之倉さんだと考えるでしょう。神田さんもまた渡良瀬で聞き込みをしてしまっている。ならば、その動きが相手にばれていると警戒するのは確かに計画を練っただけの事はある用心深さだ。ですから、月苗さんを囮にして相手の動きを掴もうと。そういう目算があったわけです。渡良瀬に姿を現せば、さらに囮としての説得力が増す。――そんな風に神田さんは考えられた」

「それは……」

「はい。俺も、あまり有効性を感じない行動です。ですが、そもそもこの時の神田さんにとって重要なことは田之倉さんの『役に立つ』と自分で確認出来ること。もう優先順位の順番が入れ替わっている」

 青田の、ここまでの丁寧な説明のおかげか美佐緖もその指摘には頷くことが出来た。そういうことなら、と渡良瀬遊水地の旅行も納得出来る。

 そして青田はさらに、こんな説明を付け足した。

「それに――この状態は、一種のチキンレース状態だったと思うんですよ」

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