取り残された過去(三)
その青田の説明を予想通りと言って良いものなのか。それでも確認すべきは――
「……青田さんは先にこの動画を……見て?」
「これが、信じて貰えないと思いますし、その必要は無いのかも知れませんが――実は俺が想像した方が先だったんですよ。言い訳をするなら、俺もまた時系列順に想像して行きましたので」
「言い訳なんて……そんな」
確かに、どちらが先なんて事は意味が無いのかも知れない。
それでも美佐緖は自然と、青田の「順番」に嘘がないことを感じた。嘘をつく意味が無い、という以上に先に落雷について、九年前の渡良瀬遊水地の事故の想像が出来ていなければ、この動画には辿り着けないからだ。
しかし、そうなるとこの動画についてもっと情報が欲しい。そんな美佐緖の願いに応えるように、タブレットを置いた青田が先程まで自分が座っていた椅子に腰掛け直した。
「――先に現在の田之倉さんについて説明しましょう。現在は映像作家として身を立てていらっしゃるようです。海外の評価の方が高いようですね。このネームバリューの高さがトラブルを発生させてしまいました。まずはこの動画流出」
「そ、それです。これって初期作品とか――」
「違います。この動画が作成された理由はカウンセリングの一環なんですよ。つまりカウンセリングを受けていた田之倉さんの心の内」
思わず美佐緖は息をのんだ。
そんな動画が――美佐緖は光を失ったタブレットをジッと見つめてしまう。
決して流出してはいけない動画ではないか。そしてそれが自由に見られてしまう状態というのは……
「見せてしまって、申し訳ありません。ですが、やはりこの動画を抜きにしては説明出来ない事が多すぎる。全部俺のせいにして良いですから、まずは話を先に進めましょう」
「い、いえ。確かに重要なものだというのは……これを流した人は?」
「施設に勤めていた職員とだけ。懲戒免職は当然として、得た利益については俺も追求はしていません。ただ動画再生が目的ですから、ネームバリューを徹底的に利用します。『タノユー、未発表の神動画』などとタイトルを付けましてですね」
そう説明されても美佐緖はピンと来なかったようだ。
青田も、自分の説明の不手際を感じたのだろう。すぐに言葉を添えた。
「先にここから確認しましょうか。この動画が九年前の出来事に関係がある事は、知っている者はすぐに気付くでしょう。ただ、気付く前の段階。田之倉さんの事を考えていた――あるいは調べようとしないと、まず検索に引っかける事が出来ない。その前提条件で考えると、神田さんはずっと田之倉さんの痕跡を探していたのではないかと想像出来るんです。外には口を噤んだままネットをさまよい続けた。そして、大学に入学してさらに夢中になった。環境が激変しましたから」
「自由な時間が増えたとかですか?」
「違います。隣人に岡埜真人が住んでいた。これが大きい」
ああ……、と美佐緖のため息が漏れる。
ここで登場するのか。忌まわしい隣人が、と。
「岡埜についてはかなりわかっています。『陽楽荘』において学生相手に、調子の良いことを話していたとのこと。そんな岡埜ですから、ネットという得意分野について頼られれば、積極的に神田さんに肩入れしたことが想像出来ます。あるいはこの時期は岡埜にとっては満ち足りた状態であったのかも知れません。そして、恐らくは『落雷』をキーワードに流出した動画にたどり着いた。それが神田さんなのか、岡埜であったのかはわかりませんが」
青田もまた、どこか投げ捨てるように説明を続ける。
「ただ、先ほどの動画。我々はどこまでも傍観者です。ですが神田さんは登場人物です。まぁ、あの動画について具体的な人物を想像出来てしまう段階で、すでに傍観者ではないのかも知れませんが……とにかく神田さんは『自分』を見てしまった。田之倉さんの心の内側にいる自分を。つまり田之倉さんが自分をどう思っているのか。それが、あの動画をみれば一目瞭然と言っても良い」
「それは……」
否定、そして肯定。
そのどちらも美佐緖の口からは紡がれることはなかった。
ただ、これだけはわかる。どちらを口にしても、それは「残酷」を突きつけることになるということを。
「田之倉さんは、過去を忌まわしいものだと考えている。そういった振り返りたくない過去に、神田さんは置き去りにされている」
しかし、青田は容赦なく「残酷」を口にした。
「で、でも……ああ、そうですね。和夫さんが必死に繋がりを求めていることは、田之倉さんにはわかりようが無いんだ」
何とか反論しようとした美佐緖であったが、それがどうしようも無いことを、否応もなく理解してしまった。
田之倉有香という女性は、過去を捨て、新しい自分の世界を手に入れている。作り出している。自分の力で。
一方、神田は過去に縋っているようにしか見えない。ただただ、後悔の中で身体を丸めて蹲っている。
けれどそれは、神田が自分で選んだわけではない。
ただ、九年前の渡良瀬遊水地の出来事が、神田から全てを剥ぎ取ってしまった。
そうして神田和夫は、モニター越しに
だが、その“精一杯”は……神田に絶滅を知らしめるだけ。
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