慰みに殺人を(一)
「さて、ここで改めて確認になりますが、動画の発見だけではまだ“きっかけ”として不十分です。俺が思うに、神田さんが発見したのは梅雨の頃あたりではないかと。見るだけなら夏休み関係ありませんし」
そう言われて、美佐緖も確かにそうだと頷きを返した。
神田の事を想い、落ち込みそうな気持ちを、そうやって仕切り直すことで持ち直そうとしているのだろう。
「それに……我々はこの動画がどういう目的で作られたのかはわかっています。ですが、神田さんにしてみれば、どういう風に自分が思われているかということは理解しつつも、それでも田之倉さんがあの事故にこだわっている、と受け止めることが出来たわけです。この段階では『未発表ながら、動画作成は自分の意志で行った』という読み取り方しか出来ませんからね」
「ああ、そうですね。医療行為の一環として作成されたとは――」
「当然、神田さんにはわかりません。そこに神田さんが救いを求めても仕方が無い側面は確かにある。そこで神田さんは改めて渡良瀬遊水地に向かわれたのではないかと思うんです。帰省にもなりますし。恐らく夏休みあたりに」
それに対して、美佐緖が首を傾げた。
「でも……それは……」
「はい。常識で考えれば無益な行いに終わる可能性がほとんどです。ですが、動画制作にあたって取材に訪れたのではないか? そんな理由はいくらでも思いつける。神田さんの心理を慮ってみると、そこまで無茶では無い――そして、その行動は一つの成果をもたらします」
「田之倉さんと会ったんですか?」
「いいえ。ですが神田さんは気付いたのでしょう。自分と同じように、田之倉さんとの繋がりを探す小森さんの存在を」
「小森さん? え? どういうことですか?」
美佐緖が戸惑った声を挙げた。
「小森さんが田之倉さんを探すとなると、どうしても渡良瀬遊水地近辺になります。必然的に聞き込みが――」
「そうじゃなくて」
焦れたように、美佐緖が青田を止めた。
「どうしてここで小森さんが出てくるんです?」
「ネームバリュー」
美佐緖の問いに、青田は短く答えた。もちろんそれだけでは、わかろうはずもない。しかしその言葉は――
「今の田之倉さんの名前には確かにネームバリューがある。そういった人物に小森さんが興味を持った。その理由は一つだけでしょう」
「――恐喝、ですね」
美佐緖が固い声で謎解きをした。
何せ小森の生業は“タカリ屋”だ。あまりにも簡単な謎かけ。
「小森さんは小森さんで、何かの伝手で動画を発見し、その制作者が九年前の関係者、それもあの女の子だということに気付く。それは神田さんが行動を起こすよりも早かったのでしょう。結果、神田さんは田之倉さんでは無く、小森さんの痕跡ばかりを追ってしまうことになる」
「じゃ、じゃあ、動画流出が……動画流出がなければ――」
「確かに、そういう見方もあります。ですがこの事件、とにかく“始まり”が多い。動画流出は確かに"始まり”の一つになりますが、事件を止めるポイントは他にもあるんです――ですから、俺は説明を続けるしかない」
いつの間にか、青田の表情から感情が消えていた。
感情に付き合っていては、心が保たないとでも言うかのように。
「当然、どういった男であるのかは神田さんも尋ねたのでしょう。当時、小森さんは高校生ですから、さほど見た目は変わっていない。ですから、九年前の事故の関係者だと神田さんも気付く」
あくまで淡々と、青田は言葉を積み上げて行く。
「この時、最悪と言っても良いのかも知れません――調べ物をするのに手伝ってくれる人物が神田さんの側にいた」
「岡埜ですね」
「はい。この辺りは妄想に近いですし、もっと複雑な経緯があるのかも知れません。ですが現象として、夏休みがあける頃には、神田さんはイメチェンを果たしている。
それは何故か? という部分から逆算して想像してみましょう。そうなると俺はどうしても神田さんが小森さんの生業を知った。そして、槇さんについても知った。そういう段階を踏んでいったとしか思えない。あるいは先に槇さんについて調べ、小森さんはその手先だと考えたのかも知れません。この方がありそうではありますね」
槇については、小森より調べやすかった可能性は高い。
何しろ目立つ体格の持ち主だし、悪評にも事欠かない人物だ。
美佐緖も小さく頷いて先を促す。しかし、続けて語られた青田の"想像”は受け入れがたいものだった。そこに――妥当性があったとしても。
「この二人を知ったときの神田さんの胸中は如何ほどのものであったのか? 当然、田之倉さんを護らねばならないという義憤めいた感情があったことは否定しません。しかし俺は同時に歓喜があったのでは無いかとも想像できます。今度こそ、田之倉さんを護る好機が訪れたと。やり直しが出来ると」
「青田さん……言葉遣いが」
どうしても青田の言葉を止めたくて、美佐緖はそんな言いがかりのような言葉を挟んでしまう。しかし、それはまったくの無為では終わらなかった。
青田の説明では、その先に繋がらない。
義憤でも歓喜でも、どちらでも良いが、それでどうして神田がイメチェンをしなければならなかったのか?
この理由がまったく見えてこない。
「――田之倉さんを守るとして、何故髪を切る必要が?」
美佐緖は、言いがかりに続けて直接疑問をぶつけた。
青田の説明に、僅かな停滞があったことも、それが可能になった一因だろう。
そう。
青田の想像は止まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます