慰みに殺人を(二)

「青田さん?」

 たまらずに、美佐緖がさらに促す。

 それでも尚、青田は躊躇したようだが――

「――神田さんは計画を立てたのでしょう」

 突然に青田が切り出した。美佐緖はすぐに聞き返す。

「計画?」

「大きくまとめてしまうなら、それは田之倉さんを護るための計画。それを具体的なな言葉で言うのなら、小森朔太郎・槇陽翔の殺害計画」

 殺害。

 ついにその言葉が出現してしまった。

 そして美佐緖は、心なしか胸を張りながらそれに対してダメ出しを行う。

 常識人であることの義務だと――そんな建前に縋るようにして。

「……いきなり“殺す”なんて事になりますか?」

「なります。何しろ相手は田之倉さんの弱みを握っている――そう神田さんが考えていた事は間違いないでしょう。実際、田之倉さんは九年前の顛末を隠そうとしている。近隣が事実上の箝口令状態でしたからね。そして動画は“未発表”ということになっている」

「……弱みと言うことはわかりました」

 まずはここまで納得してみせる。

 美佐緖は顎を引きながら、青田に応えた。

「でも、やっぱり殺すなんて事には……」

「例えば神田さんが二人を説得しようとしたとします。しかしその瞬間、厄介な相手がいることが二人に知られてしまうことになります。すると恐喝はやめて、そのネタで一儲け企む可能性がある。神田さんはそれを恐れた――いや、それ以上にそういった展開になれば、神田さんは再び田之倉さんを護れないということになる。これは認めることが出来なかった」

「それで……」

 それで――美佐緖はいったいどんな言葉を続けようとしていたのか。

 しかしもう、青田は止まらなかった。

「かと言って安易に殺してしまっても、二人の身体には『電紋』がある。それを不審に思われては――特に週刊誌の記者などに嗅ぎ回られてはやはり台無しだ。かと言って、単純に『電紋』の部分を切り取っても同じ事。何故、切り取られたのか? が疑問として浮かび上がる。だからこその――」

「――食人。食われたように思わせて、切り取られた、無くなってしまった意味を上書きする」

 そこまでは美佐緖も気付いていた。わかっていた。

 しかし、それは食人の理由が判明するだけ。他の事は何もわからない。

 神田が髪を切った理由も。「たまゆら」に現れた理由も。

「当然、そういった意味があると大多数の人間に錯覚させるためには複数の被害者が必要になります。ですが計画で殺された数と比べて、実際に行われた殺人の数は少なかったのか多かったのか――この頃には『旨人考察』についても粗方の所は出来上がっていた。何故多くの人が殺されねばならなかったのか? 。そういう動機を知らしめねば、あまりにも効率が悪い上に運任せに過ぎますからね。『旨人考察』をばらまくのは絶対条件です。その上、最後の獲物は複数の意味を持つ。まずその獲物を田之倉さんだと、二人に思わせる必要がある。最初には恐らくは小森さんをおびき出すため。そして最後に九年前の事件にまったく関係がない女性を、食べたいという理由で獲物に選んだと知れ渡れば――意味の上書きは完全に完了する」

 ――動揺しなければならない。

 美佐緖も自分が見せるべき反応はわかっていた。

 しかし、わかっていても尚、どうしても心が動かない。

 半ば呆然として、青田の言葉が流れて行くのを見送るだけ。

「――よく考えられているとは思います」

 青田もまた、無感動に神田の計画を評価した。

 そして、さらに無感動に切り捨てる。

「だが、これはやはり“机上の空論”の枠は出ない。二人を除く事と“終わり”を決めているだけで、その他の殺人に関してはまったくの無計画。肝心の二人の殺人についてもどこまで具体的に考えていたのか。ですから、これはやはり妄想の類いだったと俺は判断しました。二人を殺す瞬間だけを想像し、自らを慰めていた。田之倉さんを今度こそ護れたと、それを妄想の中で達成して満足する」

 青田は、そんな神田のやり様を糾弾するかのように美佐緖には思われた。

 頭の中で、都合の良い妄想ゆめに耽る。それは「情けない」と後ろ指さされるような行いだろう。

 しかし美佐緖は――

「けれどね、月苗さん」

 青田が逆接の接続詞を紡いだ。

 そうと美佐緖が理解するまでに、しばらくの時が必要だった。

 そして、美佐緖はいつしかテーブルの上に落としていた視線を上げる。

「俺はここまで想像したときに、神田さんはやはり“普通の人”だと思いました。益体の無い想像に耽る? 大いに有り得ることです。想像の間である内は、いくら殺したって構わない。殺意を抱くことはままあることです。殺害計画を練る? それで慰められるなら結構な事では無いですか。想像の中で憂さを晴らし生活を送れるなら。俺はこういった方はかなりの数いると思いますよ。つまり――普通だ」

「普通……そうです。和夫さんは、やっぱり普通で、平凡で――」

「ええ。月苗さんのそういった感触は正しかった。だから彼が食人鬼ではないかという疑惑との齟齬を起こし、月苗さんはそれを抱えきれなくなってしまった。それが先だっての“相談”の真実なのでしょう」

 美佐緖は頷いた。

 確かにそれが真実だという感触がある。

 しかしそれなら――何故あんな惨劇が起こってしまったのか。


 ――“始まり”は何処だ?

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